悪夢を現実に重ねてしまうお話
穂士は、例の火事現場である近所の山に向かって走っていた。消防士でも警察でもない穂士が行ってもただの野次馬にしかなれないことは、重々承知している。しかし、その野次馬の中に咲希と武志がいたのだ。昨日話されたことも相まって、穂士の中で胸騒ぎが止まらなくなっていた。
「はぁ、はぁ…… つい、た……」
息を切らしながら膝をつき、呼吸を整えてから現場に目を向ける。山の麓から少し奥の方で、確かに炎が燃え盛っている。しかし、穂士が気になるのは火事ではなく、咲希と武志がここにいたということだ。映像でチラッと見えた程度なので、見間違いの可能性もあるのだが。
(結構野次馬いるな…… この中からあの2人を見つけるのは難しいか)
警察が近づかないように抑え込んでるが、野次馬は写真を撮ろうとしたりもっと近くで見ようとしたり、警察の負担を増やす一方だ。このまま穂士がここにいても、邪魔になるだけだろう。
そもそも、咲希や武志がいるからと言って穂士が駆けつける必要性は無いのだ。穂士はバレットのメンバーになったわけではない、ただ少しだけ日常の裏を知っているだけ。その裏さえ、真実かどうか穂士はその目で見たわけでもない。
「っ、そうだ」
そのとき、ふと思い出したようにスマホを取り出した。昨日繋いだばかりの武志の連絡先を開いて、電話をかける。そこまで行動して、もし本当に緊急事態だったら迷惑なのではと考えるが、切ろうとした瞬間に繋がった。
『もしもし、朝日奈か?』
「はい、隊長さん。ニュースになってる山火事って……」
『お〜、よく気づいたな。そうそう、昨日話したやつだよ。ただ、ちょっと危険度が高い仕事なんだ。見学させる余裕は無さそうでな……』
「そう、ですか…… すみません、お忙しい時に」
『いやいや、俺はまだ様子見の段階だから別に。最初は日下部が動くのが段取りなんだ、状況に応じて俺も動く。それまでは俺の暇なのよ』
「じゃあ、日下部はもうあの山に?」
『おう、さっきまで俺も現場把握のためにいたけどな。さっきアンダーグランドに戻ってきたんだよ』
どうやら見間違いではなかったようだ。しかし、咲希が山の中に入っていったとは思わなかった。
「あの、あいつ1人で本当に大丈夫なんですか?」
『ん〜、まぁいざとなったら俺が出るけど、それでも危ないのに変わりはないわな』
「……俺があの機械を使ったら、日下部を助けらますか」
穂士の問いに、武志はすぐに返事をしなかった。その間に、野次馬たちから少し離れた場所の路地裏まで移動する。念の為、話を聞かれないためだ。
『……イエスっちゃイエス、ノーっちゃノーだな』
「どう言うことです?」
『未知数ってことだよ。昨日実験したのはお前があのマジックマシンを使えるかどうかで、お前がどこまでマジックマシンの力を引き出せるかどうかはまだ実験してない。だから、その質問の正解は俺にも分からない』
遅れて返ってきた武志の返答に、今度は穂士が黙ってしまった。少し考えるように時間をおくと、再び口を開く。
「でも、俺がいたら助かるみたいなこと言ってましたよね」
『それは、まぁそうなんだけどよ。朝日奈、お前は日下部を助けに行きたいのか?』
「あ、それはノーです。昨日散々やられたので、多少は酷い目に遭えばいいと思ってます」
穂士の発言に武志が吹き出して笑うのが、スマホ越しに聞こえた。空気を戻すように咳払いをしてから、また話を続ける。
「ただ、ちょっと気になることがあって」
『ほう、教えてもらっても?』
「……少し前に夢で見た光景と、この山火事が似てるんです。なんとなくですけど」
昨日の授業中の居眠りで見た、世界が荒れ狂ってしまう夢。辺り一体は燃え広がり、そこら中に人だったものやその欠片が落ちていて、五感全てを気持ち悪い感覚が襲ってくる。そんな最悪の夢。ただ夢として認識した時はなんとも思わなかったが、ニュースでこの火事を見たその瞬間からその悪夢と火事を重ねてしまっているのだ。
『お前のマジックマシンの適正からしても、無関係じゃない可能性はあるな。なるほど、それでわざわざ火事現場まで行ったり電話をかけたりしてきた訳か』
火事現場に来ていることを、武志に言っただろうか。電話越しに野次馬の声が聞こえて、察されたのかもしれない。
『それなら、お前のその夢がなんかの役に立つかもな。朝日奈さえ暇で、ちょっと俺たちの仕事を見学する気があるんなら、ちょっとこっちまで来てくれないか?』
「……はい、すぐ行きます」
好奇心半分、なんとなくの義務感半分で承諾をした。義務感の方は、自分でもなぜ感じているのか分からない。だが、行かなければいけないと思ってしまう。
居眠り中に見た悪夢を現実と重ねてしまった、それだけなのに。