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#17 切っても切れぬ縁があるよう

 ノルバート様の視察に同行した先の港は、風が吹き荒れ、凍えそうなほど寒かった。厚めの外套を着ていてもなお寒く、ぶるぶると震えながら外套の中で体を抱く。


「シレナ海峡の冬景色はきれいでしょうけれど、とてもじゃないですが船には乗りたくありませんね……一瞬で氷像となってしまいそうです」

「今日は特に天気もよくないからな。晴れた日には向こう岸も見えていい眺めなのだが」


 いつものように淡々としている横顔からは寒さを感じなかった。もしかして温度感知機能のない方なのだろうか……と見つめていると「寒いとは思っている」と肩を竦めて返された。読心術まであるらしい。


「王国の出身ですものね。寒さには慣れていらっしゃるんですか?」

「よく言われるが、意外と王国出身者のほうが寒さに弱い。王国内の建物は特別な防寒設備が施されているからな。そうでなければ室内まで凍りついて生きていけたものではない」

「あ、なるほど。言われてみればカッツェ地方さえ屋敷の構造が少し違いますものね」

「だから寒さに慣れたのはここの視察をするようになってからだな。君は慣れないだろうから、これを着ておくといい」

「あ、ありがとうございます!」


 肩掛けを差し出され、慌てて受け取ろうとしたが、その手は空を切り、代わりに肩からしっかりと包み込まれた。気が利くとおりこしてこれは最早夫人の扱いなのでは? 困惑したが、当人は「オーム海商の貨物倉庫はこちらだな」とさっさと目的地に足を向けるので、おそらく当然だと思ってやっているのだろう。自分の動揺が恥ずかしく、パタパタと手で頬を仰いだ。少し熱かった。

 オーム海商の貨物倉庫は大きく、敷地だけでいっても、軽く領地を見て回るくらいの広さがあった。シレナ海峡の交易を所管する者がいるという屋敷の中に通されると、小麦色の髪をした男が「どうもどうも、ノルバート様」と妙にへつらった様子で現れた。そばかすの散った顔で若く見えるが、髪が薄いので意外と年上かもしれない。

 そんな男を見て、ノルバート様は眉を吊り上げた。


「シレナ海峡の交易はオーム伯爵令息のリーヌス殿が取り仕切っていなかったか?」

「ええ、そうでございますけれども、最近私が引き受けさせていただきまして、はい」


 それにしても、どこか見覚えがあるような……とじっと見つめている先で、男は略式の礼をとった。


「ベルント・ゲイラーと申します、お見知りおきを、ノルバート様」


 ……ゲイラー? 頭には「お願い、エレーナ」の顔が浮かんだ。

 コイツ、ヒルデの兄か! ゲッと私は顔を引きつらせそうになってしまったが、ヒルデが絡むと話がややこしいし、ヒルデと私の関係なんて知られないに越したことはない。顔を合わせたことがないのは不幸中の幸いだ。赤い髪も、カッツェ地方ならそう珍しくもないし、まさかこんなところに伯爵令嬢がいるとは思われないだろう。

 ノルバート様はヒルデのラストネームを知らないはずだ。少し首を傾げながらも「そうか」と頷いている。


「ご丁寧に、改めてゲヘンクテ辺境伯が騎士のノルバートだ。隣は事務手伝いのために連れてきた、辺境伯のもとで使用人として働いている」

「はじめまして、レニーと申します」


 もともと、オーム伯爵関係者となれば本名を名乗るわけにはいかないと話し合っておいてよかった。愛称を名乗るのは気が引けたが、どうせ使用人風情には見向きもしないだろう。現にヒルデの兄――ロード・ベルントは「ああ、どうも」と短く返事をしただけだった。


「このたびは急に連絡してすまなかった。ずいぶん前から検討の俎上にはあがっていたのだが、なかなかここまで視察にくる時間をとることができず。こんな時期では苦労も多いだろうが、協力をいただき感謝する」

「いえいえ、もちろんです。お互いに良い関係を築いてこそですから」


 そうか、ノルバート様は対外的にもラストネームを名乗らずにいるのか。確かに、ホルガーお兄様の大叔母様に拾われたということを明らかにしているのであれば、ラストネームを名乗ることのできない身分ということにしたほうが自然だからだろう。


「契約金の見直しということでしたよね、ぜひこちらに」


 ロード・ベルントは、その手を揉みながら屋敷の奥へと私達を案内する。見た瞬間から感じていたことだが、ものすごい小物臭のする人だ。もし保険金詐取を本当に企んでいるのなら、身の丈に合わない悪事に手を染めたといっても過言ではない。

 しかし、元婚約者を寝取った元友人現珍獣に家まで押しかけられたかと思ったら、今度はその兄の前に顔を出すことになるとは……。私とゲイラー家には、切っても切れぬ縁があるようだ。

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