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腹立つ美少女に嵌められるお話

「地下99階!?」

「わっ、大きな声出さないでよ。びっくりするじゃん」

「こっちの台詞だわ……」


 指摘されたので、一応今度はボリュームを小さくして文句を言う。まさか、ファミレスの地下に99層ものフロアが存在するとは誰が思うことだろうか。いや、それ以前に地下99階など聞いたことがない。現実的に考えて、そこまで地下深くに建物を置くと言うのは可能なのだろうか。予算を考えたら、頭が痛くなりそうだ。


「これで怪しいバイトじゃないとか、流石に冗談きついだろ……」

「ん〜、何を持って怪しいとするかは人それぞれだよね。今は多様性の時代だし」


 嵌められた。完全に嵌められた。これはもう、どう抗っても嫌な運命にしか辿り着く気がしない。


「あはは、そんな不安そうな顔しなくたっていいよ。お金取るつもりはないし、とって食べたりもしないよ」

「つまり、俺如きの頭脳では思いつかないような苦痛がこの地下深くで待っているわけだ……」

「本当に私のこと信用してないね君」


 半分冗談だが、半分は本気で不安である。そんな会話をしてる間に、エレベーターが止まった。そういえば、どの階に止まるかは確認していなかった。どこに止まったのだろうと上を見てみると、デジタル文字でB55と書いてある。これも随分と地下深くだが、99と比べたら半分程度なのだと考えると恐ろしい。


「ほーら、突っ立ってないで行くよ」


 既に咲希はエレベーターから降りており、先に進んでいる。少し駆け足で追いついて、辺りを見渡した。清掃が行き届いた綺麗な廊下を、せっせと歩く。

 やがて再び行き止まりにぶつかるが、咲希は慣れた手つきで近くに設置してあったパネルを操作する。数秒もしない内にドアが開いた。


「どんだけ厳重なんだよ……」

「そりゃ極秘施設だからね」

「おい、初めて聞いたぞそれ」

「初めて言ったからね」


 何食わぬ顔で咲希が言うので、穂士は不満そうな顔をする。それに気づいた咲希が、声を出して笑った。


「も〜、そんな不機嫌な顔しないでよ。この先が目的地だから」

「その目的地を教えろって……」


 扉を進んだ先は、また長い廊下。しかし、咲希はすぐにいくつもある部屋の前で立ち止まった。2回ノックをしてから、ドアを開ける。


「失礼しま〜す」

「……まーす」


 咲希が入っていく後ろから、ついていくように穂士も部屋に入った。すると、そこには大きな机と1人の大きな男性。男性の体格はコミックのキャラクターのように大きく、着用している黒スーツは今にもはち切れそうだ。机には銃やら剣やらの凶器が大量に並べてあり、どれも玩具のようには見えないとてもリアルな品だった。


「隊長〜、またこんなに散らかしちゃって…… 副隊長に怒られても知りませんよ?」

「おぉ日下部、来たか。大丈夫だって、怖い怖い副隊長も、今日は休みだからな」

「じゃあ写真とって送っちゃお〜っと」


 アニメや漫画のような目の前の光景に唖然としている穂士を置いて、咲希が隊長と呼ぶ大柄の男性と会話を進めていく。あまりに喋らないので、隊長が気を遣うように目線をやった。


「んで、その高校生は?日下部の彼氏?」

「うっわセクハラですよ隊長…… キモ……」

「上司に悪口言うのはアリなの?」

「セクハラ上司なんて尊敬する価値ないですって」

「ひっでぇ」


 大きな体格と反して、性格は少し小さいようだ。単純に咲希の言葉がきついだけかもしれないが。


「っと、また忘れるとこだった」


(また?)


 ナチュラルに存在を忘れていたことを呟いた咲希だが、無理やり連れてきたくせにという穂士の視線を無視して、穂士を紹介するように手を向ける。


「こちら朝日奈 穂士くん。例の“適合者”です」

「あー、そういえば今日だったっけ。……思ったよりもやしっ子だな」


(初対面でディスられた…… この人嫌いだ)


 心の中で人生のブラックリストに入れられているとは露知らず、隊長が笑顔で手を差し伸べてきた。


「俺は嶋 武志、気軽に隊長って呼んでくれ。よろしくな、穂士!」

「あ、はい」


(『隊長』は気軽なんだろうか)


 既に嫌いな人として判定しているため、簡単な返事だけして手を握った。

 すると、いつの間にか背後に回っていた咲希が何かヘルメットのようなものを被せてきた。


「うわっ!?日下部!?」

「はいはい暴れない、静かにしてないと死ぬよ〜」

「お前暴君すぎんかマジで!?」


 無理やり連れてきて、むさ苦しいおっさんにディスられて握手させられて、終いには変なヘルメットを被らされて死の危険に追いやられる。放課後から1時間も経っていないのに、あまりに情報量が多すぎないだろうか。

 ヘルメットは大きくて、視界まで隠れてしまった。否、おそらくそういう形状なのだろう。ヘルメットにゴーグルのようなものを取り付けられていて、意図的に視界を遮っているのだと分かった。視界が真っ暗なので状況がどうなっているのか分からないが、咲希に体を引っ張られて椅子に座らされた。


「体勢キツくない?」

「普通」

「ほーい、んじゃ初めよっか。いいですか隊長〜?」

「どうぞー」


 いや何を、と言おうとしたその瞬間、暗闇がパッと明るくなった。しかし、視界が元に戻ったわけではない。真っ黒だったのが、真っ白になった。しかし、目線を下にやれば足も手も見える。そこで、先ほどまで椅子に座っていたはずなのに、いつの間にか起立していることに気がついた。穂士自身は、立った自覚はなかった。


「な、何これ……?」

『お、成功したみたい〜?』

「く、日下部?これマジでなんなの?なんか変な感覚なんだけど……」

『ん〜、感覚はリアルと同クオリティなはずなんだけどな。適合しきってないか、或いは適合者故の副作用か……』


 咲希だけでなく、隊長の声も聞こえてきた。右や左も見渡してみるが、2人の存在を目視することはできなかった。


『穂士くん、もう体って動かしてみた?』

「え、うん……」

『そかそか。私たちの見てる穂士くんはぴくりともしてないから、ちゃんと成功してるみたいだね!』

「は?」


 意味が何一つわからない。一体、自分は何をされているのだろう。


『穂士くんの意識は今、夢の中にあるんだ。だから、そっちで体を動かしてもこっち……現実の穂士くんは寝たままなわけ』

「なるほど何一つ分からん」

『あはは、だろうね〜』


 流石の穂士も、少しイラッとしてきた。だが咲希の言うことが真実の場合、今の穂士の状態では咲希に直接干渉することができない。どれだけストレスを溜めても、咲希に渾身のドロップキックは繰り出せないわけだ。


『んじゃま、次に行きますか。ちょっとゾンビみたいなのが出てくるけど、気にせず逃げてね!』

「え、ちょ、ま」


 穂士の途切れるような制止を聞かず、咲希が何かをポチッと押すような音が聞こえてきた。すると、瞬く間に穂士の目の前に人影が三体出現した。三体ともボロボロの服を着ていて、身体に穴が空いていたり一部が欠けていたりして、血液が至る所から垂れている。まさしく、映画で見るようなゾンビだ。

 予告された通り現れたゾンビを視界に確認した瞬間、穂士は全力で真っ白な空間をゾンビがいない方向に走り出した。


「ふっざけんなよクソ女!テメェ俺がホラー嫌いだって知っててこのチョイスかぶっ飛ばすぞこの鬼畜!!」

『君は学校一の美少女に対する礼儀ってものがなってないね〜。あと君がホラー苦手なのは知ってたし、その中でもゾンビ系は特に無理ってこともリサーチ済みね』

『日下部、流石にそれは俺も引くぞ……』


(よし決めた、目が覚めたら絶対に殴る。6発は殴る)


 心で誓いを立てて、走りながら穂士は後ろを振り向いて見た。すると、そこには穂士同様に全速力で猛ダッシュしている三体のゾンビの姿が。


「なんでこのゾンビ走ってんの!?普通こんな速くないだろゾンビって!!」

『私の趣味かな〜』

「お前マジで嫌い! ってうぉあ!!?」


 と、咲希との会話に気を取られた瞬間、足を力強く何かに掴まれた。この状況でそんなことをしてくる存在が何かは、見なくても分かりきったことだ。だが、恐怖に染まりきった顔で後ろを再度振り返った。すると、そこには三体のゾンビが自分の足元でわらわらと集まっている姿が。


「あぁぁぁぁぁ!!!?」


 とてつもない大きな声で叫んだ瞬間、穂士の視界が突然真っ暗になった。その瞬間、足を掴まれた感覚も一気に消え失せる。それどころか、いつの間にか自分が椅子のようなものに座らされていることに気がついた。この感覚は、夢の中に入る直前のものだった。


「……え」

「お、戻ってきたみたいだね」


 先程まで頭に直接響くように聞こえていた声が、今は自分の耳を通じて聞こえるのが分かった。どうやら、現実世界に戻ってきたようだ。

 すると、ヘルメットを誰かに外されて視界が明るくなり、目の前にはヘルメットを持った隊長と笑い疲れてお腹を抱えている咲希がいる。隊長は少しばかり同情するような目をしていた。


「お疲れ様、朝日奈」

「おつかれ〜、穂士くん。いやぁ、いいもの見させてもらったよ〜」


 急に視界に光が入ったのを眩しそうにしている穂士を見ながら、咲希がニコニコと笑顔を浮かべながら言ってきた。笑顔を維持したまま、満足そうな様子で座っている穂士に手を差し伸べる。しかし、その手を穂士は思いっきり力強く掴み、咲希を睨んだ。


「いい加減説明しろ、俺に何をさせた? 俺に何をさせたい? お前らの目的は何だ?お前らは一体何者なんだ?」


 重々しい空気が、狭い部屋に流れ出した。

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