9.リング
6月に予定されている文化発表会という中華ぽいネーミングの大会対策会議は、大荒れの元、オチを見た。
成立過程に納得イカンが、妥協できるレベルにまで落とし込めた。
決まったことは守る。協力して成功に努めるのが碧さん品質である。
……女子と歌とダンスのレッスン。揺れる胸、回る尻、飛び散る汗。
滾るぜ。
それはそれとして!
授業は終了!
「そういやナオ、今日誕生日だったよな? ケーキ出るのかな?」
「出るよ。でもって晩ゴハンは僕の好物が出る。鶏肉のトマトソース煮込みだ」
「あー、あの美味いヤツ。ニンニクをチョビっと利かせた」
ナオとプライベートを話しているときである。ツンツンと肘を突かれた。誰に? このみちゃんだ。
「なに?」
「睦月君、お誕生日って今日なの?!」
「だよ。言ってなかった?」
「えええー! わたしなんも準備してない!」
「んななななー!」
このみちゃんとユキちゃんが鳴いた。
ザワザワが教室中に伝播している。特に女子数名が悲愴な顔をしている。
「プレゼント? 渡したかったのかな?」
「……いや、もういいわ。間に合わないし」
「ちなみに、明日は私と翠の誕生日だ」
「「「えっええええー!」」」
今度は男子かよ!
あと、女子も。これは素直に嬉しい。
「翠は私と趣向が同じで甘い物が好きだから、何かお菓子でもお誕生日プレゼントに送ろうかと思ってる」
これ見よがしな発言。暗にプレゼントはお菓子系がほしいとねだっているのだ。
翠、甘い物は好きだったかな? 女の子は大体甘いのに目がないから、大丈夫だろう。
……後で欲しいの聞いてみよう。
「碧は、ギリギリ双子座だね?」
明日香はスマホを開いている。星座占いか何か見てるのかな?
そこ吉田と他の男子。聞き耳立てないように。後、女子も隅っこでこそこそしてるけど、女の子は話しかけてきて良いんだよ。
「でもって、睦月君はギリギリ牡牛座ね。2人に運命を感じるような、そんなもの無さそうな?」
「はっはっはっ! よしてくれ。私とナオの間に運命というのがあるとすれば、中学生時代までだ。ケロッ」
ちょっと変なのを想像してしまった。あと、なんか夢で見たような?
「うーっぷ。ところで明日香、ナオに興味は?」
「無い」
だろうね。
ナオは……吉田達とあっち向いてホイやってる。
だろうな!
放課後。今日はちょいと翠と会ってる。
「お誕生日プレゼント? 何欲しいかって?」
「うん」
「直前まで用意してないのって……たしかに女の子じゃそんなことしないわね」
困った顔をしてる翠。いや、でもそんなもんでしょ? 甘いのなんか、明日の放課後でも買えるっしょ?
「欲しいものなら……リングが欲しい。ほら、5組の文月先生が小指にしてる可愛いリング!」
「あ、あれかー」
してるよなー……弥生さんとの結婚指輪。翠は目敏いなー。
俺も以前より興味があって値段調べたけど、高いんだよね。でも貯め込んだお小遣いを放出すれば、安いのならお揃いで買える。
「お姉ちゃんとお揃いのリングって可愛くない?」
お揃いか、いいね!
可愛い妹のためだ。小遣いを叩こう!
「じゃ、今から店によって選ぶか? 下の方の値段のなら買えるよ」
「え! ほんと! ほんとに買ってくれるの! やったー!」
ガッツポーズを取る翠。そのしぐさが可愛い。女の子っぽくて可愛い!
「よーしよし、今から寄ろう。そこで欲しいのを選んでくれ。明日お金を持ってきて買ってから家に寄るから」
お母さんが、2人の誕生日のお祝いをしましょうと家に呼んでくれてるんだ。晩ゴハンとケーキを一緒に食べようって。お料理は俺の好物のトンカツにしてくれるそうで、今から待ち遠しい!
「お姉ちゃんが選んで」
「……は? 俺、センス無いし」
マジでセンス無い。女物は全くダメだ。男物ならどうにかなるんだが。ユニクコとか。解方倉庫とか。
「お姉ちゃんが選んでくれたのが欲しいの。プラスチックの安物でも、ドラゴンの彫り物がしてあってもかまわない。お姉ちゃんが選んで!」
「えー!」
さすがにドラゴンは選ばないが……ええー。
「俺じゃ悩むよー。翠が選べよー」
「だーめ! じゃあね、お姉ちゃん、また明日!」
可愛く手を振る翠。走っていった。とても可愛い。
そして残された俺は、途方に暮れる。
「くーそーぉー!」
一旦家に帰り、お小遣いをかき集めてリングを売ってる店へ走る。絶対悩むだろうから明日当日では間に合わなくなる。だから今日。
「どれにしようかなー?」
キラキラしたのや可愛いのがたくさんある。そしてお高い。死ねよ消費税!
俺の資金で買えるってのは……この辺りの底辺ゾーン。プラスチックを避ければ、選択肢も狭まるハズ。
それでも多い。
「これが良さそうな? でも俺の感性だからなー。あんま考えずにこれ! いや、これかな? これは無いな。適当に選ぶのは裏切りだ。これなんかどうだろう? あれ? これってさっき無いなーって避けたやつ。うーんむ……」
悩むわー。悩みに脳の処理領域割かれ、思考能力が低下してきたのを実感する。
「むむむ、やっぱ、最初の第一印象でこれと思ったやつにしよう。すんませーん、これ包んでくださーい!」
俺は1対のリングを手に取った。
大急ぎで帰ってきた。
ギリお誕生会に間に合った。ナオのだ。
「はい、俺からのプレゼント」
「うわーい! 100円のホワイトチョコレートだー。なにこれ?」
「来年のホワイトデーも兼ねて」
リングで時間と経費を費やしすぎたんだ。
「あのね、アオイちゃん……」
ご馳走はナオの好物だ。睦月家では、家族構成要員のお誕生日に、それぞれお料理をリクエストし、予算範囲内で饗されることになっているそうな。
如月家でそれはない。その発想がなかった。
そして、明かりを消し、ケーキに蝋燭を(大(10桁)1 小(1桁)3)立て、ばすでーそんぐを歌う。
ナオが火を吹き消して、暗くなって全員がテーブルの下に隠れるという手順を経てから、ケーキを切り分ける。
我が如月家でもケーキはあった。ノリ子さんが生クリームから作る自家製ケーキだ。
親父は「生クリームなんか胃もたれしかしない」として、一緒にケーキも食べてくれない。もちろん蝋燭なんか立ててもらえないし、馬鹿らしいからと言って歌ってもくれない。
毎年睦月家にお呼ばれしているから、お誕生会は経験している。ナオのだけど。
ま、ケーキとご馳走に罪はない。美味しくいただいているからなんの不満もない。むしろウエルカム。
楽しいお誕生会は終わり、風呂に入って寝た。
翌日は俺の誕生日。今日から黄道を支配する星座も、双子座に切り替わる。そんなめでたい日が俺の誕生日なのである。皆の者、祝って良いんだぞ。
そして、学校では、なぜかチョコレートの山。
「なにこれ?」
このみちゃんが事情を知っていそうだ。
「アオイっちのファンからお誕生日のプレゼントだって。こっそり置いていってるようよ」
せっかく女の子からのプレゼントなのに。こっそりだなんて勿体ない。
「顔を見せて手渡してくれたほうが嬉しいのに」
「……アオイっちの、そういうところだぞ」
して――
今年は初めて葉月家でお祝いをする。それも兄妹そろってのお誕生会だ。歴史に刻まれる日となろう。平日なのでお泊まりできないのが残念だが。
お夕食は俺の好物、トンカツにしてくれた。
地味に嬉しい! これでナオのことを羨ましがらなくて済む。
来年は翠の好物になる予定。これも楽しみだ!
食事が済んだら、いよいよケーキ。
ケーキは翠のリクエストで、チョコレートケーキとなった。
俺、チョコレートケーキ初めて。噂で存在は知ってたけど、目の辺りにするのは初めてだ。長くは生きてみるもんだ(13歳)。
ケーキに蝋燭を立てる(大(10桁)1 小(1桁)3)。略し方は法律で決まってるのだろうか?
蝋燭にチャッカマンで火を灯し、部屋の明かりを消す。
お母さんの手拍子で始まる、ハッピィバースデーの歌。
歌ってもらえる。翠と共に。お母さんと俺は翠のために。お母さんと翠は俺のために。歌ってもらえる。
最後のメロディが終わり、あとはフーだ。翠と一緒にフーして蝋燭を消す。
お母さんの拍手。俺と翠の拍手。
俺は生まれてきて良かった。翠と一緒に産まれてきて良かった。お母さんに産んでもらって良かった……。
「俺、そこの、白い看板立ってるところ!」
「あ、狡い! そこ翠が狙ってたところ!」
ワイワイキャイキャイ騒ぎながら、チョコレートケーキを食べる。
美味い……。
でもってプレゼント。
翠へ……
「お姉ちゃん……」
袋詰めにしたプレゼント。翠が中を開ける。
小さな、安物の、お揃いのリングが2つ。
「安物だよ。ものすごく悩んだんだんだけど、どうかな? 一周して結局シンプルなのにしたんだ」
翠の反応がない……。なんの飾り気もないのがマズかったのだろうか?
「でも、ほら、ちょびっとピンクがかってるだろ? 女の子って、そんなのが可愛いって言うしー……あの、気に入らなかったら交換しに行くし……」
翠は首をフルフルと左右に振った。
指輪を袋ごと胸に押し当て、大事そうに抱きしめてくれた。
「翠……」
「お姉ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんが、わたしのために、一生懸命悩んでくれて、選んでくれたのが嬉しいの!」
えっとね、ちょっとね、翠ちゃん、目がウルウルしてますが、泣かないで。
「お姉ちゃん、これ、わたしに付けて」
指輪と左手の小指を差し出された。
「え? お!」
俺はカチコチになって袋から指輪を取り出し、翠の左手を握る。そして、そっと、優しく小指を通す。
「次、わたしね。お姉ちゃん、小指出して」
「お、おう!」
情けないことに、吉田みたいな反応しかできない。
俺が出した小指に翠が指輪をはめてくれた。
「うふ! お姉ちゃんとお揃い! 結婚指輪みたい!」
翠は指輪をうっとりとした目で眺めている。
なんか、こう……翠が大人っぽい。翠から少女らしさが消えている。文月先生みたいな大人の色気が出ていないか?
「わたし、これからも、ずっとずっとお姉ちゃんといっしょに生きる。ずっとずっと愛し続けていく」
「……翠。俺もだ。どんなときだって、俺がイケイケの時はもちろん、弱ってるときだって、いつだって、いつまでも翠のことを愛し続けてやる!」
ゆっくりと、ゆっくりと、翠は俺の胸に体を寄せ、俺は、ゆっくりと、ゆっくりと、翠を腕に抱いた。
翠は顔を俺の胸に預てくる。俺は指輪をはめた左手で、翠の頭を撫でてやる。
そして、お互いの顔を見つめ合い……阿吽の呼吸だ。お互いの顔が近づいて――
「ごっほん! がっほん! あーあー、オカアサンハココニイルヨ。マイクテステス!」
俺たちは慌てて飛び退いた。
翠は、トマトみたいな真っ赤な顔をしている。
たぶん、俺もだ。




