表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

妖の屋敷*** かぐはしき君

白拍子を生業とするよすがの家族は、式神のにゃまとだけ。都一番と言われる白拍子だが、後見は持たずに、芸一筋を信念とし、にゃまとと下街で細々と暮らしている。

そんなよすがの元に突然現れた神様のご使者。そして、都で一番人気の高い九条様と共に、妖退治の騒動に巻き込まれてしまい…。

”白拍子”

     よすがと 式神にゃまとの

             あやかし日記


淡く煙るように桜の花びらが舞い散る夕暮れ時、上賀茂の神社の境内では、春の満月を祝う奉納舞が執り行われていた。


 お参りを済ませ帰ろうとしていた彼は、聞こえてきた甘く優しい歌声に、足を止めて振り返った。


 春の宵 諸人集い まばゆしき 喜歌い 祝い舞ませ


 散りゆくと 愛しむ桜 美しき 命はかなき


振り返り仰ぎ見れば、夕彩ゆうあやに染まり、朱と金で煌びやかに彩られた本殿は、明り取りの松明(たいまつ)で照らされ、地上に浮きあがった極楽浄土(ごくらくじょうど)を映し出しているかのように荘厳そうごんなたたずまいでそこにあった。


 声の主はどこだろう。

 本殿から渡された回廊の先をさまよっていた彼の目が焦点を合わせた。

 突然脳裡をしびれさせるような感覚に襲われる。 

 白く儚い姿に目が釘付けにされて、思考も何もかもが止まってしまった。


 桜が今は盛りと咲き誇り、人々にこの春一番の姿を見せている中で、その桜よりも目を奪われて離すことができなかった。


 薄桃色の満開の桜に包まれた境内の舞台の上でひらりひらりと舞う白拍子しらびょうし

 白い水干(すいかん)に赤い長袴ながばかま。桜の花の中に浮いているように見えるその白拍子は、白い袖を翻すたびにその袖から薄桃色の桜の花ひらがひらと舞う。

 まるで、その袖、いや、白拍子自体が花びらで出来ているのではないかと錯覚さっかくする。

 花びらを全て散らしてしまったら、その白拍子はこの世からはかなく消えてしまうのではないかと思えるほど、清らかで淡い夢の中にいるようだった。


「何という美しさだろうか…」

 思わず、つぶやいていた。

 その姿が、心の中に焼き付けられてしまったように離れない。

 わきあがる感情が、叫びだしそうにわいてくる。

 消えてしまう前に、抱きとめて腕の中に閉じ込めてしまいたい…と…。

衝動…、欲望…、本能…、心の奥底に眠っていた意識が目覚める予兆を感じる。 

九条義経、今や都で彼の名を知らない者はいないだろう。

 彼が望めば、大体の女人は手に入る。その彼が舞姫に心を奪われ、他の者は何も目に入らないほどにひたすら舞う姿に見入っていた。


           *-*-*


 よすがは、視線を感じて、ハッと振り返るが、其処には誰もいなかった。

 白拍子と言う仕事柄、不思議な事に出会うのも、よくあることなのだが、どうも、誰かに見られている気がする。


「よすが、どうしたにゃん?」

 おかっぱ髪の男の子の姿をした、にゃまとは、何時ものようによすがの袖にしがみついてくる。

 そして、くりくりとした大きな愛らしい瞳で見上げて聞く。


 にゃまとは、猫の姿が本来の姿だが、大抵は可愛らしい男の子の姿でよすがに使える式神である。

「今誰かに見られていた気がして…、誰かいる?」

 よすがは一応式神のにゃまとに尋ねてみる。

「沢山いるにゃん。そして、皆よすがを見つめているにゃん」

 ああ、やっぱり聞かなければよかった・・・。


 式神のにゃまとは、妖、物の怪の類が全部見える。

 よすがも、見ようと思えば見えるが、あえて見ないようにしている。

 やっぱり沢山いるのかと、ぞっとして身震いするとにゃまとも同じようにぶるっと身震いする。

 にゃまともあまり妖が好きではないらしい。


 この家は、何故かやたらと物の怪や、妖などがよってくる。たまり場のようだ。

 閉口するが、家賃が安いので我慢するしかない。


 物の怪の類は、見えて気持ちのいいものでは決して無い。

 顔から、血を流していたり、五体そろっていれば、まだいいほうで、頭が無く体だけで、どうしてほしいのか聴くことも出来ないものや、元から人間ではないだろうと思われる、口が裂け、むき出しの牙をがちがちさせ、長いつめをした手をわきわきさせて獲物をほしがっていたり、おぞましい姿をしたものが殆どなのだ。


 しかも、へたに目を合わせれば、恨みつらみをぶつけられるのが落ちだ。

長い髪で薄青白い顔を殆ど覆ったその髪の隙間から恨めしそうに、突き刺すようなつぶらな瞳で、一身に見つめられると、ついつい、どうしたのかな? 

 どうしてほしいの? と、声を掛けざる終えなくなる。

 そうしたら最後、延々と恨みつらみを聞かされ続けなければならない。

 聞くだけならまだいい。まあ、気持ちは重く、憂鬱(ゆううつ)になるが…。挙句(あげく)の果ては、恨みを晴らしてくれと、付きまとわれる。

 妖は、飽きるとか、あきらめるとかがない。思いを晴らすまで永遠と付きまとわれる。

  だからといって、簡単に人の恨みを晴らせるものでもない。

 しかも、その相手が生きているとも限らないのだ。

 仮に、見つけられたとしても、だれそれさんの恨みを晴らしに来ましたといって、何が出来るというのだ。

 沢山聞かされた恨み言を聞かせればいいのか? そんな話にわざわざ付き合ってくれるような奇特(きとく)人はいない。

 そっちにしてみれば、逆に恨みを持っていたりする。

 両方の板ばさみになったりしたらもう、収集が付かなくなってお手上げ状態だ。

 「喧嘩(けんか)両成敗(りょうせいばい)

 と言う言葉は、結構当てはまる事が多い。

 勝手にやってくれ! と言いたいところだが、片方が、亡霊とあっては、そうもいえない。

 何とか折り合いを付けさせて昇天(しょうてん)させるのは本当に骨が折れる。

 本来、白拍子が本職なのであって、人の恨みを晴らすのは、違う職業の人に任せるべきだと割り切る事にした。


 今は、知り合いの陰陽師(おんみょうじ)にもらった、見えなくなるを護符(ごふ)を身につけて見ない事にしている。

 そんなわけで、にゃまとに聞いてみたのだが、沢山いる中から、視線の主を捜さなければならないのかな? 

 できれば見たくない…。


「…」

「あ、新顔もいるにゃ。神様の使者かにゃ? よすがに何かお願いがあるのかもしれないにゃ」

 にゃまとは、よすがの着物の袖の隙間から顔を出してのぞいている。

「え! 神様の使者? それは、綺麗?」

「綺麗な白い狐にゃ」

 よすがにしがみつきながら、くりっとした大きな瞳で見上げる。

「それなら、お話を聞いてみようかしら…にゃまと、ここに呼んで」

「はいにゃ」


 にゃまとは、小さな素足で、とことこと歩いていくと先程視線を感じた辺りで話をしている。

 ああ、やっぱりさっきの視線は神様の使者だったのか、探さなくても済みそうだとホッとする。


 彼らは綺麗な女の子と男の子の姿でよすがの前に現われた。

 二人とも白い着物を着ていて、男の子はおかっぱ髪で、女の子は長いさらさらな、…二人とも白い髪色だった。

 色白の、綺麗な整った顔立ちはやはり人間離れしていたが、美しいのでよすがは気に入った。


 男の子は、白夜(びゃくや)。女の子は沙夜梨(さより)と名乗った。

 さすが、神様の使者だけあって、お行儀がよくて礼儀正しい。

 よすがの前にちょこんと正座してちゃんと手をついてお辞儀をする。


 彼らが言うには、家主がなくなって久しい家に祭られた小さな(やしろ)が、彼らの本殿らしい。

 忘れ去られた彼らの主は、徐々に霊力が失われ弱ってしまっている。

 そこに付け込まれ、屋敷の中に悪霊がはびこり始め、このままでは、悪霊に取り込まれた邪神になってしまうという。

 白夜と、沙夜梨の二人を、最後の力を振り絞って屋敷から逃がしてくれたのだそうだ。


 二人は、何とか主を助けたくて、都で一番といわれる、白拍子(しらびょうし)のよすがなら、主を(よみがえ)らせる事が出来ると、助けを求めてきたようだった。


 つまり、その(やしろ)の前で、奉納の舞を舞ってほしいという事らしい。

 これは、よすがにとって本来の仕事なのだから、助けてあげたいと思う。


「お話は分ったわ。でも、いくら、誰も住んでいないからといっても、そのお屋敷の持ち主がいる筈よね。その主を探して、お話してみないと、勝手には入れないと思うのよね。お社を祭るような、大きなお屋敷みたいだし、きっと、由緒ある家柄だと思うわ」

「はい、源の頼朝様由来のお屋敷です」

「え! 源の…」


 今や、平家が滅んで源様が随一の有力者だ。

 そんな大物とお近付きになれたらすごい幸運だが、いくらよすがが、都で名の売れた白拍子だとは言え、身分が違いすぎる。

 そんな雲の上の方に相手にされないのではないか、門前払いになるのが落ちではないかしら…。

 よすがは悩む。


 肘おきに寄り掛かって頭を抱えていると、なにやら表が騒がしい。

「たのもー」と、声がする。

「あら、誰か来たのかしら」

「はい。おそらく、源様の御使者の方と思います」

 白夜がしれっと言う。

「え?・・・」

 一体何が起こった? 頭が追いついていかない。

 源様? あの雲の上のお方の御使者が、何で我が家に? 

 いくら、御使者とはいえ、こんな粗末なあばら家に…。ワザワザお越しいただいた…? どうして? 訳が分らなくなって、よすがは、思考を放り投げる。

「え! どうゆうこと?」


「頼朝様に、二人でお願いしてきました」

「白夜は、人の夢の中に入るのが得意なんです」

 沙夜梨が、こそっと小さな声で言う。

「頼朝様の夢枕にたったってこと?」

「はい。簡単に言うとそういうことです」

 沙夜梨は、またこそっと小さな声で答えた。


 そうか、それで源様の御使者が、粗末な我が家に訪れたというわけか…。

 こ、こんな粗末な座敷にいくら使者とはいえ、お迎えするの? 

 どうしよう、座布団も粗末なものしかないのに…。

 いや、天下の源様の御使者を、外でお待たせするなんて失礼をしてはなおさらいけない。


「と、とにかく、にゃまと、こちらにお通しして」

「はいにゃ」

 よすがのそばで、ちんまりと座りおとなしく話をきいていたにゃまとだが、自分の出番だとばかりに喜んでとことこと、軽やかに歩いて部屋からでていった。

 よすがは、慌てて上座の席を降りて、粗末な座布団を取り除き、そこに家の中で一番良い座布団を差し替えた。

 そして、ふすまを開けそこにひれ伏して御使者を待った。


 ふわっと、いい香りのする風が流れてくる。その爽やかな香りに心を囚われている間も無く、りっぱな衣装に見を包んだ、貴公子が衣擦(きぬずれ)れの音と共に部屋の中に入ってきた。

 彼はゆっくり歩んで、上座に座るのは常なのだろう。何も戸惑う様子もなく、真っ直ぐ進んでよすががゆずった奥の上座にすわった。


 たとえ、頼朝様の御使者とはいえ、こんな良い香りをさせているような殿方は、よほど身分のある方に違いない。

 よすがは、この香りの主が、一体どんな人物なのかチラリと顔を上げて除き見た。

 慌てて目を伏せる。

 いい香りのするかの人は、何と、都中の人々が知るであろう、今をときめく憧れの的、頼朝様の弟君九条様だった。


 何かの間違いではないかと目を疑ったが、貴族の宴に呼ばれ、舞を舞うことのあるよすがは、時折、そのまぶしいほどの顔を拝見した事がある。


 一ノ谷の戦いや、壇ノ浦の戦いでの、功績は、立派な武将としてのすばらしさを皆が口々に褒め称えている。

 都で今一番の有名人である。

 こんな処でお目にかかれるような方ではないはず。

 しかし、夢ではない。彼の人は今よすがの目の前で、まぶしいばかりの輝きを放ってそこにいる。

 まぶしいなんてものじゃない! 

 九条様自体が光っている。まるで光で出来ている人ではないかと思うほどだ。

 それに、なんて柔らかな、甘い香りなんだろう。

 満開に咲く桜より、いい香りがする。

 そして、それにも勝る、りりしい端整なお顔立ち。

 粗末な家にそぐわない、まるでそこだけ別世界が浮かび上がっているようだった。

九条様が、よすがを桜の境内で見た白拍子だと分かるのは何時になるのかな…?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ