1-2.光の国リルフォーレ
部屋に、イリス以外の人影はない。少し早めに家を出て来たので、イリスの方が先に到着したのだろう。
“祭壇の間”。その名の通り、正面に備え付けられた大理石の祭壇には、この国の建国の祖である光の女神、リリーフェが祀られている。
イリスは祭壇の手前まで歩を進めると、手を組んで静かに祈りを捧げた。
その昔、荒れ果てたこの地は、人々がいくら土を耕しても良い作物が育たなかった。しかし、そこに降り立った女神リリーフェの光の加護により、大地は豊かさを取り戻し、緑が茂りだしたという。
畑にも、人々が生きていくために十分な作物が実るようになった。長い間不作に苦しんで来た人間たちは、光の女神への敬意を込めて、いつからかこの地を“リル・フォーレ”と呼ぶようになった。太古の言葉で、「光の加護」を意味するものだ。
それから長い年月が経った今となっても、この国には女神の加護が生き続けている。
リルフォーレに生を受ける子供たちは皆、光魔法を持って生まれてくるのだ。
その中でも特に強い魔力を持つ者は“騎士”に選出され、国を守護する役目を持つ。
また、光魔法の中でも“浄化”の魔法種を扱うことが出来る者は、“天使”に選出される。
イリスも、この“天使”の一人であった。
騎士たちの役割は主に、国に入り込んだ魔物を退治すること。彼らは魔物と闘うための、攻撃や防御といった物理的な魔法を得意としている。
そして、イリス達天使の役割は、エネルギーを浄化し、国の中を清浄に保つこと。
人間を含む全ての生き物は、活動するためのエネルギーを世界から取り込んでいる。生命がエネルギーを消費すれば、その分エネルギーは淀んでしまう。
一般に魔物たちは清浄さを嫌い、エネルギーが淀むほど活性化する。淀みがあるということは、即ちそこに彼らの獲物となる生き物がいる、ということでもあるからだ。人が密集する国では淀みも溜まりやすくなり、より強力な魔物が集まって来てしまう。
そこでリルフォーレでは、国内のいたるところに小さな教会や神殿を設け、そこに一人ずつ天使を配置することとしている。天使たちがそれぞれの持ち場を日々浄化することで、清浄なエネルギーが国の隅々にまで行き渡り、結界を形成しているのだ。
特に、大聖堂を中心に置かれた4か所の神殿の浄化は、魔物から国を守るうえで最も重要な役割とされていた。
リルフォーレのすぐ外側の森には、自然豊かな分魔物も数多く潜んでいる。しかし、天使たちの浄化のお陰で、そのほとんどは国内に侵入してくることは無い。
この清浄さが保たれなければ、歴戦の騎士たちの手にも負えないほどの大量の魔物が、国に押し寄せているだろう。
つまり、騎士と天使は互いに一蓮托生となって、リルフォーレを守護しているのである。