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3話 壊滅

 果たしてこの場所はダンジョンなのか。

 そう問いかければ、コメント欄(かれら)の大半はそうであると回答するだろう。

 だが、この異質な空間を地獄と表現すれば、それもまた肯定の声が多く帰ってくるという確かな実感があった。


 不気味に脈打つ赤く染まった壁や天井、道と呼べるかすら怪しい劣悪な床。

 どこをとってもこれまでの旅人の傷跡とは異なる。

 そしてその最たるものが、今リンベルサウンドの面々に襲い掛かっていた。


「ちょっと……もうっ! なんなのこいつら! さっきまでのと全然違うじゃない!」


 リンが不満をこぼしながらも自慢の剣で振り下ろされた重い腕を受け止める。

 確かに刃で受け止めているにもかかわらず、その毛むくじゃらの皮膚に傷がつくことはない。

 それどころか剣ごと叩き潰さんとさらなる力を込めてくる始末だ。


 彼女たちが相対しているのは、巨大なクマ型の魔物。

 だがただのクマではない。

 皮膚の表面には太い血管のようなものが浮き出ており、血走った目で獲物を鋭く睨みつける。

 そして最大の特徴として異常なまでに膨張した太い腕とまるで刀のような大きな爪があった。

 あんなものに引き裂かれた日には命などあったものではない。

 前衛として皆の盾になるべきリンは、その巧みな技術で暴力的な攻撃をいなしていた。


「リン! いったん下がって! 拘束するわ!」


 後ろからベル子の指示が飛んできた。

 それを受けたリンは疑うことなく速やかに後退する。


「グゥッ!? グオォォ……」

 

 直後、ベル子の体から飛び出した無数の触手のような光がクマ型魔物を捕らえ、その動きを封じ込めた。

 魔物は拘束が極めて不快であるといわんばかりに激しく暴れ、光の縄を振りほどこうとしている。

 当然、このまま黙ってみているほどリンベルサウンドは甘くない。


「ネオン!」


「おっけーですっ! みんないくよーっ!!」


 敵の守りが固いときはネオンの出番だ。

 つい先ほどこの階層への道を切り開いた時のように――いや、さらに数を増やした銃口が一斉に魔物を捕捉する。

 これこそが彼女の固有能力である「銃器を自在に生み出し操る能力」であり、ネオンはこの能力のことを【創銃乱射(トリガーハッピー)】と呼んでいる。

 

「いっけー! フルバーストぉぉぉっっ!!」


 ネオンの合図とともに、一斉に弾丸や光線が魔物の巨躯へと襲い掛かる。

 彼女が創り出す銃は、既存の兵器はもちろん、空想上の存在である光線銃(ビームライフル)など、銃の形をしているものなら大抵のものが含まれる。


 これはダンジョンの出現とともに発生した人類の"進化"である。

 普通の動物と比較して明らかに強く凶暴なダンジョンの魔物と戦える力。

 今となっては全人口の半分以上が従来の人間を遥かに超える身体能力を獲得しており、その中でも一部の選ばれた人間は彼女のような特殊な固有能力を獲得するに至った。


「あはははっ!! そこにも"ナニカ"いるよねっ!!」


 圧倒的な火力を以ってクマ型の魔物を蜂の巣にしたネオンは、間も無く現れた新たな巨大蜘蛛に向かって銃口を向けた。


 "いつ見てもエグいなアレ"

 "ネオンちゃんの火力やばすぎィ!"

 "俺もネオンちゃんに蜂の巣にされてえ"


 好き放題暴れ回るネオンに対して様々な反応を示すコメント欄に苦笑いしながらも、止まらない魔物たちの襲撃に対応すべく二人は戦線に復帰した。

 そう。たとえこの場所の魔物が強くても、それ以上に強いこの3人組なら難なく攻略してみせてくれるだろう。

 そんな確信があったからこそ、最初こそ引き返すべきと意見していた者も段々と姿を消し、純粋に攻略を応援するコメントが増えていった。


 だが……


 "お、おい、ヤバくないかこれ……"

 "演出……だよな?"

 "運営に通報したほうがいいんじゃね?"


 コメント欄が不穏な雰囲気に包まれるのは時間の問題だった。

 それはリンベルサウンドが()()()()と戦闘を始めてから10分が経過した頃のことだった。


「ベル子! くっ……」


「うぅ……全然効かない……面白くないよぉ……」


 ()()を表現するのに最も相応しい言葉は()だ。

 分厚い鱗に覆われた赤き竜。

 燃えるような炎をその身に纏い、蛇のように細長い体をうねらせながらとめどなく攻撃を仕掛けてくる。


 リンの剣は切り傷一つ負わせることすら叶わず、ネオンの銃弾はその身を貫くに至らない。

 そして最も悲惨なのがベル子だ。

 彼女は決して無視できない怪我を負い続けるリンとネオンに回復魔法をかけながら、少しでもそのダメージを軽減できるようバリアを張るといった器用な立ち回りをしていた。

 しかしその分どうしても自分の守りが薄くなる。

 それをカバーしていたのがリンだったのだが、一瞬の隙を突かれて彼女が竜の尾に弾き飛ばされてしまった。

 そして眼前に迫った竜の口から放たれた爆炎に飲み込まれてしまったのだ。


「こ、のぉっ! 極光剣(オーロライト)!!」


 リンが自身の剣を輝かせ、竜の眼前で激しい爆発を引き起こす。

 光の勇者の異名を持つリンは、ネオンの生み出す光線のような高エネルギー体を操り戦う。

 だがこんなものは竜にとってただの目潰しに過ぎない。

 そんなことは流石のリンも理解していた。

 だがそれでもリンは竜に背を向け、未だ煙立ち上るベル子の元へと向かった。


「ベル子! 返事して! ベル子!!」


「げほっ……だ、大丈夫……ギリギリのところで、バリアを挟み込んだから……」


 そう言ってみせたベル子だが、露出した皮膚には相応の火傷の跡が見られ、とても立ち上がれるような様子ではない。


「……っ! リン! 前っ!」


 だがその状況でもベル子は状況把握を怠らなかった。

 視界を取り戻した竜が大口を開けてこちらへと迫っていたのだ。

 慌ててリンは体制を立て直し迎撃せんと試みる。

 だが、


(ヤバいっ……間に合わない……)


 一度屈んでしまったら、立ち上がるまでにはどうしても少し時間がかかる。

 すでにブレスを吐き出す準備を終えている竜を前に、このままではベル子を守り切ることはできない。


「させないよっ! フルブラスト!!」


 しかしそこに割り込む少女の姿があった。

 空中に飛び上がり、もはや銃と呼んでいいのか怪しいほどの巨大なそれを竜の頬めがけて放とうとしている。


 "ネオンちゃん待って!!"

 "避けろおおおお!!"


 戦闘中、ノイズとなるコメントの読み上げは停止している。

 だからこそ気づけなかった。

 否。この戦闘を俯瞰して見ていた視聴者だからこそ気づけた。

 竜の目がリンではなくネオンを捉えていることに。


「――えっ?」


 ブレスを放つ直前、竜の顔はネオンを向いた。

 そして次の瞬間――


「ネオンっっっ!!」


 リンが叫ぶ。

 だが、そんな余裕は本来あるはずがない。

 竜はその巨大な体をムチのように操り、体当たりによってリンとベル子の体を壁に勢いよく叩きつけた。


「ぐ……ぅ……」


 全身が激しく痛む。

 おそらく骨の何本かはとっくに折れていることだろう。

 しかしここで倒れたら、待っているのは死のみ。

 今から救助を呼んだところで間に合うはずがない。

 戦うしか、ないのだ。


「…………」


 竜はそんなボロボロの戦士を、酷く冷めた目で見下ろしていた。

 ()()は彼にとって敵にあらず。

 ただの捕食者と被捕食者の関係に過ぎない。


 "お、おい! ほんとにヤバいぞ!"

 "運営は何やってるんだ! 早く助けに来いよ!!"

 "いや、そもそも運営はこの場所知らないかもしれない……"

 "なんでもいい! 早く通報しろ通報!"


 一周回って冷静さすら取り戻そうとしているリンに対して、コメント欄は騒然としていた。


(……助けは、来ない。今わたしがしなきゃいけないのは、どうやってみんなを無事に脱出させるか考えること……)


 既にベル子とネオンの二人は満身創痍、とても動ける状況ではない。

 今かろうじて戦えるのは自分一人。


(……ダメだ。ダメだダメだダメだ! 浮かばない! 何も浮かばないよ!!)


 ダンジョン攻略という命懸けの仕事をしている以上、いつかこうなる可能性も想定して準備をしてきたつもりだ。

 だが、あらゆる想定を上回る絶望を突きつけられると、人間はここまで脆くなる。


 どれだけ自分を戒めても、結局は心のどこかで思い上がっていたのだ。

 自分たちなら失敗しない。3人で力を合わせれば攻略できないダンジョンなんてあるはずがないと。


(ごめん、ベル子。ネオン。ダメかもしれないけど、間に合わないかもしれないけど、少しくらいなら時間を稼いでみせるから。だからお願い……)


 誰か助けて。

 そう強い思いを抱きながら、SOS機能を備えた端末を強く握った。

 これで2度目だ。

 それでも自分を奮い立たせるために再度押した。


「……………」


 竜は何も語らない。

 リンもまた、配信中であることを意識外に追いやり、今出せる全ての力を込めて(つか)を握った。


 "ダメだ! 逃げてリンちゃん!"

 "ああああああ!! やめろ! やめてくれ!!"

 "嘘だよな……? 演出だよなこれ!?"


 勢いよく飛びかかったリンの体は、まるでハエを叩き潰すかのようにあっという間に撥ね除けられた。


「……手間かけさせやがって」


 だがその体は岩壁に叩きつけられることはなかった。


 "えっ……"

 "誰だアレ……?"

 "救助が来たのか!?"

 "いやいや、いくらなんでも早すぎるだろ!"


(だ……れ……?)


 薄れゆく意識の中で、彼女が見たのはフードからわずかに漏れた紅色の瞳だった。


 

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