2-7.騎士と天使
薬匙を手にしたイリスがふと、動きを止める。
(アーク、今日から守衛部隊長になったんだ…)
大聖堂前の掲示板で見た、懐かしい名前。
(子供の頃から、アークは頑張り屋さんだったもんね)
当時のことを思い出すと、自然と頬が綻んだ。
アークとイリスは、幼少の頃から兄妹のように育った幼馴染だ。
互いに父親が騎士だったこと、家が近所だったことから、家族同士とても仲が良かった。イリスより一つ年上のアークは、優しく責任感が強い性格で、イリスの面倒をよく見てくれた。
しかし、イリスが6歳の頃。普段なら決して入り込むことの無いような強大な魔物が、リルフォーレに襲来する。
当時の騎士たちが結集して街を守り、国の歴史に残る大戦になった。魔物はどうにか制圧したが、激戦の最中に2人の父親は命を落としてしまった。
アークの母親は既に病で他界しており、父親を亡くしてからは、イリスの母がアークを引き取った。
母は聖天使の仕事を続けながら、2人の子供たちを大切に育てた。イリスとアークも家の中の仕事を協力して行い、大変だけど、楽しい日々だった。
しかし、そんな小さな幸せすら、長くは続かなかった。
イリスが12歳の時、母までもが病でこの世を去ってしまったのだ。
母の墓石の前で膝を抱え、泣き続けるイリスに、アークは言ってくれた。「俺が、イリスを守ってやる」、と。
その言葉がイリスにとって、どれだけ温かかったことか。
差し出されたアークの手を、イリスが縋るように握り締めると、アークはそれをしっかりと握り返した。
あの時、イリスを真っ直ぐ見つめて微笑んだ空色の瞳。アークと手を繋いで帰り道を辿りながら、私はこれから先もずっと、こうしてアークと一緒にいるんだろうな、と、この時イリスは信じて疑わなかった。
だが、それからすぐのことだった。
亡き母を想い、見よう見まねで“自浄”を発動させたイリス。そして数日後、『浄化を発現させた少女がいる』との噂を聞きつけて、大聖堂の天使たちが家にやって来た。
イリスはそのまま大聖堂に連れられ、花天使の修行に入ることとなった。
更に、その1か月後。今度はアークが見習い騎士として、騎士団に入団することになった。こうしてそれぞれ家を出た2人は、以降顔を合わせることは無くなってしまった。