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8.罠


 呑気に帰宅してきたナオを玄関でヘッドロックに捕らえ、自室へ引き込んだ。


「さて、ナオ君。いったいどういう事だコラァ?」

「申し訳ない。覚悟の上のああいう事だ。誠にすまん。この通り」

 ナオは、素直に土下座した。

 俺はナオの頭を足の裏で踏みつけてやる。靴下をはいてるだけでも情けと思え。


「断り切れなかったんだよ。吉田のヤツ、鬼気迫る勢いで拝み倒して来たんだ。断ったら校舎の屋上から飛んでいたかも。遺書にアオイの名前を書いて。それって、迷惑な話だろ?」

「確かに迷惑だ」

「それを事前に防いでやったんだぜ……痛てて、ごめんって、ちゃうんすよ、調子に乗りすぎました! ごめんって!」

「最初からそうしてろ!」

 足をどけてベッドに腰掛けた。


「あれ? もうお終い?」

「なんだ? もっと続けて欲しいのか?」

「……いや、今日はこれでいいや。なあアオイ。怒られついでに聞くけど、あそこまで吉田に想われて、どんな気分だった?」

 ナオは正座したままだ。

「ナオが一緒にいてくれたから、身の危険は感じなかった。だから気持ち悪くなることはなかったさ。でも、俺が男と付き合うことは絶対無いからな! どうせなら可愛い女の子を連れて来いよ!」

「妹ちゃんに許可もらってからで良い?」

「ちゃうんすよ! 話はそれとちゃうんすよ!」

「もといして、……アオイってやっぱり男なんだなと改めて思った。あそこまで思い詰められたら、情にほだされるんじゃないかと心配してたんだ」


 なんてぇのか……。


「ナオも好きな子が出来たら、あんな風になりふり構わなくなるか?」

「さぁ……どうだろう?」

 ナオは……俺を通して女子に気持を伝えるという裏技を持ってるし、参考にはならんか?

 岸だったら、佐藤だったら、果たして?


 俺だったら……ああは出来ない。そこまで思い詰めるという気持ちが分からん。いや、気持ちは分かるけど、ああいった行動に出るかと聞かれれば、出来ないと答えるだろう。


「僕が、もし、どうしてもどうしてもという女の子が現れたら、ひょっとするとひょっとする。条件が揃えば、押し倒して意志を貫いてしまう可能性がある。でもそれはオチンチンが命じたことなので、僕の意思じゃないから無罪」

「それは明確に性犯罪だ」


 俺だったら、押し倒して先ずやる事は抱きしめる事だろう。次いでキスだ。あとオッパイ。

 自分が気持ちよくなろうとは思わない。相手を気持ちよくさせたいという愛に溢れた欲求はあるが。

 だって、相手にその気がないと、俺自身が気持ちよくなることはないのだから。


 翠を相手にアレなんでそれが分かった。女の子同士で、自分の身体だけを満足させる暴力的な行為は存在しない。互いの協力が必要だ。……レアなケースは除く。

 男の子は、アレ(棒)がある。アレがあるから、自分が先に気持ちよくなることが出来る。自分のことだけを考えて、犯行に及ぶことが出来る。やっちゃイカンが!


 そこが……俺が女だからか?!


 吉田みたいに出来ないのは、切羽詰まって袋小路(性犯罪)に陥らないのは、俺の身体にアレが装備されていないからか? アレが欲求を指示しないからか?

 俺は唖然とした。これが唖然と言うものか!?


 俺は……俺は……男でいて良いのかな?

 男の裸……オエッ!

 おっぱい……げへ!

 うん、まあ、良いんじゃないかな。


「まいっか」

「なんか、逡巡があったみたいだね。じゃ、僕はこれで」

 ナオはコソコソッと出て行った。


 して――

 翌月曜日。通学である。翠は可愛い。欲情する。うん、正常だ。

 そうちゃん、このみちゃん、ユキたんも可愛い。欲情する。

 明日香も可愛い。なんて綺麗なんだ! 欲情する!

 正常な日常だ!


 して――

 朝のホームルームが始まった。文月先生はいつもお美しい。お姿を拝見しているだけで何も要らない。宿題なんか最も要らない。そして欲情する。


「では、今日の5時限のホームルームで文化発表会の第一回打ち合わせを行います。それぞれ、それまでにある程度考えをまとめておくようにしてください。具体例が有れば発表してください。それでは――」

 この前、このみちゃんが言ってた。運動会の代わりの行事。文化文明と運動が組み合わさった対熱中症行事。ホントにあるんだ。


 ちらりと、このみちゃんの顔をのぞき見る。なんも考えてなさそうな顔で正面黒板を見ている。よしよし。

 碧さん主演作はお遊びの範疇であり、頭から抜けている様だ。

 万が一、キューティバニーがお題に出されても、即座に反論+ツブしてやる。何せまだ第一回目の打ち合わせだからね。さほど話は進まない。いいトコ出し物の方向性が決まるだけ。バニーちゃんが出たところで対抗するアイデアがわんさか出て、すぐに決まることはない。


 いつものように給食を食べて、翠がやってきたので、お弁当を食べて――

「お姉ちゃん、今日ね、わたしのクラスへ来てくれない?」

 なんだろう?

 手を引かれてお隣のクラスへ。

 翠のお友達とトランプに興ずる。……なんだ、メンバーが足りなかったのか。

 女の子と遊べるなら、お姉ちゃんはいつでも大歓迎ですよ!

 

 して――

 5時限目。学級会が始まりました。

 文月先生はオブザーバーとして、教室の片隅で座っている。

 司会進行はクラス委員長の鈴木君。7:3分け、銀眼鏡の真面目君。それと副委員長の西田さん。黒縁眼鏡に三つ編みが二本。つるっとした顔の女の子。


「では、決を採ります」

 え? 決って何?


「5組の出し物は、如月さん主演、キューティバニーの歌とダンス。賛成の方、挙手をお願いします」

 バババッ!

 音を立て、俺を残すクラス全員の右手が挙がった。

 ナオ! あ、目を逸らしながら手を上げている!


「絶対的多数決により、文化発表会1年5組の出し物は。キューティバニーと決まりました」

「「異議無し!」」

「如月さんのダンス見たいです!」

「異議あり!」

 俺は立ち上がって挙手した。


 俺が隣へ行っていた昼休み中に談合があったのか!?

 あっ! それで翠が……裏切ったな、翠! ギリリッ!


「異議は認められません!」

「こ、これはイジメだ! クラス全員によるパワハラだ! 市の教育委員会に訴えてやる! 明日から不登校だ! 日本一周自分探しの旅に出てやる!」

 こうなったら実力行使だ! 暴力に訴えてやる!


「まあまあ、アオイっち! これも人気者の勤めだし」

 このみちゃんが首謀者か!

 こういう時の吉田だ! 吉田に暴れさせてむちゃくちゃにしてやる!

 吉田は……胸に手を当てて俺を見てる。頬は紅潮してるし、眼がキラキラしている。


 つ か え ね ぇ !


「皆さん、少し落ち着きましょう!」

 文月先生がパンパンと手を叩いて立ち上がった。


「大多数の意見を尊重するべきなのでしょうが、どうも如月さんの意思を無視している様に見られます」

「その通りです!」

 頼むぞ先生! あなたが最後の希望だ!


「これはクラスの総意です!」

「鈴木ぃー」

 吃驚するくらい、俺の声が低い。自分でも分かる。俺の顔の表情筋が弛緩し、洒落にならない表情を浮かべる。……やるか?

 クラス中が騒然となった。


「皆さん、組織票という言葉を知ってますか? 民主主義の天敵です」

 先生の押しに、ぽつぽつと静かになっていく。


「とはいえ、皆さんの意見を無視するのも多数決の原理に反します」

「そこが多数決至上主義の欠点だと思います! 先生!」

「如月さんも黙ってください。先生から提案があります。クラスの総意である演目はこのままとして、バランスを取るため、少数弱者である如月さんの意見を最大限取り入れてください。今からそれを話し合いましょう。如月さん、それならいいでしょう?」

 不満たらたらだが、ここは最大限、チャンスを活用させてもらおう。出来るならば反撃したい。


 して――

 決まったのは――

 俺を含む女子の集団による歌とダンス。センターは俺じゃない。端っこで歌って踊る。

 その代償として間奏の間、俺が主となってダンスする。振り付けは俺に一任。

 

 この辺で手を打った。振り付けという意味の幅は広いんだぞ。後で吠え面かくなよ!


 男子は裏方とダンス補助と演奏役ってことに決まった。男のダンスなんか見たくもないし。妥当な線だと思う。

 

 だがしかし! ナオの裏切りは許せぬ! 

 どうにかしてこいつを巻き込んでやる!



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