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7.吉田とナオと。エンカウント


 お母さんと翠と3人で存分に日曜日を楽しんだ。

「今から帰ります……と。送信」

 でもって、日が暮れる前に帰る。睦月家に居候している身なのだから、お帰りは明るいうちに。連絡は密にだ。


「じゃあね、翠、明日学校で。また来週だね、お母さん」

「お姉ちゃん明日学校でね!」

「碧、気をつけて帰るのよ」

 交代で2人に抱きついて、別れを惜しみながら家を出る。

 自転車に跨って、もう一度振り返って手を振って、走り出す。

 行きはミニスカだったけど、帰りはダボめのジーンズだ。覗いても見えないぞ! 黒のタンクトップだけだと、アレだから、シャツを羽織っている。

 春に出会った俺の家族。もう初夏になっている。風が心地よい。


 して――


 駅前を通り過ぎようとしたら、手を振ってくるお子様が2人。ナオと……吉田だ!

「吉田とデート?」

「ちがわい!」

 ナオが怒ってる。

 何も挨拶せずに通り過ぎるのも薄情なので、自転車を止めて挨拶しただけだが?


「えーっと、アオイ。暑くなってきたね。あそこの喫茶店に入らないか。涼しいぞ」

「ナオ、おまえ台詞を言わされてる感が強いぞ」

 作り笑いをしているナオの後ろで、吉田が小さくなっている。

「なんでもおごってやるぞ。吉田が」

 あー……そういうことか。

「アオハルだねぇ」

 吉田は、ナオを生け贄にして如月碧とデートした。そんなところだろう。


 でもって、入った喫茶店というのが、雨の日に吉田と入ったジャズの流れる小さな喫茶店だった。

 店内はジャズに溢れていた。今流れている曲はフリージャズっていうの? 素人には難しい曲だ。

 ナオと吉田が並んで座り、俺一人で向かい側に座った。

 お髭のマスターが、コトリコトリと氷水の入ったグラスを置いていく。


「えーっと、何するかな?」

 ナオがメニュー表を眺める。

「俺はコーヒー! ホットで」

 吉田が緊張きしった声を出す。

「んー、じゃ僕もコーヒーにするか。ホットで」

 つられてナオもコーヒーにした。

「き、如月さんもコーヒーだよね?」

 キモいぞ吉田。俺のことなら詳しく知ってるって顔が。


「さっき出てくる前にコーヒー飲んじゃったから、別のがいいな。何あるんだ、ここ?」

 2つあるメニューのうち、一つを手にとって眺めてみる。

「ミックスジュースなんか、どうかな? あはは……」

 だからキモいって、吉田。でも、それ美味しそうだな。


「吉田のお薦めにしよう。マスター!」

 スタイリッシュに手を上げてマスターを呼ぶ。

 大人な俺はスタイリッシュにオーダーするぜ!

「2人にはコーヒーをホットで。私はミックちゅジューちゅ……ミックスジュースで」

 うっわ、噛んだ! ハズ!


 注文を取ったマスターは何も言わず、クールに去っていった。

「何がおかしいんだよ!」

 ナオがくすくす笑っているんだ。酷いんじゃない?

「全然おかしくないよ!」

 吉田が抗議の声を上げる。紳士だ!

「如月さんの可愛い一面を見られてとても嬉しいよ!」

 それが一言多いってんだ。


「だよな、吉田。アオイって時々可愛くなるよな?」

「うん、可愛い! 顔が赤い! 可愛い!」

 吉田ががっつり食い込んだ。前のめりになってる。

「如月さんは、クラスで一番可愛い!」

 中腰になって拳を握りしめるなって!

 こいつらにホイホイと付いてきて、俺、失敗したかなー。


「可愛いって言われても、この格好じゃなー」

 俺は両手を広げた。ベルトしたジーンズに、黒のタンクトップ。その上にオーバーサイズのシャツ。今日は特に男の子っぽいコーデだった。髪の毛もズカタカラだし。

 窓を通して俺たちを眺める通行人の目には、男の子が3人仲良くしてる図として映ってることだろう。


「そんなことないよ! 如月さんは何着ても似合うし! その、ボーイッシュなのもとっても似合ってるし! 特に、ボタン全開のシャツから覗くタンクトップの隙間がセクシーだし!」

 やっぱスケベな目で俺を見ている。

 一ッ…言、多いんだよ、気付よ吉田ァー。ってか面白いなぁコイツ!


「セクシーっつたら、昨日のアオイがセクシーだった。女の子だった」

 ナオが仕掛けてきた。お前もな、彼女早く作れよ。

「昨日だったら超ミニだったんだけどなー。お母さんトコへ行くから、男の目を気にしなかったもんなー」

 ノッた俺も悪いけどさー。

 吉田は目をぐるぐるしている。何を想像してるんだろう……。


 推理してみよう。

 俺は普段から男っぽい、いわゆるボーイッシュな美少女として認識されている。でもって、今現在、男の子っぽいのを身に纏っている。鬼に金棒。

 ここからのガーリーなミニスカ少女。男役から娘役への早変わり。

 ……落差に滾る! 性的に……。

 なるほど、そういう目をしているッ。

 吉田は恋愛と性欲を取り違えている。

 俺を性的に欲望をアレしたい。それを恋愛感情だと思い込んでいる。これがタマタマに脳を支配された男子中学生なのか! 驚愕!


「でもってアオイ。何で付き合ってくれたんだ? てっきり無視されると思ったんだが?」

「えーっと……」

 なんで俺が受けたのかというと、それは勝者の余裕。俺には翠ちゃんという立派な恋人がいる。

 いわば恋人持ち。スキル「両思い人」持ち。

 そんな恋愛経験豊富な勝ち組お姉様が、負け組の恋愛未経験者にアドヴァイスの一つでもくれてやろうと……ごめん、ちょっと言い過ぎた。


 なんてのかな? 吉田だけじゃなくて、世の恋愛童貞の男の子達の気持ちが痛いほど判るんだ。寂しいよね。焦がれるよね。――アレされるのは嫌だけど、スルのは良い。

 恋人がいる者として――。

 これが悪いことなのかもしれない。でも、夢を夢として、見させてあげてもいいんじゃないか? 美少女の身体を持つ者の義務じゃないだろうか?

 ……翠やお母さんとお別れしてきて……特に今日は翠とお別れして、なんか人恋しくなってたって事もある。


「まーねー、色々あって丁度良かったんだだよ。……私としても」

 すっと目を逸らす。アンニュイな感じを心がけて。頼む、誤解してくれ。

 どうよ、この気怠い雰囲気。ジャズ喫茶に溶け込んでるだろう?

「えっと、如月さんはどんな食べ物が好きなんですか?」

 空気を察しない男が一人。吉田ぁ。


 俺はアンニュイなままの目を吉田に向けた。チベットスナギツネの目とも言う。

 どうすんだ、この空気?

 とはいえ、無視するのも気が悪かろう。答えは肉、と言いたいところだが、まてまて、俺は美少女。肉類じゃないだろう?


「あまりコッテリしたのは好きじゃない」

「あ、それ、俺も。コッテリは俺も嫌いだな! あははは!」

 迎合するのは良いけど、そこからどうやって話を膨らますんだよ? お手並み拝見といこう。

「そういやアオイは麺類を好むよな?」

 ナオだ。こいつ、吉田の援護をする気か!


「スパゲティはオールマイティに好きかな? スープとか和風も美味しい」

 ニンニクたっぷりペペロンチーノは口に出しちゃダメだ。……一番の好物はトンカツです。

「和風と言えば、肉じゃがとかすき焼きとかも美味しいよね!」

 吉田ぁ。だから何でスパゲッティの話を膨らませねぇんだ、お前はよぉー!

「僕は、つくね入りのチャンコ鍋が一番だな!」

 ナオも、そこへ乗るか?

 もう知らん! 毒を食わば皿まで。据え膳食わぬは男の恥(違うか?)。俺も乗ってやる!

「チャンチャン鍋も美味しいぞ」

「俺、ふぐ鍋食べたこと有る!」

 自慢してどうする吉田ぁ!

「アンコウ鍋なら――」

 もはや雰囲気とかデートだとかアレだ。公園で遊ぶ小学生と化した、知能の低い会話が繰り広げられていく。


「ブリトーはチンして食べる派の人!」

 ナオが手を上げて、賛同者を募る。

「ちょっと待て待て! ガキ共待てって! 何しに喫茶店に入ったんだ? 世界美味い物選手権か?」

 この中で一番大人な俺が、真っ先に我に返った。


「いや、違った。一旦話を戻そう。吉田、なんか話題を提供しろ」

「き、如月さん! 悩みはないですか? 俺、相談に乗ります!」

 おおおおおおおおおーい! ナオぉ、どうにかしろぉ。

 ナオは顔を両手で覆っていた。


 くっそ、使えねぇヤロウだ! 仕方ねぇ!


「お胸が大きくならないんだ」

 そう言って、手を胸に当てる。

「げひょっ」

 吉田の喉から変な音が聞こえてきた。


「でもって吉田君」

 俺は姿勢を正した。スッと背筋を伸ばす。乱れた前髪を払う。

「判ってると思うけど、私が吉田君に振り向くことはない。深入りしすぎると、傷が深くなるだけだよ」

 吉田は、俺の目を見ようとしない。

「……判ってるよ。それくらい」

 吉田の腕に力が入る。また、ズボンを握りしめているんだろうな。


「でも、どうしようもないんだ、俺。切なくて胸が苦しくて……如月さんを思うだけで、ズキズキが来て。如月さんが他の誰かと仲良くしてたらどうしようって……。こうやって会ってるときだけが幸せで。……苦しいんだ」


 どうしよう?

 雨の日のアレで俺のことは諦めたと思ってたんだけど、どうやら余計に拗らせたらしい。

 俺だったら、きっちりと諦めて新しい恋を探すんだけどなぁ。それが普通だと思うんだけどなぁ?


 ……吉田が本物の男の子だからかな。


 俺ならあっさり諦めて次を探すけど、それは俺が偽物の男の子だからかな? 本物の男の子は諦めきれないのかな? もしくは諦められないのかな?

 真正面から女の子に言われても、頭じゃ判ってても、どうしても気持が離れない。それが男の子の心理なのだろうか?


 どうしよう?


「だったらさー、ゴクゴク」

 ナオが冷めたコーヒーをがぶ飲みしてる。

「お友達になったら?」

「え、えええ?」

 俺も吉田と同じ。え? としか言葉が出てこない。


「アオイは吉田を毛嫌いしてるワケじゃないだろう?」

「確かに、このみちゃん達程毛嫌いはしていない」

「ええ!?」

 吉田がショックを受けている。何に? 好きな女の子を前にして、他の女の子の印象を気にしてるのか?

 いや、分かるけど。分かるのがなんか負けた気がするけど。


「でさ、吉田は、アオイと恋人になれるとは思ってないんだろ?」

「う、うん」

「でさ、アオイが男と付き合わないって事は理解してるんだろ?」

「う、うん」

「つまり、アオイが他の男に取られる心配はない」

「あっ!」

「ヤキモキする理由がない」

「あっ!」

「それに――」

 ナオが吉田の耳元でヒソヒソと内緒話。

 ……想像の中で俺とヤル分には問題ない……との幻聴が聞こえてきた。

「あっ!」

 吉田の目に、欲情の野獣色が垣間見えた。


「だったら友達で充分。はい解決」

 ナオは肩の高さに両手を広げてヒラヒラしている。その、なんでも見透かしたようなツラがしゃくに障る。でも、落とし処としては充分だ。


「俺ッ! それで良いッ! 如月さんとお友達でいいッ!」

 うわぁー……吉田、野球少年みたいな屈託のないスケベな笑顔を浮かべている。

「私としては、スケベな言葉さえその口からでなければ……」

 本心は、男に混じってスケベ話で盛り上がりたいのだが、そうは美少女問屋が卸さない。ここは一つ、清いお友達で。


 で、お友達とつったって、一緒に走り回って遊んだりはしない。今と変わらないぞ? 良いのかそれで?

 俺的には今と変わりないんで、良かったかといえば良かったけど。

 オチも付いたことだし、これ以上の長居は無用。やっかい事の元だ。


「ヨシ!」

 俺は勢いよく立ち上がる。

「今日はここまで! お支払いよろしく。お疲れ!」

「「お疲れ!」」

 吉田とナオは、まだ話足りないようで、もう少しここにいるようだ。お話の内容は、容易に想像が付く。

 俺は後ろを振り返ることなく、喫茶店を後にした。


 颯爽と自転車に跨り、走り出す。

 ……やっぱ面白いな、男の子の集まりって。



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