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(――さて、今日も頑張るか)
この日も仲村渠は妻を外に誘い、朝の九時までには準備を整え家を出た。
沖縄本島の北部を目指して北上する。
妻は、彼が長時間の車の運転を強いられることに気をきかせ、卵とポーク、レタスを挟んだサンドイッチを用意していた。エゴーマヨネーズとケチャップを塗った食パンに、それらの食材は相変わらず相性がよく、運転中にでも気軽に食べられるうえに美味だ。
途中、仲村渠は行きつけのガソリンスタンドに立ち寄ることも忘れなかった。
彼は割引券のレシートを提示し、満タンでの給油をお願いした。
やはり、今日も顔見知りの店主である上原の姿はなかった。店員に聞くと『ちょっと急な用ができて外に出た』とのことだ。
上原という男は、妻の友人の息子にあたった。妻は残念がった。
「また、次来る際には会えるでしょう」
彼女は、前向きにそう言った。仲村渠は「そうだな」と答えながら、やはり会えないか……と、この奇妙な現象を思った。
天候はよく、風も程よく吹いて涼しかった。
これから夏が来るのだなあと、暑い日差しに熱気が込み上げる車外を見やりつつ、運転中に二人で話しをした。
西海岸の海は、エメラルドやサファイヤ、濃い青の色に澄んで美しかった。
水面に映った日差しはキラキラと輝き、まるで夜空から落ちた流れ星の欠片が、太陽の日差しを受けて燦々と謳っているかのようだった。
妻は海が見えている間、窓からずっとそちらを眺め続けていた。
「綺麗ねえ」
何度もそう言って、彼女は微笑んでいた。
二人は、まず恩納村で小さな工芸店に立ち寄った。
琉球ガラスでストラップが作れるという、国道沿いにある小さな店だ。
ガラス玉に自分なりの色を施し、最後に紐で編んで、ストラップにする。
そのガラス玉が仕上がるまでには一時間半ほどかかるというので、仲村渠は妻と、あとでまた立ち寄ると告げて次の場所を目指した。
そして仲村渠は、少し進んだ先に佇む『占いの館』へと車を入れた。
――カラァン、キィン。
店内に入った際、ガラス扉の上で来店を告げる涼やかな音がしていた。
入ってみるとそこには様々な石が並んだ棚と、大きな水晶や天然石が展示されたショーケースがあった。そして、それらで作られたブレスレットやピアス、ネックレスやストラップが妻の目を楽しませていた。
店内には、三人の若い女性客がいた。
彼女達はどうやら観光客ではないようで、話す言葉には沖縄訛りがあった。
三人は一度だけ仲村渠達の方を見やったが、とくに気にとめず、ショーケースに並んだ石と作られているブレスレットを見て、その効用が記載された紙を食い入るように眺めつつ熱心に話し合っていた。
店内の正面にあるレジカウンターには、これまた若い女が座っていた。
彼女は四十代ほどで、愛想良く店内の客の様子を見つめていた。天然物だろうと思われるウェーブかかった髪をしていて、肌は、県外の人間を思わせる白だった。
「予約をしていた仲村渠ですが」
仲村渠がレジカウンターにいた女性にそう声をかけると、彼女はニッコリと笑い、愛想浴頷く。
「ナカンダカリ様ですね」
そして彼女は、レジカウンターの横にあった部屋に彼と妻を案内した。
占いや相談ごと専用に使用されているらしいその部屋には、黒い遮光カーテンが引かれていた。
二畳もない狭い室内だった。そこには、案内してくれた女性と、まったく同じ顔をした女が表情なく座っていて仲村渠は密かに驚く。
(双子なのか)
とはいえ、瓜二つなのはその姿見ばかりのようだ。
占う方の女は、鋭い眼差しをしており、唇はあまり社交的ではないように思えるほどきつく結ばれていた。
「それでは、私はこれで」
案内してくれた女性は、愛想のいい会釈を一つして、早々に部屋を出ていった。
室内には仲村渠と妻、そして丸いテーブル席にいる女だけが残された。
その占い師は、怪しい格好はしておらず、清楚な白いシャツとスラックスのズボンを履いておいた。細い腕には水晶と黒い数珠が二つ並んでいる。
「初めまして。占い師の『リカ』です。どうぞ、おかけになってください」
女は話しながらも、鋭い眼差しで仲村渠を見つめていた。
仲村渠は二つある椅子のうち、奥の席に妻をすすめた。自分は出入り口の近くの椅子に腰かけたのだが、横顔にずっと刺さっている占い師の視線が気になって、仕方がなかった。
「電話先でもご案内させていただきました通り、私の得意とするものは、お客様に今、一番必要とされる天然石のブレスレットを作ること。そしてタロット占いで、悩みごとについてアドバイスを行うことです。交霊や霊視の力はありませんので、大きなことは期待なさらないでください」
そう、はっきり告げられて驚く。
けれど――そうしてくれる方がホッと肩の力も抜ける。
「私は、少しでもアドバイスが欲しいと思い、ここを訪ねました。初めてのことで、何をどうやっていいのかさえも分からないのです」
仲村渠が告げると、女は、あたりを不思議そうに眺める妻の様子を確認した。
「彼女が、奥様ですね」
「はい」
「それでは早速、リーディングを始めます」
占い師はカードを切り始めた。今回は補助カードを含め、三種類のカードを用意させていただいた、と話す。
「描かれているのは同じなんですよね?」
「はい。アルカナも、カップも、ワンドもすべて同じ――イラストを描かれている方が違います。別のカードも使うのは、カードの意味がどういったことを示すのか、補助をいただくためです。必要になったら、このカード、さに必要になったら、こちらのカードからも詳細をいただきます」
まさしく、補助、だったみたいだ。
仲村渠は占い事にはさつぱりだったので、妻と共に彼女の手元を眺めているしかない。
彼女は霊能といった特別な力はないと言ったが、それはテレビで騒がれているような特別なパワーのことだ。
噂によると、彼女にも少し霊視の力があるそうだ。
仲村渠起こったことについては電話越しでも詳細を述べていない状況だった。それでもなんとなく引っ掛かりを覚えた鋭い視線から、占い師が妻から何かを感じ取ったのではないか、とこの短いやりとりの中で僅かな期待を覚えていた。
彼女はカードを用意する。しかし、ふと、それを眺めて数秒ほど黙り込んだ。微かに彼女の眉が潜められていく。
「……難しそうですね。こういうパターンは、初めてです」
仲村渠は、ドキッとした。
「な、何か、分かったのですか?」
「いえ、やれるだけのことはやってみましょう。あなたは私にお電話で、そう頼られ、いらしてくださった」
「はい、そうです。妻を視てやって欲しいのです」
彼が素早く告げると、大きなタロットカードを手に取った占い師の女が、奇妙な物を見るような顔をした。
「助けを必要としているのは、あなたの方でしょう」
ああ、やはり彼女は本物だ。
仲村渠はそう思いながら、唇をぐっと噛み、そして首を左右に振って見せた。
「私にもこの奇妙な出来事を、なんと説明していいのか分からないのです。今、起こっていること、そしてそれに対して私はどうしたらいいのか、あまりにも先が見えなさすぎる……だから、そのためのアドバイスが欲しいのです」
彼女は「占わせてください」とカードにそっと告げ、それから、何かカードから返事があったみたいに手を動かし始めた。
「先に申し上げておきますが、私には、あなた達を助けるだけの力はありません」
女は両方の目を閉じ、残念そうに吐息交じりに言った。
「この手の問題に関しては、目に見えないことを扱う人の助けも要ると思われます。とはいえ、探すことも、大変難しいとは存じます」