9-8.真実
女将は病室の椅子に腰かけ、イリスが美味しそうにスープを口に運ぶのを、嬉しそうに見つめている。
「…良かった。アッちゃん、イリスちゃんのこと、とっても心配してたのよ」
女将が言うと、イリスはスプーンを持つ手を止めて、小さく溜息を吐いた。
「そうですか…結局、アークに迷惑かけちゃったな」
その言葉に、女将は目を丸くする。
「迷惑なんてことないわよ!イリスちゃん、なーんも悪いことしてないんだから!」
「でも、私は…神殿を、守り切れませんでしたから」
俯くイリスに、女将はずずいと椅子を引きずって近寄ると。
「あのねイリスちゃん、『迷惑をかける』ことと『頼る』ことは、全くの別物よ?」
「…っ?」
目の前に迫った女将の顔に、イリスは目をぱちくりさせる。
「一人きりで抱え込むことないのよ!人間だもの、何でも完璧に出来るわけない。大変な時は、信頼できる人に『頼る』の。助けてもらったら、今度はその人が大変な時に、助けてあげればいいんだから。そういう“お互い様”があるから、人は色んなことを乗り越えられるのよ」
女将はにっこり微笑んでみせると、すっと椅子から立ち上がって。
「アッちゃん、すごく辛そうだったなぁ。イリスちゃんが苦しんでるのに、自分の力じゃどうにも出来ないんだものね。それでも少しでも力になりたい一心で、その食材、採って来たんじゃないかしら」
言いながら女将は窓辺に歩み寄ると、カーテンを開け放った。眼下には、アークたち騎士が今も守っているであろう、リルフォーレの街並みが広がっている。
女将は、イリスの方へ顔を向けると。
「だからねイリスちゃん、今はもっと、アッちゃんに頼った方がいいんじゃない?そのほうがきっと、アッちゃんも嬉しいと思うわ」
「アークに、頼った方が…?」
躊躇うように聞き返すイリスに、女将は優しい笑顔で頷いた。
「そうよ。誰だって、大切な人の力になれたら嬉しいじゃない」
女将は再び、イリスの前の椅子に腰かける。
「アッちゃんのことは見習いの時から見てるけどねぇ、あんな必死な顔、初めて見たわ。それだけ、あなたのことが大切なのよ。だからイリスちゃんも、アッちゃんのことを想うなら、しっかり食べて元気にならなきゃね」
「…はい」
イリスは頷き、それからゆっくり時間をかけて、スープを完食したのであった。




