7-8.異変
「今何と仰いましたか?」
夕刻、大聖堂の執務室でカーシャは客人を前に、目を大きく見開いた。
「先ほど国の外れに、巨大な黒竜が出現しました。…ああ、いや、ご心配なく。対応に当たった若手騎士の機転で、国に危害が及ぶことなく、既に森へと還っていきました」
執務室を訪ねていたのは、騎士団を統括する団長・レギオン。白髪交じりの立派な口髭がトレードマークで、カーシャとも女神祭の前から何度も綿密な打ち合わせを重ねてきた。
「それでその若手の騎士が申すには、『天使の結界のお陰で黒竜は悪さを働くことなく、自ら森に還っていった』と。それでご報告とともに、御礼を申し上げるため参った次第です」
「結界が…そうでしたか」
呟きながら、カーシャが胸を撫でおろした。
「御礼だなんてとんでもございません。結界を保つのは天使の責務。むしろ、そんな巨大な魔物に勇敢に立ち向かった騎士の皆様こそ、称賛されるべきですわ」
「いやいや、それを言うなら我々も、魔物と戦うことが責務というものです。…まあ、しかし、今日ばかりは私も、配下の騎士たちを褒めてやりたい。彼らの冷静な判断が無ければ、今頃どれほどの犠牲が出ていたことか」
厳格なことで知られる騎士団長が頬を緩ませる姿に、カーシャも思わずくすりと微笑む。
「レギオン殿にとっては、騎士たちは皆我が子のようなものでしょうね。」
「はは、親馬鹿と言われればそれまでですが。…と、それでですな。ここからもう一つ、ご報告がありまして」
苦笑を零していたレギオンが、ゆったりと椅子に座り直した。
「今回の一件を国王にご報告申し上げたところ、いたく感心なさったご様子で。明日1日、騎士と天使のために宴を開くと仰っているのです」
「宴、ですか?」
カーシャが聞き返すと、レギオンも頷き。
「ええ。なんでも、王宮でご馳走を用意して、全ての騎士と天使に振舞うと。明日1日、そのために城の庭園を開放するから、是非訪れて仕事の疲れを癒してくれ、との仰せです」




