覚悟のお話
『ヒーローは遅れてやって来る、ってな』
文字通り、穂士は到着予定時刻を遅れた現場にやってきた。武志は穂士が春巻5号の操作に慣れるまでの時間も見越して2分と予想していたが、実際には5分ほどかかっている。
「もう少し早く来てくれたら嬉しかったなー」
『うっせ、この身体アホみたいに重いんだよ。視界もいつもと違うし』
先ほどまではレッドリザード相手に殺意に満ち溢れた表情をしていた咲希だが、穂士が来てくれたことで少しクールダウンできたようだ。いつものように、穂士と軽口を叩き合っている。
「それにしても、甘いよ穂士くん。春巻5号のスペックなら、あんなやつ瞬殺できたでしょ」
しかし、すぐに咲希の表情は真剣なものに変わった。穂士が春巻5号で登場と同時に蹴り飛ばした少し大きなレッドリザードは、よろよろしながらも立ち上がっている。てっきり春巻5号を恐れて逃げると思っていたが、どうやらプライドの高い個体らしく、むしろ春巻5号を睨みつけている。
『いや、いくらトカゲとは言え殺すのはちょっと…… 俺、虫も殺すの無理なタイプだし』
「流石ビビり代表だねぇ。でも、この仕事で一々そんなことは言ってらんないよ?」
目だけが笑っていない笑みを浮かべながら、咲希は持っていた剣を一振りした。すると、剣が一瞬で形状を変えてライフルのような形になる。咲希はその銃を片手で構えて、瀕死のレッドリザードに銃口を向ける。穂士が一瞬驚いたように春巻5号の身体を震わせたが、仕事の後輩としては何も言うまいと見届けようとした。しかし、レッドリザードのその先にあるものを見て、咲希が引き金を引く前に身体を前に乗り出す。
『日下部ストップ!』
「わっ、何々!?早くしないと逃げられちゃうでしょ!!」
『あのレッドリザードの奥、子供がいるんだよ!』
「え、それ早く言ってよ!どの辺……って」
春巻5号をどかして、穂士が言ったレッドリザードの奥に目をやった。すると、確かにそこには身体をブルブルと震わせている子供がいた。しかしそれは人間ではなく、レッドリザードの、だ。巨大な方のレッドリザードは、その子供のレッドリザードの親なのだろう。
「はぁ……子供って、人間のじゃないじゃん。驚かせないでよ〜」
呆れたように、咲希が再び銃口をレッドリザードに向けた。すると、春巻5号がその鋼鉄の手で銃口を包んだ。
『待てって! いくらなんでも、親子を殺すのは……』
「はぁ?何言ってんの? 親子かどうかなんて関係ない、あいつらは異世界の生物。この地球の生き物じゃないの。情けをかける必要なんて無いんだよ」
『いや、でも……』
咲希の言うことが正しいのか、穂士には分からない。それもそうだ、穂士は今日初めて、マジックマシンを使って戦いの場に赴いた。戦う覚悟も理由も、しっかりとは定まっていないのだ。
「今はこの山で抑えてるけど、既にあいつらは人を襲ってる。あの子供も成長したら、人を殺すんだよ?人間だけじゃない、この山で生きてる生物だって、このままじゃ火事で死んじゃう。地球の罪無き生き物と異世界の凶暴な化け物、天秤にかけるまでもないでしょう?」
『………』
言い返す言葉が、見つからなかった。いや、言い返す必要が無いと、頭では分かっているのだろう。それでも、家族を守ろうとするあのレッドリザードを見て、無慈悲に殺すという選択肢を受け入れることができない。
穂士が葛藤している間に、咲希は春巻5号の前に出て今度こそ引き金を引いた。親レッドリザードの身体を数発の銃弾が貫き、もがき苦しみながらやがて息を絶った。咲希は躊躇うことなく、子供のレッドリザードも撃ち殺した。数体いた子供の中でも、少し体格の大きいレッドリザードが他の個体を守ろうとしたのか、身を乗り出して咲希に向かって飛びつこうとした。しかし、咲希に牙が届く前に乾いた銃声は響き、鮮血が春巻5号の白いボディにも飛び散った。
「君は優しいからね、その優しさが戦いに不必要とまでは言わないよ」
目に見えるすべてのレッドリザードを処理し終えると、銃を下ろして春巻5号の中にいる穂士に語りかける。
「けどね、殺すのを躊躇ったら、君の大切な人が代わりに死ぬんだよ。人を殺すのに躊躇するのはまだいいけど、それ以外も無理なら君にこの仕事は向いてない。いつか必ず後悔するからさ」
その言葉は、春巻5号の身体とは比べ物にならない重さだった。まるで、咲希が実際に体験したのかと思うほどに。結局穂士は咲希に返す言葉を見つけられず、咲希も体勢を整えるとすぐにその場を離れた。まだ山を徘徊しているであろうレッドリザードを殲滅に向かったのだろう。
『……すまんな、朝日奈。やっぱり、もっと色々教えてからやらせるべきだったよ』
穂士の頭に、武志の声が響いてきた。
『いえ、覚悟も決めずにここに来たのは俺ですし…… 日下部の覚悟すら予想できなかった俺ですよ、悪いのは全部』
『いいや、俺は隊長だ。作戦の過程での損失は、上司が背負うもんだよ。それに、色々教えるべきだったって言うのは仕事の内容だけじゃない。日下部の過去についてもだ』
『……え?』
春巻5号の動きは、夢の中での穂士の動きと連動している。武志の言葉に穂士が思わず顔を上げると、春巻5号の顔も合わせて動く。
『日下部はバレットに入る前、仲の良かった友人3人を失っているんだよ。異世界の連中のせいで、な』
『……あの躊躇いのない殺意は、それが原因ってわけですか』
『あぁ。それからあいつは、酷い精神状態のまま戦っている。薬や治療で落ち着かせているが、一度の戦闘は1時間が限界だ。それを越えた状態で異生物なんて見たら、殲滅し終わった後だろうとお構いなしに暴走する』
『そんな…… なんでそこまでして、日下部は戦うんです? あいつ、俺には向いてないとか言ったくせに……自分が一番辛いとこで戦ってるじゃないですか!!』
何も分からなかった。咲希があそこまで異世界の生物を睨む理由は分かった。だが、精神を削るほどの代償を払ってまで何故まだ戦おうとするのか。復讐か、苛立ちか、止められない衝動か。
少し考えてから、思い出した。答えは、咲希が自分で言っていたではないか。
『大切なひとを失いたくない、から……?』
『二度と同じ思いをしたくない、そんなとこだろうな』
『っ……! でも、その過程でその嫌な思いを何度も思い出しちゃ、意味……!!』
そこまで自分で言って、また思い出した。
『嶋さん、さっき日下部が戦えるのは1時間までって言ってましたよね?今日はあと……』
『10分ないぐらい、ってとこだな。超えても30分までは予備の薬を持たせているが、それはあくまで離脱用。けど、あの様子じゃオーバーしても戦うだろうな』
『……すぐにあいつのとこに向かいます、案内してください』
『もういいよ朝日奈、ありがとう。今回は俺のミスだ、俺だって動けないわけじゃない。今すぐ俺と交代……』
『さっきも言ったじゃないですか。見過ごす選択肢は、俺にはありません』
先ほど咲希と話したときと比べて、穂士の言葉は決意が滲み出ていた。溢れるほどのものではない、だが明確な決意。
『その言い方じゃ、覚悟が決まりきったわけじゃないんだろう?殺す覚悟がないのなら、日下部の足を……』
『覚悟がなくても、理由はあります! あんなんでも友達だし、日下部以外の友達や家族にも、俺だって死んでほしくない。日下部みたいに固い覚悟は無いけど……! 守るために必要なら、なんだってやる、今そう決めました!』
マジックマシン越しに聞こえてきた穂士の声を聞いて、武志が少し間を置いた。何を考えていたのか、少し笑うような声が聞こえてきてから、また声が穂士の頭に響く。
『ったく、寝てるくせに一丁前なこと言いやがって…… お前のそれも、充分覚悟だよ。日下部の位置情報を送る、あいつを助けてやってくれ』
『っ、ありがとうございます!!』
位置情報を確認すると、穂士は春巻5号をすぐに咲希の元へと向かわせた。
その頃、メインルームで武志は1人笑っていた。
「……ほんっと、若いっていいねぇ」