#01 誰もが「幸せのかたち」だと評した
短編版好評につき連載版を開始しました。応援してくださった方々、ありがとうございます。
※第一話は短編に大幅な加筆をしています
自分が幸せかどうか、考えたことはない。だから私は幸せなのだろう。
「やあ、エレーナ」
宮殿に着いた瞬間に私を見つけたオトマールが、淡いブルーの瞳を細め、穏やかに微笑みながら手を差し出す。そこに手を載せながら「久しぶり、オットー」と愛称を口にした。
「元気だった?」
「うん、それなりに。エレーナは?」
「そこそこ。特別なにかあったわけじゃないけれど、病気をしたわけでもないし、元気かな」
オトマールに連れられて夜会の場に入り、既に出席している令息・令嬢に迎えられ、そろって挨拶をした。そんな私達のもとに「ねえエレーナ、エレーナじゃない?」と聞き覚えのある声が向けられる。
振り向くと、淡い水色のドレスに身を包んで佇む令嬢がいた。一瞬誰かと思ったが、その小麦色の髪を見てすぐに思い出し、「うそ」と声を漏らしてしまった。
「ヒルデよね? 久しぶり!」
「久しぶり。よかったあ、久しぶりの帝都だから、知ってる方なんていないかもって不安だったの」
夜会の場にも関わらず、ヒルデは私の両手をとって跳ねるように喜ぶ。
ヒルデに会うのは五、六年ぶりだった。当時、宮殿では隣の王国との関係を巡って、反王国派と親王国派で苛烈な争いが繰り広げられていた。結果的に親王国派が勝利したのだが、反王国派にいたヒルデの父・ゲイラー伯爵は、その責任を押し付けられる形で帝都を追われた。
しかし、戻ってきたということはどういうことか? 疑問はあったが、ここで訊ねるのは野暮というもの、黙っておくことにした。ヒルデも特に説明しようとはせず「ところで」と少し体を傾ける。
「こちらの方は?」
「むかし会ったことあるでしょ。私の婚約者のオトマールよ」
約八年前、十歳の誕生日を迎えた私は、ドナート伯爵の令息であるオトマールと婚約することになった。
そして半年後、私は十八歳になり、オトマールと結婚する。
「ああ、そういえば! ごめんなさい、随分変わっていらっしゃったから気が付かなくて、私ったら。私、エレーナの友人のヒルデ・ゲイラーですわ」
ヒルデはぽっと頬を染め、可愛らしく微笑みながら膝を折る。オトマールも穏やかに微笑みながら「こちらこそ」と首を曲げて会釈する。
「改めまして、オトマール・ドナートと申します。ゲイラー伯爵のご令嬢ということは、父をご存知ですか」
「もちろんでございます! そうでなくとも、ドナート伯爵を知らない方はいらっしゃいませんわ、親王国派筆頭で、先見の明のある方ですもの。でも本当に……ドナート伯爵に、こんな素敵なご令息がいらっしゃったなんて……」
頬を染めたままオトマールを見つめるヒルデに、オトマールは能天気に「兄姉と年が離れているもので」と笑って返すだけだった。褒められてるんだからお礼くらい言いなさいよと言いたいところだが、でも裏を返せば気取らないということだ。
オトマールとは婚約するまで出会ったことがなかったし、こう言ってはなんだが、親同士が勝手に決めたことなのでオトマールのことは好きでもなんでもなかった。しかし、オトマールは穏やかで優しく、ドナート伯爵家も絵に描いたように優しく仲の良い一家だ。伯爵夫人は実の娘のように、オトマールの兄姉は実の妹のように私を可愛がってくれるし、オトマールの弟は実の姉のように私を慕ってくれる。政略結婚とはいえ、私の婚約を、誰もが「幸せのかたち」だと評した。
私はドナート一家の一員となり、ドナート伯爵の領地でオトマールの妻として、そしてやがては母として、過ごすのだろう――。
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