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#12 家の名の前では無意味です

 カッツェ地方に住むようになってはや二ヶ月、そろそろ生活にも慣れて、なにか仕事でも見つけたい頃になってきた。

 ただ、いまはまださかいのつきも半ば、まだまだ冬は続くどころかこれから一ヶ月が本番だ。こんなときになにか仕事が見つかるだろうか。

 そんな話をしながらホルガーお兄様の城へ向かう道中、馬車の中で、ノルバート様は「なにも外に出る仕事でなくてもいいんじゃないか」と首を傾げた。ちなみに、ノルバート様は私が同行するゆえに馬でなく馬車に乗っている。馬でいいと言い張ったのだが、体が冷えるからやめろと止められた。


「といいますと」

「たとえば君の料理は非常においしい。金をとってもいい代物だろう」

「そんなに褒めてくださるのはノルバート様くらいですよ。それに、二人分というのは調理しやすい量で、それ以上だと一気に量が増えて大変なのです。私は味付けも日によって違いますし、お金をいただいてふるまうとなると話が変わってきます」

「そういうものか。私がまったく料理をしないのでその点は無知なのだが」


 いや、騎士が料理をするなんて有り得ないので、そんな謙遜の仕方をする必要はない。


「他に家でできることといえば……織物か刺繍だろうか」

「ですね。しかし、服飾という伝統に貴族令嬢が首を突っ込むのは余計な圧力を感じられてしまいそうなので、できれば避けたいところです。刺繍くらいならいいですが、生憎と性に合いませんで」

「……少々突っ込んだ話で申し訳ないが、君とドナート伯爵令息との騒動に関して、君のご両親は特に誤解していないわけだろう? もちろんカッツェ地方に留まることは前提として、従前どおりの援助を受けるのは構わないのではないか」


 “カッツェ地方に留まることは前提”を強調してくれたところにノルバート様の優しさを感じた。追い出すつもりは毛頭ないと言ってくれているのだ。


「もちろん可能ではありますが、騒動を起こしたのは私ですからね。帝都ではいまだに私の悪評も収束していないでしょうし、家族に迷惑をかけておきながら遠い北国まで仕送りをというのは、さすがの私にしても面の皮が厚すぎます。……というのは建前で、ホルガーお兄様に王国関連の仕事をいただいてお父様のN派内の地位を盤石に、あわよくば筆頭にという野望はあるんですが」


 本当は、カッツェ地方を治める辺境伯であるホルガーお兄様が、うまい具合にお父様に功績を立てさせてくれればいいのだが、ホルガーお兄様が甘いのは私にだけだ。あの人は政治と身内をきれいに切り離しているのだ、あんなに私には甘いくせに。


「……王国関連の仕事か。やめたほうがいい」

「なぜですか?」

「君も言っていただろう、帝国内で意見が割れるほど大規模な内乱が起こっていた国だ。下手に首を突っ込むとその身に危険が及ぶ」

「でもオスヴィン王子が即位なさって内乱は収まったのでは……」


 グライフ王国の内乱とは、王国貴族によるクーデターが原因で、当時の国王夫妻が暗殺されたことに端を発する。国を挙げての内乱は帝国にとっても一大事件だったのだが、最終的にオスヴィン王子が擁立され、王都の内乱は収束したはずだ。

 しかし、ノルバート様は首を横に振った。


「あれは宰相一族による傀儡政権だからな。対外的には平和を取り戻しているように見えるが、いつ内乱が再発してもおかしくない。辺境伯も常に警戒している」

「え、そうだったんですね……そうとは知らずお恥ずかしい」


 なんたる無知、平和ボケした帝都育ちの令嬢とは私のことだ。


「でも、言われてみれば納得です。なぜ帝都でN派とO派に割れているのか疑問がありましたが、あれは実は傀儡政権を支持するか否かという争いなのですね」

「……そうかもしれんし、そうではないかもしれんな」


 それ以外にあるだろうか? 首を傾げたが、ノルバート様はそれ以上は教えてくれなかった。

 ただ、ということは、ホルガーお兄様が私に王国関連の仕事をくれるはずはない。一人で執務室を訪ねると、相変わらず熱烈に歓迎してくれながらも、そこに関しては「ダメだ」と一蹴された。


「そもそもエレーナ、お前は何の立場でここに来ている。話は聞いたが、ドナート伯爵令息との婚約を破棄することになったのだろう、不貞相手に子ができたなどという理由で。父君をN派で返り咲かせたいなら、まずはその悪評を払拭することからだな」

「それはごもっともなのですが、ホルガーお兄様。ヒルデ――現オトマールの夫人の家との力関係により、それは難しい状況にあるのです」


 この世界は、政治的な力関係が全て。ヒルデのゲイラー家は、現在O派筆頭貴族の金魚のフン。かたや我が家は、N派内でも落ちぶれている。


「個人の名でなにを騒ぎ立てようが、家の名の前では無意味です。悪評のせいでお父様は立場を危うくされていますが、しかしこの立場を掬い上げるためには悪評を解消するだけでは足りないのです」

「しかし王国事情に首を突っ込むのは感心しない。そうだな、その不貞相手の家の件について少々調べものでもしてみたらどうだ」


 確かに、帝都を追われたゲイラー家が、なぜ派閥の鞍替えを許され、さらにその筆頭伯爵に目をかけられるに至ったのか。それは気になるところではある。

 ただ、なんだか妙だ。ノルバート様といい、ホルガー様といい、王国事情を探るなの一点張りだが、事情を知るだけでこの身に危険が及ぶなんてことがあるだろうか。それこそ、「探るな」という二人は知っているに違いないのに。


「……それはそれとして、仕事がなければ生活に困ります」

「使用人でよければここで雇うぞ。猫の手も借りたい有様だからな」


 華やかな帝都で、令嬢として何一つ不自由せずに暮らしてきたお前にそれが務まるか? 悪戯っぽい笑みにはそう言われている気がして、考えるより先に頷いた。


「もちろん、構いません。よろしくお願いいたします」


 ついでに、王国事情も少々探らせていただくとしよう。そうひっそりと決意した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編で好きになった作品が連載!!連載ありがとうございます
[気になる点] o派筆頭貴族の金魚のフンと元N派筆頭の主人公の家、家の力関係が全てなら婚約破棄時点では主人公の家の方が上で何とでもできたよつな気がしてしまう。
2024/05/02 00:09 退会済み
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