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悪霊退治にいざ参る(2)

悪霊との直接対決! …怖いというより気持ち悪いかも…。

「いえ…、御礼などには及びません。それよりも、悪霊(あくりょう)を払って、このお(やしろ)を護りませんと、いずれ、たいへんなことになるかと思います」

「この屋敷にはびこった悪霊どもは、私が成敗する。あなたは、危険なので、このお堂の中に隠れていなさい」

「危険です。このお屋敷には沢山の悪霊が集まってきています」

「大事ない。私も、多少の法力(ほうりき)心得(こころえ)は在る。二度と取り付かれるような失態はしない」

「私もご一緒させてください。悪霊を払うお手伝いをさせてください。決して足でまといにはなりません」


 よすがも、何度か悪霊騒ぎに巻き込まれ、退治に手を貸した経験があった。

 今回もきっと力になれると思っていた。


「いや、これはこの屋敷の持ち主である、私の仕事。本来なればもっと早くに手を打つべきだったのだ。あやかしが出ると噂は聞いていたのだが、後回しになってしまったは、私の落ち度。かかわりないあなたを危険にさらすわけにはいかない」

「ですが、助けを求められたのは私です。ここは、乗りかかった船。私にも、何かできるはずです」

 何と強情(ごうじょう)な女子か、普通は、大人しく守られて、男を頼もしく思うものなのに。

「いや、あなたには舞いを奉納(ほうのう)していただくのが仕事です。現にこうしてお社様を助けていただいた。あなたの仕事はここまでで十分です」

「このままでは、お社様を、お救い出来たとはいえません。安全な様子を見ませんと安心できません」

 よすがは、一緒にあやかし退治をするといって、断固として引かない。

 どうしたものか。


 しかし、目覚める前に見ていたのは夢だったのか…。

 春の境内(けいだい)白拍子(しらびょうし)だったはず。

 九条様は、よすがをチラリと盗み見するが、直ぐに目をそらす女子(おなご)(おもて)をじろじろ見てはいけない。

 高貴な女性なら、(おうぎ)で顔を隠すところだ。

 だが、気に成る。


 あの時の白拍子がやはりこの女子であるかもしれない?  

 先ほどの様子と違い今は白拍子の衣装を身につけているよすがは、あの時の舞姫にそっくりで、九条様は胸の高鳴りをこらえる。


 もし、そうなら、あの時はできなかったが、今なら手を伸ばせば届くほどにすぐそばにいる。

 抱きしめることができる?

 いやいや、それはないだろう。あの白拍子ははかなげで、抱きしめたら崩れ落ちてしまいそうな、か弱い女性だった。こんなに強情で、男勝(おとこまさ)りの女子のはずがない。

 これでは、見かけは儚げな女子でも、中身は岩女のように強情ではないか。


 だが、声が、面のつくりが似ている…。

 九条様は、また、チラリとよすがを盗み見る。

 似ている気がする…。

 どうしたものか。

 心臓がいたたまれないほど大きく波打って、とても側にいられなくなり立ち上がって距離を取った。


 よすがは、九条様の、奇妙な行動に、そんなに嫌がらなくても、足手まといにはならないのにと少しムッとする。


 九条様は、離れたところで、また、ちらりとよすがを盗み見る。

 本人かどうか聞いて確かめればいいことなのだろうが、今は、そんな話をしている場合じゃない。


 女子を連れてあやかし退治など、足手まといに他ならない! 

 断じて連れて行きたくはない。

 しかし、取り付かれていた自分を助けてもらったという弱みもあって、強くは断れなかった。


 結局、渋る九条様を説き伏せて一緒に外にでる。

 お堂の外に出た途端、期待を裏切らない怪しげなものたちが一人二人と、集まり始める。

 あっという間に周りを取り囲まれてしまった。

 不気味な姿をした、人とも思えないような形相の者達がじわじわと詰め寄り、今にも襲い掛かってきそうだった。


 それとともに腐敗物(ふはいぶつ)が放置されて時間がたったような悪臭がむあーっと広がっていく。

 異形いぎょうのものが近ずくとより強いにおいがして、吐き気がする。

 さらに悪霊たちが漂わせている重い(よど)んだ空気に感情が支配されると、よすがの心に、後悔が押し寄せてきた。


 無理だわ! 臭いし、気持ち悪い。来なければよかった。何故こんなことに巻き込まれなければならないのか。

 こんなところにはほんの一時もいたくない。

 私に関係ないではないか。

 今直ぐに何もかも投げ捨てて逃げてしまおうか…。

 そんな思考がよすがの脳裏をかすめて、よすがはふらふらとお堂からはなれそうになった。


「よすが殿、私の側を離れるでないぞ」

 九条様の声に、はっと我にかえる。

 いけない! 

 負の感情に支配されかかっていたと気づく。

 自分から無理を言って九条様についてきたのに、どうかしていた。

 

 悪霊の負の感情に飲み込まれてしまえば、自ら悪霊と化すのはあっという間だ。

 まんまと闇に飲み込まれそうになっていたのだ。

 気持ちを引き締め無ければ。


 九条様は、今度は影響されていないようだった。

 さすがだわ。同じ過ちは繰り返さないのね。

 よすがは、尊敬のまなざしで九条様を見る。その横顔が、余計にりりしく見えてときめいてしまう。


 だが、そんなことを考えているどころではない。

 事態は切羽(せっぱ)詰まっていた。

 幸い人の形をした悪霊だが、ぼさぼさの髪に骸骨(がいこつ)みたいにがりがりにやせ細って、暗闇のなかでも光って見えるギラギラした今にも飛び出しそうな眼光は、何を見ているのかもわからない。


 漆黒(しっこく)の闇の中で殺気を漲らせ、怖いもの知らずに次々に飛び掛かってきた。

 よすがは肩をつかまれゾッとする。

 白いよすがの水干をつかんでいるその手は、汚い! 

 骨と皮ばかりで、垢だらけの手に、黒く汚れた尖った爪で、かすめただけでもばい菌が入りそうでぞわぞわする。

 絶対に触られたくない。


 九条様が、その悪霊の腕を刀で切り捨てた。

「よすが殿大丈夫ですか?」

 よすがは、慌てて肩に残った手を振り落とした。

「はい! 問題ありません」

 よすがは、気持ち悪くて身震いするのを九条様に悟れないように平然と答えた。

 しかし、側で切り落とされた手を見ていたにゃまとは、ブルッと身震いして、よすがの袖の中に隠れた。

 にゃまとも、よすがに似たのか、汚いものが嫌いなのだ。


 九条様は、怯む様子もなく刀を抜いて一刀両断に切り捨てた。

 悪霊が、次々、スパッと切り落とされていく。    

 人の形をしていても悪霊である。

 ためらっていては危険だった。

 容赦ないように見えるが、九条様はそこはよくわかっていらっしゃるようだ。

 さすがは百戦錬磨(ひゃくせんれんま)強者(つわもの)なのだった。


 だが、切っても切ってもきりがない。

「九条様、この聖水をお使いください。本殿へ急ぎましょう。其処にこの者共を操っている者がいると思います」


 なるほど、このおぞましい姿の悪霊が見えていて、さらにひるむ様子もなく、冷静な判断は、女子とも思えぬ気丈さだ。

 無理にも一緒に行くというだけあるのかもしれない。


「はい、では、ひるんだ隙に一気に駆け抜けましょう」

「はい。にゃまと、行くわよ」

「はいにゃ!」

 思わぬところから、声が聞こえて九条様は驚く。

 さっきは子供かと思ったが、やっぱり猫だった…。

「…その猫はしゃべるのか?」

「にゃまとは、式神(しきがみ)なのです」

「な、なるほど…」


 式神を持っている、白拍子とは、一体どんな生き方をしているのか? 

と疑問に思う九条様だったが、今はそんな事に気をとられている場合じゃない。気を取り直して前を向く。


 いざ、悪霊退治に参る! 

 聖水をばっと振りかけると悪霊たちは恐れてざっと引く。そのすきに駆け抜けた。

 

 お社様のお堂から渡り廊下を通って本殿に入ると、既に黒い気配が漂っている。

つつ闇なだけでなくひんやりと冷たい風がうなじを吹き抜けていくような気がして、ぞくりと寒気がする。

 春先とは思えないような冷気に鳥肌が立った。


 渡り廊下から一歩中に入ったのと同時に後ろの戸がぴしゃりと閉まる。

 閉じ込められた?

 驚いて振り返るが、戻るわけにはいかないのだから、閉まった戸に気を取られている場合ではない。


 奥の廊下を見ればうじゃうじゃと何やら別けのわからない黒いものがうごめいている。

 よく見ると長い髪の毛のように見える。

 うごめいて蛇のようでもあり不気味で、足がすくんだ。

 足を踏み入れたくない気持ちがあふれ出してきた。

 弱気になってはだめだ! 

 無理についてきたんだから、見なかったことにしようと、よすがは他に気をそらすことにした。


 部屋を分ける(ふすま)ががたがたとゆれて、今にも開け放たれ、悪霊共が飛び出してきそうな気配だ。

 一体どれくらいの悪霊が(ひそ)んでいるのか見当も付かない。こんな光景は、さすがによすがも出会ったことがない。


 しかし、九条様は、ひるむ様子もなくずんずん進んで廊下に踏み込んでいく。

 さすがは武将だ、こんな光景にも怯んだりしないのだ。

 よすがも、つられて、後に続く。

 恐る恐る足を踏み入れた途端、床でうねっていた黒い髪の毛が足に絡まってきた。

「…!」

 悲鳴を上げそうにいなった声を必死に飲み込んで耐えた。

 すかさず、ずぼっと、障子を突き破って無数の手が突き出され、手や、足を捕まえられた。 

 しわしわのあの、骨と皮しかないような垢だらけで汚い手だ。

 ぞわぞわと鳥肌が立つ。

 触るだけでもばい菌が付きそうと思っていた黒く尖った長い汚い爪が肌に食い込む。

 うう、痛い! 汚いしさわらないでほしい! 

 さらに、氷のように冷たい感触の手と、ますます強く感じる腐敗臭に、腐った死体に抱き着かれているようで、恐怖が湧き上がり、逃げ出したい気持ちを必死で耐える。


 二人は、声も出せずに障子に張り付けられてしまった。

 にゃまとはさすがに素早く、捕まらなかったようで、よすがをつかんでいる手に噛みついたり引っかいたりして一生懸命助けようとしてくれる。

 ああ、やっぱりにゃまとは頼りになるわ!


 しかし、九条様も、ただやられてはいない。

 九条様は、刀を持った右手を力づくで振り上げ、後ろ向きで障子に刀を突きたてると、「ぎゃあ」という悲鳴と共に、血しぶきが障子を赤く染めた。

 手は障子に無数の穴を残して引っ込んだ。

 同時に床に落ちていた黒い蛇のような髪の毛も消えていた。


 障子戸から拘束を逃れられたが、汚い手に捕まれていたと思うと体中がぞっとして身震いした。

 にゃまとも逆毛を立てながらブルブルッと身震いしている。にゃまとも気持ち悪かったのだろう。

 其れなのに、私の為に逃げないで戦ってくれたのだ。

 本当になんて立派な相棒なんだろう。

悪霊の大ボスは、これからです。いざ! 参る!

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