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#19 間抜けな姿を見せていただこうじゃありませんか

 後日、ホルガーお兄様の城には、ロード・ベルントから、要旨「契約金の件、なにとぞよろしく」という手紙が届いた。

 相変わらず山のように積まれている請求書を横目に、私がその手紙を開封して読み上げ、一緒に溜息もつく。


「結局、不可解な点は見つかりませんでしたね。海賊に狙われているというのは事実なのでしょうか」

「どうだろうな。確かに、契約金の対象となる貨物はすべて船にのせていることを確認したし、出港しているのも間違いないが……」

「あの船は視察の対象となったから問題なく出港させただけとか」

「と思うだろう。ここに盗難に基づく保険金の請求書が新たに届いている」


 ……なんだと? 掲げられた書簡に唖然とした。


「……視察の対象となった貨物について保険金を詐取しようなんて……さすがに考えませんよね?」

「そうだな、私には彼がそこまで豪胆には見えなかった。裏をかいてという可能性もあるが」


 ノルバート様は頬杖をついてその書簡を持て余す。……その姿があまりに優美に見えてしまい、思わず目を擦った。見間違いだろうか、ノルバート様の美貌がここ数日増している。


「しかし、さすがに請求書をあげてくるのが早すぎるというのが気になる。もちろん日付に矛盾はないが、まるであらかじめ用意していたかのようだ。航路図を出してくれるか?」

「…………」

「レディ・エレーナ?」

「あ、いえ、すみません大丈夫です。航路図ですね」


 落ち着け、私。そして集中しろ。ロード・ベルントから預かった書簡をノルバート様の机の上に広げる。出港した日付、予定していた航路、盗難に遭ったとされる日付と被害に遭った貨物……。

 ノルバート様の指が書簡の上を滑る。骨ばって長い指だ。騎士のくせに、剣を握っている人の手らしくない。王子として最低限剣の扱いを心得ていただけだが、なまじ才があるので騎士でも通っていると言われればしっくりくる手だ。


「やはり、少し日程が厳しいな。盗難に遭って即座に書簡を作成し、帰港と同時にこちらへ送る手配をする、そこまで急いでなんとか今日届く計算だ」


 結局、ノルバート様はいつか王国に戻るつもりなのだろうか。それにしてはホルガーお兄様の仕事をずいぶん真面目にこなしているし、お兄様もしっかりノルバート様を当てにしている。しかし例えば、いまは内乱が続いているようなものなので帰国予定はないが、現国王の体制が落ち着き次第、戻って王国で隠居すると言われたら……。それこそ使用人として雇ってくださいと頼むと笑われるだろうか。


「こちらも支払いを止めているので資金繰りが厳しいのかもしれないが、様子を見る限り他にしわ寄せがいっていた気配もない。ということは考えられるのは――……私の顔に何かついているか?」


 その顔をじっと眺めていたせいで、ノルバート様は怪訝そうに頬を撫でた。ろくにひげも生えていない、きれいな頬だ。

 ……なんて観察し続けている場合ではない! ノルバート様の顔の美醜はオーム海商の白黒を決めるものではないし、我が家の再興を助けるものでもない! ぶんぶんと首を横に振って雑念を追い払うと「……大丈夫か?」と心底心配そうに言われてしまった。ノルバート様の美貌が増しているのが悪いのだ。明日の朝はパンに生ハムとカマンベールチーズを挟んで塩分多めの食事にしてやる。


「はい、大丈夫です。オーム海商の嫌疑は変わらず、しかしなにが怪しいと言われると難しいところですよね。特に海賊に強奪されたフリなら貨物は残っていてもおかしくありませんが、それらしきものも見当たりませんでした。ノルバート様にはなにか心当たりが?」

「ああ。グライフ王国に荷を下ろしているのではないか」

「え?」


 思いつきもしなかった発想に、目を丸くしてしまった。確かに、それならこちらの視察が入る危険もないし、隠し場所としてはもってこいのはずだが……。


「でも……それって、王国側と組んでいるということに……」

「もちろん、その可能性があるという話をしている」


 そうだとして、それをあのヒルデの兄が思いつくだろうか? 頭に浮かぶのは、限界まで眉尻を下げてノルバート様にばかり笑みを向けて手を揉む姿だ。あんな態度でグライフ王国と手を組めるなら私もやりたい。ぜひとも一国を相手に取引させていただきたい。


「……となると、絵を描いたのはロード・ベルントではなさそうですね」

「だろうな。もともとオーム海商はオーム伯爵令息が任されていたものであるし……」


 そこでノルバート様は言葉を切った。新たな思惑に気付いたかのように顎を指で挟んで――いるその姿が、画家に頼まれポーズでもとっているかのように美しかった。

 ので、すかさずスコーンを出した。今日はブルーベリージャムにした。

 予想どおり、ノルバート様は「もうそんな時間だったか」とすぐにスコーンに手を伸ばす。ふふん、と内心ほくそえんでやった。ノルバート様は甘いものに目がなく、そのお気に入りはプレーンスコーンだと調べはついている。“スコーンにしこたまジャムをつけて食べる”なんて字面だけ見ても間抜けなのが丸わかりだ。隙のないノルバート様の間抜けな姿を見せていただこうじゃありませんか!

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― 新着の感想 ―
[一言] エレーナ、恋愛脳になってるぞ! 仕事とプライベートはちゃんと別けてね。
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