#24 私は高飛車な金持ち我儘バウマン伯爵令嬢エミーリエ
フリッツ商人の顔には、いまや商売用の愛想笑いのほか、上機嫌な笑みも載っていた。てっぷりとした頬は、この冷気と乾燥にも関わらずつやつやと輝く。
「裏を返せば、商人というのはご縁で動くものです。いかがですか、レディ・エミーリエもお嘆きですし、最高級の毛皮の外套など。まだ寒いとはいえ春も近づいてまいりましたし、お安くしておきましょう」
「あら! 何の毛皮を扱っていらっしゃるのかしら?」
そして目当ての商談も始まった。ノルバート様は微妙な顔をしているが、これからが本番だ。
「なんでも扱っております、我々オーム海商は帝国を代表する海商ですから。もちろん、都合で手元にないものはございますが、バウマン伯爵がご令嬢の、なによりノルバート様の大事な方のご依頼でしたら、すぐにご用意いたしましょう」
ノルバート様でなくホルガーお兄様の大事な客という設定なのだが、商談をしてくれさえすればいいので些末な問題だ。
「それでしたらフォックスか……リンクスもいいですわね。なんでもと言われると悩んでしまいますわ」
「ミンクはいかがでしょう、もとはグライフ王国のオイラー公爵夫人のために特別に拵えたものですが、夫人の気が変わりましてな」
そこでノルバート様の頬がぴくりと動いた。公爵夫人だというし、もしかしたら面識がある方なのかもしれない。
「あら、私に向かって他人のために作られたものを身に付けろとおっしゃいますの?」
「いえいえ、滅相もございません。大変失礼いたしました、他には……オオカミかラビットか……」
「順に挙げられても面倒くさいわ。どんな商品があるのか今すぐ見せてくださらない?」
「申し訳ありません、ただいま商品を売却してきたばかりでございまして、こちらに積んでおります中に毛皮はなく……」
分かっている。少し前にロード・ベルントからもらった航海予定表と航路図を確認したので、この港に寄るのはグライフ王国からオーム海商の本拠地に戻る途中で、しかも毛皮商品をグライフ王国から仕入れることはないと調べがついている。
が、私は高飛車な金持ち我儘バウマン伯爵令嬢エミーリエ。ないものをないと言われて引き下がる常識など持ち合わせていない。
洋扇を広げて表情を隠しつつ目は細め「ああ、それでしたら結構ですわ」とちょっと機嫌を損ねられたようなふりをしてみせる。
「なにもオーム海商にこだわる理由はないんですもの。お父様と懇意にしているなら別ですけれど、そうではありませんし……」
逆に父と懇意にしていればこれからも取引をします、と暗に匂わせる。相手は商人なので、この手のことは微かに匂わせるだけでも充分に察してくれる。
「他にも海商はあるようですし、そちらのほうがいいお返事をくださるでしょう」
「では宝石はいかがでしょう。日頃はそう扱っていないのですが、本日はちょうどグライフ王国の宝石商から仕入れたものがございまして」
「私、宝石って嫌いなの。どうせ私自身の輝きで霞んでしまうような石ころだもの」
ノルバート様が変な咳ばらいをした。笑うのを誤魔化したに違いない。なにせ、私自身何を言っているのか分からない文句だった。宝石に興味がないのは本当だけれど。
「私がいま求めているのは毛皮のコートと言っているでしょう? いまないのなら構わないわ。そもそも私、あまり取り扱っていない商品なんて買わないの。だってそれって、貴方自身扱いなれてないってことだから、大して知りもしないってことでしょう?」
後半を強調しながら、じっとフリッツ商人と目を合わせる。
「それに、お父様からもよく言われますの、いい海商とは市場の需要を見据えて広く商品を扱っているものと。そしてそれを見極めるのにこの目以上のものはないと。商人なんて口が巧くて当然なのですから、舌先三寸でろくでもないものを買わされては堪りませんわ」
もちろん、いまこの場で考えたことで、お父様にそんなことを教えられたことはない。でも商人が金づる令嬢を前にわざわざ反論して角が立つような真似をすることはない。現に、フリッツ商人は一瞬驚いた顔をした後で「おっしゃるとおりで!」と笑みを浮かべる。
「なんと、こんなにも聡明なご令嬢にお会いするのは初めてでございます! 取引相手といい商品といい、ご自身の目で見極めることの大切さを大変よくご存じでいらっしゃる。さすがノルバート様の良きお方ですね」
「いやそれは……」
「当然ですわ、そうでなければ伯爵令嬢など務まりませんもの」
ノルバート様、いまは謙遜は必要ありません。ちらと目配せして黙っていただく。
「いやいや、そんなことはございません。あまり大きな声では申し上げられませんが、中には皇妃殿下が身に着けていらっしゃったものと同じ形などという理由で、安い帽子やドレスに大枚をはたく令嬢もいらっしゃるのです。そして我がオーム海商はそういった方は相手にしないのですよ」
フリッツ商人は、そう早口で付け加えた。
「私達にも商人としてのプライドがございますからね。大して価値のない安いものを高級な珍品として求める方とは、あまりお取引したくないものです」
「あら……さすが天下のオーム海商ですわ。金儲けよりも真の商品価値を重視する、商人の鑑ですわね」
まさしくフリッツ商人の口上を鵜呑みにした返答で、二秒で矛盾するとはこのことなのだけれど、プライドの高い知ったかぶりをアピールするには充分だろう。フリッツ商人はその細い目を線のように細くして微笑みながら「光栄でございます!」と白い歯をみせた。
その後も、私はただひたすらにフリッツ商人に空っぽの言説を披露し、おだてられ、気をよくし、さらに饒舌に喋り……を繰り返した。その結果、最終的にはそろって船内に招かれ、最高級の紅茶と焼き菓子でもてなされた。
「これは内密なものですが、特別なお客様ですからお見せいたしましょう」
そうして、“オーム海商の売買実績”という形で、グライフ王国への売却品リストを手に入れた。




