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#07 相変わらずお元気そうでなによりです

※短編にない話です

 与えられた屋敷に先客がいた――次の日の私は、それを伝えるべく、ノルバート様と共にホルガー・ゲヘンクテ辺境伯を訪れた。

 祖母がゲヘンクテの家の者だったので当然といえばそうなのだが、ゲヘンクテ辺境伯の城は、馬車でもそう遠くないところにある。しかし、カッツェ地方でもさらに北方にあるため、その城は豪雪などには負けぬと言わんばかりの堅牢な城壁に囲まれていた。ノルバート様も日頃この辺りにいるのか、門番はノルバート様を見ると軽く会釈した。


「……道中で聞きそびれましたが、ゲヘンクテ辺境伯の騎士というのは……仕えているということですよね。……その、大変ではありませんか、あの辺境伯では……」


 なにせ、ホルガー様は、別名「変狂へんきょう伯」。若くして当主の座につき、その辣腕らつわんっぷりは誰もが認めるところだが、そのせいで少々言動が読めないところがありそう言われている。幼い頃に何度か会ったことのある私は、それをよーくよく知っていた。

 おそるおそる尋ねると、ノルバート様は一度口を閉じた。もともと無口な方だが、これは返答にきゅうしているに違いない。


「……しかし有能だというのは噂だけではない。ホルガー様は慧眼けいがんの持ち主ともいうべきだし、その最大の功績は西の孤島に目をつけて交易を始めたことだろう。ここは寒さが厳しく農作物は育ちにくいからな、飢えが少なくなり食文化も豊かになったのはホルガー様のお陰だ。それに――」

「すごく饒舌じょうぜつですね、大丈夫ですか?」


 ノルバート様はもう一度口を閉じた。きっと苦労なさっているのだろう。

 ただなにより、私を前にしたホルガー様には別の問題もある。


 執務室の前までやってきて、ノルバート様が若干躊躇いを浮かべながら扉をノックすると「ノルバートか、珍しいな」とすぐに返事がきた。どこに窓がついているのだと慌てて周囲を見回すが、執務室と廊下は分厚い壁と扉で隔てられている。音で訪問者を聞き分けるホルガー様、おそるべし……。


「……失礼します、昨夜――」


 ノルバート様が扉を開いた途端、ドドドドドッと執務室内で何かが崩れ落ちた。

 そっと顔を覗かせると、床にはこれでもかというほど本やら書簡やらが転がっていた。しかし、この手の部屋は足の踏み場もないはずだが、なぜか執務机までは道がある。片付けるのは面倒だが歩くたびに物を避けるのはもっと面倒、そう口にするホルガー様の顔が浮かぶようだった。


 ノルバート様は一度口をつぐんだが、見慣れた光景らしく、その足は躊躇なくずんずんと細い道を進んだ。その後ろから執務室に入ると、ホルガー様は机に脚を投げ出して座り、こちらに見向きもせずに書簡に目を通しているところだった。


 ……相変わらず、私そっくりだ。その赤い髪と横顔を見ながらしみじみと頷いた。お互いにそれぞれの祖父と祖母から受け継いだものが多いのだろう。

 ただ、女と男というだけで随分と印象は違う。私の赤い髪とオレンジの瞳は、気の強い性格と顔立ちもあって「気性が荒い」と評価される。しかし、ホルガー様のこざっぱりした赤い髪と力強い顔つきは、怠惰な貴族とは一線を画する凛々しさがあると言われている。しかも何がずるいって、瞳は優しいブラウンの色なのだ。私もあっちの瞳がよかった。


 そんなホルガー様は、ノルバート様が前に立っても視線もあげない。ノルバート様は仕方なさそうに咳払いした。


「失礼します、ホルガー様。昨夜、帝都から――」

「ああそうだ、近日中に私の祖父の妹の孫が帝都からやってくることになっている。私と同じ赤い髪で、しかし瞳はオレンジ色だ。年の頃は十八歳かそこら、見かけても不審者ではないから出会いがしらに叩ききることなどないよう注意してくれ。しばらくはその警護も頼みたい。誰かに素性を訊かれたら私の親戚だと言っておけ。以上だ」


 ぽかん、と私もノルバート様も呆気にとられた。アンタの祖父の妹の孫はここにいる。


「……ホルガー様」

「ああすまない、お前の用件は?」

「……そのレディ・エレーナの住まいとはホルガー様の祖父君の妹君のものかと存じますが、私が住んでいる屋敷がそうです」

「そうだな、だから安心だな。くれぐれも厳重に警護してくれ、私の大事な祖父の妹のその孫だからな。ただし指一本でも触れた場合には貴様の腕を一本落とす。他の用件は?」


 ほら出た。絶句したノルバート様の横で、今度は私が咳払いした。


「……ホルガーお兄様(・・・)

「なんだエレーナ」


 その顔はやはり書簡から顔を上げず。


「……エレーナ!?」


 しかし、現実の私がいると気付いた瞬間、顔を上げると同時に書簡を放り投げた。宙を舞った書簡は、ノルバート様が無造作にキャッチした。


「お前……いつの間に着いたんだ? 帝都出立の連絡がきたのは昨日だぞ?」

「雪で手紙が遅れたのかもしれません。逆に私は少し早く着いたのですが……」

「久しぶりだなエレーナ!」


 二歩下がり、執務机の向こう側から抱き着いてこようとしたホルガー様を回避した。ずるっと滑ったホルガー様は、執務机の上から大量の書類を流し落とす。


「……お久しぶりです、ホルガー様。相変わらずお元気そうでなによりです」


 私とホルガー様は幼い頃に何度か会ったことがある。私より五つ年上のホルガー様は、先代辺境伯の一人息子で、遠縁の私をまるで妹のように可愛がるとおりこして溺愛してくれていた。現辺境伯となりカッツェ地方に缶詰めになってからはあまり会っていないが、四季の便りでその性格が変わっていないことはよく知っていた。

 そのホルガー様は渋々椅子に腰かけなおしながら「そうよそよそしい呼び方などしなくても」と口を尖らせる。


「昔はお兄様と呼んでついて回ってくれただろう」

「いまのホルガー様は当主様ですので。それより――」

「お兄様だろう」

「……ではホルガーお兄様、それより――」

「しかしエレーナ、手紙を読んだときは何事かと思ったが意外と元気そうで安心した。綺麗にもなったな」

「お誉めいただき光栄ですが、それより――」

「大叔母君の屋敷にはそこのノルバートが住んでいる。ノルバートは出自は怪しいが信頼のおける男だ、安心するといい」

「いえそういうことではなく――」

「日中は不在にするだろうが、あのあたりは夜でなければそう危険もない。使用人やら警護の手配は少し待ってくれ、人手が足りていなくてな」

「だから話を聞いていただけます!?」


 本当に、昔からこうなのだから。両手で机を叩いたが、ホルガー様――いやホルガーお兄様はブラウンの目を瞬かせるだけだ。


「聞いているとも、お前は大叔母君の屋敷に住み、ノルバートは住みこみでお前の警護をする。結構なことだ」


 聞いちゃいねえ……。


「あのですねえ、そこに最大の問題がありますというお話をしに来たのです! というか、事前にホルガーお兄様に話をつけてあると聞いていたのですが、祖母の家にノルバート様が住んでいらっしゃるのはミスでもなんでもなかったのですか!?」

「もちろん、臣下の住まいが大叔母君の屋敷だというのに把握しない馬鹿がどこにいる。多少気苦労もあるかもしれないが、さきほども言ったとおり、使用人等の手配が間に合っていない。腕利きの護衛が住みこみでいると思ってしばらくは一緒に住めばいい」


 貴様は妹のように溺愛している年頃の娘を他の男と住まわせて構わないと思っているのか!? そう言いたかったが、そう口にするとノルバート様が「今すぐ出て行く」と荷物をまとめてしまいそうで言えない。


「お言葉ですが、ホルガー様」


 が、もちろんノルバート様も異論ありまくりだ。


「レディ・エレーナは年頃の令嬢です。それを私と一つ屋根の下に住まわせるというのは、いささか配慮に欠けるのではありませんか?」

「あの屋敷は主人と使用人とで屋敷が分かれていただろう。それが廊下で繋がっているだけだ、つまり二つ(・・)屋根の下。生活を別にすることは可能だ。それにさきほども言っただろう、エレーナの住まいに回せるほど人は足りていない。お前にはエレーナの警護をしてもらわねば困る」


 カッツェ地方は帝国最北端、国境を越えて人の出入りも激しく、また貧富の差が激しい地域もある。ゆえに帝都からきた貴族が一人で住んでいるなんて、東洋の言葉でいえば鴨がネギを背負っているようなものだ。それは私だって承知しているし、だから両親はゲヘンクテ辺境伯に先に連絡を入れていたのだが……。

 ん? そう考えていて、当初のホルガーお兄様の発言を思い出した。私が来るからしばらく警護を頼む、と……。


「……もしかしてホルガーお兄様、最初からノルバート様に私の警護をさせるつもりだったのですか……?」

「当然だ、可愛い妹分が来るというのにその身一つで放り出す阿呆がどこにいる」

「もちろんそれを依頼したのはこちらですが、だからって――……その、ノルバート様にとっては厄介事というか、面倒事なのでは……」

「そうか?」


 ホルガーお兄様は、ノルバート様から書簡を受け取りながらにこやかに微笑んだ。


「可愛いエレーナの警護をすることが厄介事や面倒事であるなど、まさかノルバートは言うまい。なあ?」

「…………そうでございますね」


 二人にはそういう力関係があるらしい。ノルバート様が祖母に拾われていたことを考えれば不思議ではないのだが、それにしては二人は妙に親しげでもある。どういうことだろう、と状況も忘れて少し疑問が湧いた。

 ホルガーお兄様は書簡を広げ直しながら「用件というのはそれだけか?」と私達から視線を外す。


「もちろん、いつまでもノルバートを同じ屋敷に居座らせるつもりはない。ノルバートの住まいは改めて探している最中であるし、大叔母君の屋敷の使用人も別途整える。ただ、いましばらく待てという話だ」


 なるほど。ホルガーお兄様は、私達の話も聞かずに「一緒に住んでおけ以上」以外のことを言わなかったが、結論はそれで動かないので聞く話はないということだったのだ。昔、たまに一緒に何気ないお喋りをするときに、数段どころか数十段飛ばしで結論だけ言われて混乱したことを思い出した。

 そうすると、私がホルガーお兄様の屋敷に留まらせていただくという選択肢はあるかなどとは聞く気にはならなかった。おそらくノルバート様もしかり。


「……分かりました、それでしたら、私のほうからは用事はございません」

「それならよかった。いまは少々立て込んでいるから、また改めて歓迎する。ノルバート、もちろんこの件に関しては別途手当しておくからよろしく頼む」

「……承知いたしました、ホルガー様」


 執務室を出た後、二人揃って溜息を吐いてしまい、思わず顔を見合わせる。


「……申し訳ありません、ホルガーお兄様があんな無茶を申しまして」

「……いや。辺境伯のことだ、口に出さなかったこと以外にも色々考えていることはあるのだろう」


 例えば、私が帝都を追われた理由とかだろうな……。グライフ王国と国境を接するカッツェ地方は、優勢派閥の影響をもろに受ける。逆にいえば、どちらかの派閥に与していると思われないよう、慎重な行動をとらなければならない。

 そう考えると、ホルガーお兄様にとってこそ私は厄介事だったのだろう。二つ返事で受け入れてくれたことを感謝しなければ。


「……疲れてしまいましたよね。お詫びに今日もおいしい夕食を作ってお待ちしておりますよ」

「……大変ありがたい。ちなみにメニューを聞いてもいいか」

「そうですねえ……」


 城へ来る途中、ちらと市場を見かけたが、おいしそうなシュリンプが売られていた。


「シュリンプでレモンバター風味のオルゾとしましょう」

「ありがとう、楽しみにしている」


 ほんの微かに笑みを浮かべ、ノルバート様は仕事へ行ってしまった。

 あれこれ言ったけど、ノルバート様と一緒なら、あの屋敷の生活に悪いことなんてなさそうなんだよなあ、なんて、手を振りながら思ってしまう自分がいた。

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