第三章 女神祭
リルフォーレに、爽やかな夏風が吹き始めた6月の午後。
イリスは今日も、薬を届けるために教会を回っていた。
(よし、今日の分はこれで終わり!あとは…市場に寄って帰ろう)
本日最後の届け先を後にして、イリスは上機嫌で歩を進める。
神殿守護職に新人の3人が配属され、最初の頃はやはり、毎日のようにリタたちの助っ人に入る、忙しい日々だった。だが、今では3人とも大分仕事に慣れてきたようで、イリスの仕事も徐々に落ち着きを取り戻してきている。
(久しぶりに、新しい布地をもらってこよう。どんな服に仕立てようかな)
リルフォーレの市場は、物々交換が主流だ。イリスはいつも、余分に作った薬を持って行き、必要な日用品と交換してもらっている。
最も、天使や騎士など、国を守護する任務にあたる者は、国が衣食住を保証しているため、市場の品物は基本的にはタダで交換してもらえる。
とは言え、どれも市場の人々が丹精込めて作り上げた品物だ。きちんと対価を払いたいと、毎度十分な量の薬を持参するイリスだったが、大抵は通常の半分以下の対価で、皆品物を譲ってくれるのだった。
夏に向けて新しいワンピースが欲しいな、と、空想を膨らませていると。
「あれっ、イリスじゃない!」
「ルシアさん!」
前方から歩いてきた女性に、イリスはぱっと顔を輝かせる。
「久しぶり~!イリス、今年から守護職で先輩になったんだってね!」
「ええ…でも、まだまだルシアさんには及びませんけど」
漆黒の瞳と長髪。二十代半ばの美しい女性が、イリスのもとへ駆け寄り、少女のようなはじける笑顔を浮かべていた。