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それは――仲村渠も、実際に経験を踏んでいるところだった。
「そうですね。実際、私も手探りの状態です」
けれど、でも……と仲村渠は、膝の上の手を握り締める。
「俺が、いえ私が可能性を探すことを諦めては、いけないのです」
彼女の、ために。
彼が視線を向けると、占い師も妻の方を見た。壁の竜のイラストを見ていた妻が、ふっと気付いて「こんにちは」と言って彼女に微笑んだ。
「こんにちは」
占い師の女が、初めて口元で小さく微笑んだ。
けれど気のせいか、仲村渠にはそれが、何かを察知して少し悲しげに、もしくは同情か心配を交えて浮かべて笑みに思えた。
「では占うことは『今、あなたの知りたいこと、それを解決するための糸口』とします。難しいですが、やってみましょう」
「難しい……」
仲村渠は、彼女がたびたび口にしているその言葉が気になった。
「試練であっても、神様もヒントぐらいは出してくれるはずです」
神様――なぜか、こその言葉が頭の中に引っかかった。
女はそう言うと、タロットカード切り始め、集中し一心に何か思っている目でタロットカードをテーブルに置きだした。
仲村渠は、身慣れぬカード占いの様子を静かに見守った。
彼が我知らず腿の上に置いた手に拳を作っていると、妻が気遣うように、自身の手を上から重ねてきた。
彼はハツとして、緊張している自分に気付く。
急ぎ取り繕い、彼がぎこちない微笑みを返してみせると、妻は相変わらず夢心地みたいに、ふんわりと微笑んできた。
「大丈夫ですよ、あなた」
それは仲村渠がかけるべきはずであった言葉なのに、妻がそう言った。
「怖いことは、何もありませんからね」
妻は、まるで子どもをあやすように彼の手を撫でた。
「だから私、お傍を離れたりしませんわ」
彼女は仲村渠の手を優しく握る。彼は、取り乱してはいけないのだと我が身を叱りつけて「そうか」と、どうにか普通に答えられた。
変えることの出来ない過去も、二人が微笑みあうことが出来ない今という現在の未来についても、すべて知った上で、妻のためにする――そう彼は決めていた。
「……なるほど」
占い師の声が、ふと耳に触れた。
「何か、分かったことでも……?」
目線を戻してみると、占い師はテーブルの上にいくつか開かれたタロットカードの絵を、じーっと見つめている。
「悪霊や、そういった現象によるものではないようです。あなた方のどちらも、大きな守り手によって、強く守護されていると占いには出ています」
占い師の女は、消化不良のような顔を仲村渠に向けた。
「そう、ですか……」
「霊的な世界から言えば悪い現象ではないにしても、あなた方にとって困ったことが起こっているのは確かですよね。そこに関しては私の占いに何も出ませんでしたが、あなた方は強く守護されていると占いに出ていますので、もしかしたら、私にそれ以上のことを知る術がない、という可能性もあります」
「知る術……? つまり、占えない、ということですか?」
「はい。ですから、とても難しい相手だったのです」
あ、だから『難しいと』と仲村渠は思う。
「占い師は、占う相手の守護霊の力、または持ち合わせている相手の霊力が、自身の力を上回ってしまっている場合は〝視えない〟んですよ。ガードされてしまって、覗き見ることができない、と言いますか」
「なるほど……」
「そうすると、すべてを占ってやることが出来ないのです」
占えない?
そんな馬鹿なことあるかと苛立ちそうになったが、ふと、昔どこかで、似たような話を耳にしたことを仲村渠は思い出した。
『霊力が強いから、正しく占うことができないらしいのよ――』
そう昔、有名な霊能力者の生い立ちについて、年配の女達がママ会のごとく立ち話をしていた気がする。
その時は興味も湧かなかったが、そういった難しい事情もある……のかもしれないと、仲村渠は思った。
(そもそもここで俺が苛立っても、どうしようもないだろう)
仲村渠は考え直した。もし、占い師が言うように自分達が守護霊に強く守られているというのなら、せっかく巡り合えた本物の占い師の前だ。前回のように、何も、収穫がないまま終わることにはならないはずだ。そう、自分に言い聞かせた。
(ああ、神様、彼女のご先祖様。どうか私達をお導きください――)
仲村渠は、らしくもなく祈った。
「…………何か、アドバイスは出ていますか? 少しの手掛かりでもいいのです」
深呼吸をしたのち、目を上げると、占い師が切実そうな目でじっとこちらを見ていた。
「そうですね……」
女は考え、いくつかのカードを捲った。それから考えを告げる。
「キーワードは北にある、と思います。運気は南にあるようです。しかし……それ以上は、何も」
ということは、仲村渠が『北へ向かおう』と思った直感は、間違っていなかったということだ。
それはなんとなく、彼の胸に何となしに沸き上がった思いだった。
他にも、二人のユタのもとを訪れる予定を入れていた。
何かしら進展はあるだろう。そう仲村渠は期待した。
「お力になれず、申し訳ありませんでした」
占い師は、席を立つ仲村渠に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえっ、そんなことはありません。少し、すっきりできました」
「そうおっしゃっていただけて有難いです」
女は、初めの印象と違って小さくしおらしく見えた。あの厳しく見えた眼差しは、もしかしたら何かを〝視よう〟としていたのではないか?と、仲村渠は思えた。
「守護の力が強いのであれば、あなたは導かれ、巡り合うでしょう」
「努力は――してみようと、思っています」
仲村渠は礼を言い、料金を払って部屋の外へ出た。
カウンターにいた占い師と同じ顔をした女性店員が、可愛らしく微笑んで、「娘さんのプレゼントにいかがですか」とブレスレッドの並んだ棚の一つを指してきた。
「厄を払ってくれるそうです。首里から入荷している水晶なのですけれど、こちらでストラップにアレンジさせてもらっている物もありますよ」
小さな透明ビーズの間に、見慣れた数珠よりも小さな水晶と、四方にピンクの飾りが並んだブレスレットだった。料金も安い方だ。ストラップに関しても女性が好みそうな可愛らしいデザインが複数並んでいる。
(娘、か)
そう思いながら、仲村渠はあまり気が進まなかった。
こういう代物への知識はない。迷信や信仰は大事にするものの、こういった信仰グッズが売買されることについては、あまりいい見解は持っていなかった。
妻は、自分の生まれ年の十二支の絵が彫られた水晶のブレスレットを見ていた。
気に入ったのか、彼女がその一つを手に取ると、楽しそうに微笑んで仲村渠の分も探して持ってきた。
「せっかくだから、買いましょうよ」
「ふふっ――そうだな」
妻の楽しそうな笑顔に負けた、というやつだろう。
仲村渠は気持ちもガラッとかわってしまって、穏やかな気持ちでそれを女性店員に頼み、二つのブレスレットを購入した。
その場で、二人の腕にブレスレットをはめた。
妻が選んだのは、女物のブレスレットだったので彼は少々照れ臭くなったが、笑う妻の顔を見ていると、やはり『まあいいか』と思えた。
「信じれば、どんな物でも御守りになりえますよ。値段の高さで、守る相手を選ぶ神様なんてこの世にはきっといませんもの」
妻との会話から迷信深くないと分かったのか、女性店員が柔らかな微笑でそう言った。