某ハンバーガー店でダラダラするお話
今日も今日とて真面目に授業を受け、帰りのHRも終わった。昼休みには九郎に一番値段の高い食堂の定食を奢らせたが、午後の授業は眠気と戦いながらもきちんと耐え抜いた。
「今日は寝なかったな」
「そう連日で寝るわけにもいかんだろ」
つい昨日居眠りで目立ってしまっているので、しばらくは優等生でいたいと考えている。正確には教師にも九郎にもバレないよう、隙を見つけては寝ていたが。昨日の反省を活かして、バレないことを心がけるようにしたらしい。
「さてと、それじゃ帰ろうぜ。今日は俺も部活ないし」
「ん。そういや、昨日の部活って結局なんかしたの?」
「あ〜、適当にダラダラ本読んでた。活動日数が足りないから、時間があるときは来いってさ」
「ふーん」
他愛もない話をしながら、一緒にロッカーまで向かって行く。その道中、同じくロッカーに向かう咲希を見かけた。しかしあちらも他の女子生徒と一緒にいるので、できるだけ目を合わせないようにした。すると、スマホが通知を知らせて震えた。なんとなく内容を察しながら、画面を見てみる。
【今日は私出勤しないから、行くつもりなら隊長に開けてもらってね〜】
相手はもちろん咲希。どうやら、このまま友人と遊びにでも行くらしい。開けてもらって、と言うのは恐らく、ファミレスのバックヤードを開けてもらえという意味だろう。昨日エレベーターがある部屋に入った時、咲希はカードキーのようなものを使用してドアを開けていたので、穂士だけではアンダーグランドには行けないはずだ。隊長である嶋 武志とは連絡先を繋いでいるので、頼もうと思えばいつでも頼める。
(そもそも行くつもりないけどな)
スマホを仕舞ってから、ロッカーで靴を入れ替えて校舎を出た。すると、ひと足先に靴を履き替えていた九郎が昇降口前で待っていた。
「なぁ穂士〜、今日マック寄ってかね?」
「20字以内で理由を述べよ」
「ポテトの気分だから」
「字数足りないから減点、奢りな」
「たまたまクーポンを所持していたため」
「その機転をテストでも活かせよポンコツ」
「奢りを回避した先に待っている罵倒……」
昨日の夕飯前にも咲希に奢らせ、今日の昼飯も九郎の奢りだったので、もしここで奢りが成立していたら三連続でお金を使わずに外食できたのに。そんな考えを頭によぎらせながら、罵倒でわざとらしく落ち込んでいる九郎と共に学校を出た。
そこから歩くこと数分、目的地に着いた。奇しくも昨日訪れたファミレス、すなわちアンダーグランドの近所だ。アンダーグランドがどこまで広がっているかにもよるが、場合によってはこの真下もアンダーグランドの一部なのかもしれない。
「おーい、置いてくぞ〜」
考え事をしていた穂士を置いて、九郎が先に店の中へと入っていく。それを見て慌てたりするわけではなく、一度だけ地面を見てから九郎を追いかけて店の中に入る。
いつの間にか注文を済ませた九郎が、既に入り口すぐ近くの2人席を確保していた。
「注文するの早くね?」
「穂士が遅いんだよ」
テーブルには番号札が置かれていた。穂士も荷物を置いて、財布とスマホを手にレジへと向かった。Sサイズのドリンクとポテトだけ頼むと、すぐに出来上がったものを受け取って席へと戻った。テーブルには九郎の注文したバーガーセットが置いてある。
「お前、夕飯食わないつもりなの?」
「男子高校生の胃袋に限界なんて無いだろ?」
「……野菜もちゃんと食えよ」
親友の栄養状態をジト目で心配しつつ、自分のポテトに手をつけ始める。
「そういや、結局昨日は日下部と何してたんだよ」
「ちょっとあいつのバイト先に呼ばれたから言っただけだよ」
「えっ、お前あの日下部 咲希のバイト先知ってんの!?」
「知ってるっていうか、連れてかれただけだけどな。そんな驚くことか?」
ドリンクを飲みながら聞くと、九郎がもぐもぐ食べていた手を止めて穂士に詰め寄る。
「あの人がバイトしてるってことは有名だけど、入学1ヶ月から一切それ以上の情報が出てこないって噂なんだよ。本人は友達にも秘密にしてるらしくて、いかがわしいバイト説もあったけど…… 穂士を連れていったんならその心配も無さそうだな」
それは初耳だった。穂士は咲希と中学からの付き合いだったが、特段仲がいいと言うわけでもなかった。バイトをしていることだって、それこそ噂で聞いた情報である。高校に入ってからしたまともな会話も、おそらく昨日ぐらいだ。
その際にアンダーグランドやバレットの事情は聞いているので、学校で秘密にしているのも納得ではある。もちろん、それを言うつもりは穂士には無いが。
「本当にいかがわしい店なら、もっと財布の紐が緩そうなやつ連れてくだろうしな」
「そうそう。穂士はホンットに最低限しか金使わんからなぁ」
「節約は良いことだろ?」
「まぁそりゃそうだけどさ。それより、結局日下部のバイト先ってどこなんだよ?」
なんとか話を逸せないかと思ったが、想定より九郎の食いつきが激しかった。普段はポンコツな癖に、余計な時だけ話をちゃんと覚えている。
「……なんでそんな知りたがるんだよ、お前あいつのこと好きだったの?」
我ながら小並感溢れる煽りではあったが、他に話題を逸らす方法も思いつかなかった。しかし、九郎は動じることなくポテトを食べながら答える。
「ん〜、顔が良い子はもれなく好きだわな。バイト先広めたりするつもりはないけど、暇があったら寄ってあわよくばお近づきに……ぐらいの感覚」
「妙なところで現実的な奴だな……」
ラノベやアニメを好むような性格の九郎なので、てっきりラブコメのような甘い青春を送りたいとでも言うと思っていた。実際は宝くじを一枚買うぐらいの感覚で、大きな賭けをするつもりは無いらしい。普段の生活では大胆な性格の九郎だが、恋愛にこと関しては慎重派のようだ。
「それで!どこなんだよぅ、日下部のバイト先。さっきから誤魔化そうとしてるだろ」
(こういう時に限って勘のいいやつめ……!!)
普段は九郎のポンコツっぷりに呆れたり手を焼いたりしているが、今だけはそれが恋しい。どうしたものかと穂士が頭を抱えたいた、そのとき。
「見てこれ!すぐ近くの山が火事って!!」
近くの席の大学生カップルの声が聞こえてきた。声が大きかったので視線を少し集めるが、他の客たちもそのカップルの発言が気になったのかスマホに目をやっていく。いつの間にか九郎もスマホを操作していた。
「あっ、ホントだ。結構燃えてるっぽい」
そう言いながら、九郎がスマホの画面を見せてくる。現場中継の映像には、見覚えのある山で赤い炎が燃え盛っているものが写っている。周りには野次馬がそこそこいて、それを消防や警察が近づかないように誘導しているのも見えた。
そこに一瞬、見知った人物が写った。
(……今のって、日下部と嶋さん?)
突然、胸騒ぎがした。同時に、昨日咲希や武志から聞いた話がフラッシュバックして。