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#04 訳あって家を出ることになり

 帝国領土の北端にあるカッツェ地方は、ドドド田舎だ。北国に近いこともあり、少し町から外れると森が広がっているし、住むには少々不便が過ぎる。

 ただ、裏を返せば、帝都の噂もここまでは届きにくいということだ。ここなら誰に気を遣うこともない。

 しかし――カッツェ地方に近づくにつれ空気が冷たくなり、馬車の中で外套をもう一枚羽織った――よりによってこんなタイミングでカッツェ地方に引っ越す羽目になるとは。しかもいまはきりつつむつき、これから寒さは厳しくなる一方だ。

 そんな中、向かうのはゲヘンクテ辺境伯領地にある母方の祖母の屋敷だ。ゲヘンクテ辺境伯にも確認をとり、それを使うといいという話になっている。

 しかし、十年近く人が住んでいなかった家に、果たして住めるだろうか。おそらく答えはノーだ。母には言わなかったが、十中八九、家は捨てることになるだろう。見た目だって、とんだ幽霊屋敷になっているに違いない。

 カッツェ地方には行きたいとは思っていたが、身支度を万全に整えた優雅な旅行として訪ねたかった……。


 が、予想に反して、屋敷の見た目は小ぎれいだった。その様子に、敷地に入りながらひとり目をみはってしまう。


「……意外と綺麗なまま……いや……?」


 しんしんと雪が降る中、ぽつりと建っている巨大なレンガ造りの屋敷は、古びてはいるものの、明らかに手入れがされている。その隣には、くっついているのか離れているのか分からないほどピタリと寄り添って小さな家が建っているので、おそらく母屋と離れだ。その離れは、蔦に侵食されて隣の森に呑まれそうになっていた。

 母屋だけ、辺境伯が事前に掃除を手配してくれていたのだろうか。訝しみながらも、そっと扉を開いた瞬間、明らかな違和感に襲われた。


「……なにこれ」


 外気の寒さを押しのけて、暖かな空気が頬を撫でる。真っ先に目に入った暖炉では、パチパチとにぎやかな音を立てて薪が燃えていた。

 それだけではない。中に入れば、簡素ながら家具も置いてあるし……なにかを煮込んでいるような料理の匂いもする。間違いなく、誰かが住んでいる――。


「誰だ?」


 低い声に振り返った瞬間――喉元に剣先がつきつけられた。

 驚きすぎて声も出なかった。足音も気配も感じさせなかったその――おそらく声からして――長身の男は、一瞬で喉を貫ける姿勢を変えないまま、目深にかぶったフードの下から口を動かす。


「……女か?」


 おそるおそる両手を挙げ、ほんの数ミリだけ顔を縦に動かす。それ以上動けば剣先が刺さりそうだった。


「名は。どこから来た。なぜこの屋敷に入った」

「……エレーナと、申します。帝都ナハティガルから参りました。訳あって家を出ることになり、ゲヘンクテ辺境伯に相談のうえ母方の祖母の住まいを宛がわれたのですが、その住まいがこの屋敷だと勘違いしてしまい……」


 鼻より上は見えずとも、怪訝そうに眉を顰めるのが分かるようだった。ごくりと喉を鳴らせば、震えた肌が剣先を掠めた。肌に触れるか触れないか、そのぴったりギリギリに切っ先を押し付けられていらしい……恐ろしいほどの剣の腕だった。


「こちらの家ではなかったようで。大変失礼いたしました、すぐにお暇しますので」


 この雪の中で野宿は勘弁というか死だが、探せば教会くらいあるだろう、そこにしばらく身を寄せればいい。一応遠縁もいるが、勘当されたことになっているのに転がり込むのは気が引ける。

 命の危機に瀕しながらもそう決意した、が、男は剣を引いた。


「……カタリーナ様の、その孫か」


 祖母のファーストネームだった。


「え、ええ、そうです……」

「そういうことなら、失礼した」


 剣を納め、男はフードをとった。白銀の髪と、淡いブルーの瞳が現れる。

 かきあげられた髪は雪のよう、鋭い瞳は氷のよう。精悍な顔立ちと感情の薄い表情も相俟って、雪の精霊がいるとすればこんな人だろうと思わせる人だった。


「私はノルバート、ゲヘンクテ辺境伯のもとで働きつつ、この屋敷を借り受け住んでいる。恩人の血を引く貴女への非礼を詫びよう、レディ・エレーナ。申し訳なかった」


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