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 仲村渠は人には見せられないが、妻に照れ臭そうに笑い返した。


「すまないな」

「いえいえ。それから、あの世というのは誤解があるわ。だってお盆に戻って来るご先祖様達は、みんな元気で若々しいお姿をして、きびきびとあの世からやっていらっしゃるに違いないもの」

「なんだそりゃ」


 とすると、なんて言い返し言葉が浮かんだものの、仲村渠はタイミングを失った。爪楊枝を「ふんっ」とやり、ようやく魚の骨が取り払えた。


 味は昔のまま。そして差し歯の間に刺さるこの痛みは、現在のものだ。


 そう仲村渠には思えた。見てみた妻の方はというと、相変わらず器用に魚を食べ、誤って飲み込むこともなかった。


「今日も、どちらかへ行かれる予定?」


 先に食事を終え、次は経済新聞に手を伸ばす仲村渠を妻が目で追う。


「散歩がてら、少し回ってみようと思っている。お前に食わしてやりたいと思っていた美味い喫茶店もあるんだ。調べてみると、他にも結構あるらしいな。琉球ガラスで作るストラップなんてのもあるぞ」

「まあ、それは楽しみですねぇ」


 妻は、口許を手で隠し、ころころと楽しげに笑った。


 仲村渠は経済新聞に挟んでいた別の情報誌を取り出すと、妻に手渡した。


 それは彼女の希望で、一緒に取るようになった文芸専門の、全部で十ページにも満たない情報誌だった。


 彼は文芸情報誌を妻に手渡す際、それとなく表紙に目を走らせた。


(都合よく、なるものなんだな)


 改めて現在、自分が置かれている状況の奇妙さを思った。つい先程見た時と、表記やら数字やらが、違っている。


 こうしていると、まるで夢の中にぼんやりと漂う景色の中に、放り込まれているのではないかとも感じる。


「部屋で少し調べ物をしてくる。九時には出発しよう」


 仲村渠は妻にそう告げ、書斎に戻るとパソコンの電源を立ち上げた。


 インターネットがこんなに役立つ日が来るとは、思ってもいなかった。たくさんの情報を手っ取り早く得られることについては、現代の恵まれた環境に感謝せねばならないだろう。


 スマホをチェックすると、いつものメールが一件入っていた。


『変化なし』


 メールを開くと、そんな報告が一文だけ書かれている。


 スマホの機能をなかなか使いこなせないでいる古い友人には、申し訳ないが、彼が教え子に頼んでまでこちらに伝えてくれる情報には、今の仲村渠にはとても有り難いものだった。


 彼は感謝の気持ちを胸に、付き合いの長いその友人にメールを返信した。


『ありがとう』


 すると、しばらくもしないうちに返信がきた。


『どう、てことない』


 友人にはスマホの小さい『っ』の入力方法については教えたことがあったはずだ、まだまだ不慣れで、使い勝手が悪いらしい。


(ふうむ。パソコンの方がよかったかなぁ)


 互いに、仕事でも使いこなしている部分ではある。しかしスマホの方が、歩きながらでも連絡が取り合える便利な連絡手段だったのだ。


 仲村渠は、ここ数日まったく同じスケジュールであることを考えながら、今日もできるだけのことを調べる努力をした。パソコンに向かうと、時間と睨み合いながら、関連性のありそうなキーワードで検索を行い、素早く読み進めていく。


 今まで事例がないことであるし、やはりどう説明していいのか、どうすればいいのかまるで分からない状況だ。それが彼を悩ませていた。


 一週間前、仲村渠が急きょ立ち上げたインターネットの掲示板をチェックしてみると、昨日訪問した例のユタの情報の他に、新しい書き込みがされていた。新しい書き込みは、十二件あった。


 そのうち一件は、例のユタを紹介したサンヤンというハンドルネームの情報提供者だ。


『どうでした?』


 報告を求める書き込みを彼がしていたので、仲村渠は


『あまり進展はなかった』


 とだけ書き込みの返事を行った。紹介してくれたのだから、実のところ……だなんて素直にな感想をべらべらと喋ってあげるわけにもいくまい。


 別のハンドルネームの人間からの、新しい書き込みもあった。


 とはいえそれは、すべて仲村渠の質問を、質問で返しているだけだった。


「ふぅ……ただの好奇心、てやつかい」


 しかし、ミチというハンドルネームの書き込みも同様に質問形式だったが、それにもかかわらず、本日の朝早くに書き込まれた最新のそのメッセージが仲村渠の目を引いた。



――あなたは、幽霊を信じますか?



 よく、分からないというのが本音だ。


 仲村渠はしばらく悩んだのち、この書き込みを行ったミチに対してこう返事を書いた。


『一言に幽霊といっても、様々だろう……とは、思う』


 そう、たぶん、様々なのだ。


 なぜならこの家にはすでに幽霊がいるのだが、誰もが普通に接し、幽霊であることに気付いていないのだから。


             二


 ここ一週間、仲村渠が気付いたことといえば、外を出歩いても、現在の二人を知る人間には不思議と出会わないということだった。


 たとえば、付き合いのある近所の住人や、いきつけの喫茶店の店主や従業員。朝に犬の散歩をしている元PTA会長の城間婦人、散髪屋の主人もここ一週間は顔を見ていない。


 それについては、仲村渠の中でどうにか推測ができ始めているところだ。


 妻と自分との間には、年代にも少々誤差が生じてしまっている。


 恐らくは今の妻が知らない知人や、最新情報を持っている友人には会わない、いや〝会えないようにされている〟のか。


 不思議な現象ではあるが、周りが勝手にそうなるのだから、仲村渠はそう推測するに落ち着くしかない。


 たとえば、新聞や雑誌などの場合だと発行年月が消えていたり、古くなっていたはずの結婚指輪が綺麗なままだったり。妻の身体にあったはずの傷跡や、彼が患っている腰痛が今は消えていて――と、上げればきりがない。


 だから妻にとって、今の時間は、仲村渠が知っている〝現在〟とは、使用商ズレが発生しているのだ。


(いったい、どういうことなんだろうなぁ……)


 今のところ、スマホやインターネットには影響がないらしい。


 いや、よくある心霊現象とは違うのだから、それはそうかと仲村渠は思ったものなのだが。


 しかし的確な回答を得ようと思っても、どんなキーワードを打ち込めば欲しい回答が出てくのか。


 そもそもどう説明をすればよいのか分からないので、最新の文明機器があるというのに、もどかしい思いを抱いているところだった。口下手な仲村渠は、原因不明の現象を前に頭を抱えている。


 できる限り、情報を集めるための、手助けを求める努力は行ったつもりだ。


 仲村渠はまず、一番目の息子に連絡を入れてみた。


 十年振りに連絡をした彼の長男は、電話を取るなり「あんた、まだ生きてたのか」と驚いたが、すぐに罵倒と別れを告げて電話を切ってしまった。その後は電話をかけても取ってくれない状況だった。


 長男がああなのだから、二番目の息子もきっと同じだろう。


 仲村渠は、自分の子に手伝わせるため助けを求めることに、躊躇した。


 末の娘に関しては気が引けた。彼女は兄弟の中でも優しい子であるし、信心深く、親孝行な娘であることに現在も変わりはない。


 それに、一番目の息子に連絡を取った際に、しっかりも釘を刺されている。


『妹に連絡をしてみろ。殺すぞ』


 そんなことは分かっている。娘は母のことも人一倍思ってくれている子だ。余計な心配をかけてしまっては、元も子もないだろう。


 というわけで仲村渠は、身内は無理だと早々に悟り、続いて自分で調べた場所に電話を掛けてみることにした。


 だが、見当違いの相談所だったり、調べて欲しいと頼むと不審がられて慌てて電話を切られたり、やはり上手く説明できず自分から電話切ってしまったり……とにかく、散々だった。慣れないことはするものではない。


 けれどそう思うと、そう言った連絡も妻が引き受けていたのだとは、よく分かった。


 そして仲村渠は、ようやく一人の友人に連絡がつき、メールにて協力を得られていた。

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