ラノベみたいな話を聞かされるお話
「いい加減説明しろ、俺に何をさせた? 俺に何をさせたい? お前らの目的は何だ?お前らは一体何者なんだ?」
少し声のトーンを低くして、真面目な様子で一気に質問を投げる。これ以上咲希にされるがままでは、一生状況を説明されないかもしれないと思ったらしい。少量の汗を流しながら、先の手を掴んだまま視線もずらさない。
「……分かったよ、ちゃんと説明するって。女の子の体をあんまり乱暴に扱うもんじゃないよ」
そう言われると、穂士が渋々といった様子で咲希の手を離した。すると、隊長が一歩近づいて口を開く。
「ま、ここで話すのもあれだろう。ゆっくり話せる場所に行こう」
「そうですね」
隊長が移動を促し、咲希もそれに素直に従う。例のヘルメットは机にポンと置いて、部屋を出た。長い廊下を歩くこと数十秒、すぐに別の部屋の前までやってきて、中へと入っていく。
今度の部屋は先ほどの部屋より一回り大きく、内装も色々と豪華だ。大きなモニターやいかにも高価なパソコンが複数あり、ホワイトボードや机の上には資料や紙が。先ほどの部屋は簡単な机と椅子ぐらいしかなかったが、こちらは植物やソファなども設置されており、どこかの会社のオフィスのような印象だった。
「さって、何から話すべきなのかなぁ」
「……話すことが決まってないなら、俺から聞かせろ」
「ありゃりゃ、ゾンビに襲われて不機嫌? まぁ、それぐらいは全然いいよ。何から聞きたい?」
大きめのソファに豪快に座り、余裕の表情で咲希が穂士に振った。一瞬躊躇いを覚えつつも、好奇心とゾンビに襲われた不満は抑えられず、遠慮なく質問する。
「まず、この地下施設はなんなんだ?ただのファミレスの地下にある施設としては、色々と大掛かりすぎるだろ」
「うんうん、まぁ気になるよね」
「ここは地下要塞『アンダーグランド』。一般人はもちろん、国も知らない極秘の施設よ」
「いきなり情報量が多い……」
最初の質問に答えたのは咲希ではなく、いつの間にかコーヒーの準備をしている隊長だった。咲希も嬉しそうに立ち上がって、隊長が淹れたコーヒーのカップを手に取り、話を続ける。
「そして私たちは、密かに街を守る極秘組織『バレット』。要するに正義の味方〜、みたいな?」
「正義の味方さん、さっき暴れたら死ぬとか言ってませんでした?」
「あはは、ヒーローだって冗談ぐらい言うに決まってるじゃん。緊張を誤魔化すためのジョークだから、むしろヒーローらしいとも言えるよね」
「なんちゅう強引な……」
コーヒーを息で冷ましながら、穂士の質問に受け答えする咲希。隊長がもう一杯コーヒーを淹れて、椅子の前に置いた。座れという意味と解釈し、恐る恐る着席してコーヒーを一口飲み込んでから、質問を続けた。
「ってか、何から守るって言うんだよ。日本はお前らみたいな怪しい奴らが守らなくたって平和だろ?」
「ちっちっち、甘いねぇ穂士くん。私たちが守ってるから平和に見えてるんだよ」
いちいち挑発的な言い方をする咲希に苛立ちを覚えるが、その全てに突っ込みや文句を出していたらキリがないので、コーヒーと一緒に飲み干す。
「朝日奈はラノベとか読むか?」
すると、いきなり場違いすぎる問いを隊長が投げてきた。あまりに変化球だったので一瞬理解が追いつかなかったが、ふざけた様子ではなかったので一瞬考えてからちゃんと答える。
「えっと、友達が貸してくるのでたまに」
「ふむふむ。じゃ異世界とかの話もなんとなく分かるかな」
「い、異世界……?」
日常で聞くことはあるが非日常的な単語を耳にして、穂士が困惑の表情をする。隊長の言ったライトノベルや、ここ数年のアニメや漫画などの文化において、異世界ものと言うのはど定番のジャンルだ。当然、穂士だって人並みにはそういう作品も目にする。だが、こういう真面目な場で聞くことになるとは思いもしなかった。
「俺たちは、異世界の侵略者から世界を守ってるんだ。信じられないとは思うけどな」
「いや信じますよ。隊長さんも異世界人でしょどうせ」
「ブッ!!隊長は普通の純日本人だって!!あっはは、隊長普通の人間じゃないって思われてやんの〜!!」
「日下部、流石の俺も泣くぞ〜。あと朝日奈、ヤケクソで俺を日本国籍から除外しないでくれ……」
この筋肉量と体の大きさは明らかに普通の人間のものではないと思ったのだが、どうやら穂士の予想は外れていたらしい。
「話を戻すとね。私たちは日夜その侵略者を撃退してるわけなんだけど……」
「なんせ極秘の組織だし、戦える奴っていうのはとにかく不足しててな。お前にも手伝ってほしいと思って、日下部に今日連れてきてもらったんだよ」
大事なところはさすが上司というか、言いづらそうにしていた咲希から引き継いでしっかりと説明をやりきる。しかし、当の説明された方はあまり状況を受け入れてきれていない様子だ。
「……一気に質問したのは確かに俺だけど、流石に情報量が多すぎないか」
「その辺は頑張ってくれ。それで、引き受けてもらえるか?」
「引き受けるって…… その侵略者退治を、ですか?」
「おぅ、お前がいてくれると、俺らも格段にやりやすくなるはずなんだ」
「それって、さっき試した夢の中に入るヘルメットのことですか?」
「察しがいいねぇ」
いつの間にかコーヒーを飲み干していた咲希がカップをデスクに置いて、話に再び割り込んでくる。今日何度目か分からない咲希のニヤニヤ顔に嫌な予感しかしなかったが、そこはグッと堪えて話を大人しく聞く。
「私たちは『マジックマシン』っていう、魔法を使える機械を使って侵略者と戦ってるんだ」
「ファンタジー系なのかサイバー系なのかはっきりしてくれ」
「話は最後まで聞けぃ」
属性がいまいち分からない新出単語に思わずツッコミを入れてしまい、咲希に指摘されてしまう。今度こそ口を閉じると、咲希が呆れた様子で再び説明をし出す。
「でも、マシンは適性がある人にしか使えなくてね。穂士くんが使ったヘルメット…… あれもマジックマシンの一つでなんだよ」
「つまり、あのヘルメットに適性があるのが俺だった、ってわけか」
「そうそう、飲み込みが早くて助かるよ〜。柊くんのおかげかな?」
「かもな」
軽い冗談を返しながらも、穂士の頭はフル回転して思考に駆り出されている。異世界だの魔法だの機械だの、このアンダーグランドに来てからとにかく情報量が多い。たまに質問をして確認を取ることで、なんとか理解を保てている状態だ。
「……あのヘルメット、ただ夢を見ながら現実の人間と会話ができるとか、夢の内容を操作できるとかだけじゃない訳?」
「うーん、これ以上部外者に教えるのもなぁ。部外者じゃなければ教えれるのになぁ??」
とてもわざとらしい。大袈裟な言い回しをしながら、嫌らしい顔つきで穂士に視線を向ける。学校ではこんな風に咲希と目が合えば喜ぶ生徒は大勢いるが、穂士はもはやストレスしか覚えることができない。
「戦うってことは、それなりの危険もあるんだろ。なら、俺が使う力について事前に聞くのは当然の権利じゃないか?」
「ゔっ…… 正確に痛いところをついてくるねぇ、君のそう言うとこ、嫌いじゃないと思ったら大間違いだよ」
「回りくどいのかさえよく分からないんだが、その言い方」
多分本人的には遠回しに言ったつもりだったのだろうが、普通に嫌いと言ってるのは誰でもわかる。少なくとも、穂士の人格そのものを否定しているわけではないだろう。単純に、自分の思うように事が運ばなかったので不満の一言を漏らしただけ。それを穂士も、なんとなくだが理解している。
「まっ、今日すぐに答えを出さなくてもい。一度に全部話しても覚えられないだろうし、マジックマシンや俺たちの仕事のことも、おいおい話していこう。しばらくは見学して、それから色々決めるってのはどうだ?」
「あ〜、まぁそれなら……」
「えぇ、隊長甘いですって。こう言うのは早期決着つけないと、いつの間にか逃げられてるものですよ!」
「朝日奈の言うとおり、命の危険だってある仕事なんだ。急かして決めさせるものでもないだろう」
「……まぁ、隊長にしては正論ですね」
(思ったより常識人なのかな…… さっき嫌いとか思ってごめんなさい)
心の中で言ったことを心の中でこっそり謝罪し、穂士もコーヒーを一気に飲み干す。すると、隊長がスマホの画面を差し出してくる。
「これ、俺の連絡先。一応繋いでおいてくれ、何か質問があったらいつでも聞いてくれていい。もちろん、聞くのは俺じゃなくて日下部でも大丈夫だ」
「うんうん、いつでも咲希ちゃん先輩を頼っていいからね、穂士くん!」
「ありがとうございます、隊長さん。あと日下部」
「おい、なんで私がついでなのよ」
数分前と比べてかなり好感度が上がった隊長の連絡先を、QRコードで読み取る。ちゃんと連絡先を交換できたことを確認してから、スマホをポケットに仕舞う。
「それじゃ、今日はこれで解散!またいつでも、時間が空いてる時に来てくれ」
「来ること自体は確定なんすね…… まぁ、用事がなければ来ます」
「安心して穂士くん、私が無理やりでも連れてきてあげるから!」
「頼むから、これ以上俺のお前に対する好感度を下げないでくれ」
今日だけで、穂士の咲希に対する好感度は地の底まで下がっただろう。訳のわからないバイト先に連れてこられたと思ったら、大嫌いなゾンビに追い回されて、挙げ句の果てに全ての元凶はずっと煽ってくるのだ。学校ではこう言った一面は見た事がないので、どちらかと言えばこっちが素の性格なのだろう。
「はいはい。それじゃ帰るよ、ついてきて〜」
「疲れた…… おい日下部、上のファミレスで奢れ」
「ちょいちょいちょい穂士くん。JKにその言い草はどうなのよ」
「誰のせいだと?」
「あはは、私のせいだねぇ〜。まぁいいよ、どうせ経費か隊長の財布で落とすし」
「学校の連中に見せてやりたいわ……」
普段の咲希からは考えられないような言動に、肩を落とす穂士。それを咲希が揶揄いながら、2人は部屋を出て行った。
「……俺、今月結構ギリギリなんだけど」
部屋に一人残された隊長の独り言は、2人の若者には届かなかった。