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1.十年一昔

恥ずかしながら、再開しました。


 俺は某私立大学の建築科を出て、二級建築士となり、市の土木課へ勤めていた。一級建築士の試験は滑った。

 あれから……俺は葉月姓になった。中学校の在学中は、如月という通称で通した。高校生になって葉月でデビューした。車の免許を取ったのは、いろいろあって20になった年だった。

 とあるハイツの前に、車を止めてもらう。

 土曜の今日、お土産を持って妹ン家にやってきたのだ。

「お姉ちゃん!」

「アオイ!」

 翠とナオが出迎えてくれた。

 この2人、結婚したんだ。

 翠の姉であり兄である俺としても、ナオになら安心して全てを任せられる。

「んーだっ!」

 そして翠の腕の中には赤ちゃんが。足をピョコピョコ動かす様が可愛い。

「ナオが翠に産ませたキイロちゃん、こんにちはー! あぶー!」

「その言い方。何とかならんかなー?」

「はっはっはっ! 愛情表現だよ。はいこれ、出張のお土産」

 土産を渡してすぐに帰る。

 車に体を押し込むと、運転席の明日香が眉を寄せていた。

「いいの? こんな短時間で?」

「いいのいいの」

 車は俺ン家へ向かう。そこそこのお値段がするマンションだ。こないだ買った。

「ただいまー!」

「お帰りなさい、明日香さん、碧」

 お母さんが出迎えてくれた。


 俺はこの部屋で、お母さんと明日香の3人で暮らしている。

 明日香は俺の良き伴侶だ。

 昨夜もお互い良き伴侶として勤め上げた。なかなか良い評価だったらしい。今夜も要望されているのでもちろん応えるつもりだ。仕方ないよな。お勤めは夫婦の絆だもの。げへ。


「うぉーっ!」

 そこで目が醒めた。

 あーびっくりした。

「夢か……」

 ベッドに起きあがる。額に手を置く。

「なんだよ大声出して」

「悪い夢を見たんだ」 

 隣で寝ていたナオが腕を伸ばし、俺の前髪を整えてくれる。

 そうだよ、悪い夢だ。

 あれから10年と少し。俺たちは大人になった。

 俺はナオと一緒に暮らしている。

「相変わらず野太い声を出すんだな、アオイはー」

 俺の髪を整えていたナオの手が、背中に回り、引き倒された。

「そういうところも可愛いんだが」

 俺に被さってくるナオ。顔が近づいてくる。ナオの呼吸音が聞こえる。

「愛してるよ、アオイ」

「俺もだよ、ナオ」

 そして俺たちは……


「グうぉおぉーッ!」

 腹筋だけで飛び起きた。布団が吹っ飛んだ。俺はベッドの上に立っている。つま先立ちで立っている。

「すげぇ夢を見た。悪夢だ。……夢の中でもう一つ酷い夢を見た……気がするんだが、何だったかな? あれ?」

 いやにもの悲しい夢を夢の中で見た気がするんだが……記憶が蒸発したような?

「うー。くそー」

 俺は着替えて、下へ降りた。

 食卓には先にナオが付いていた。

「おはようございますゴツン!」

「いてっ! なにすんだよ?!」

 ナオが悪いようなので殴っておいた。

「夢見が悪かった」

「どんな夢だよ?」

「思い出すのもおぞましい。えーっと……」

 アレ? 記憶が薄れてる? 必死で思い出そうとしてるんだが、取っかかりがシュルシュルと音を立てて消えていく。とうとう、全部忘れてしまった。

「……忘れた。なんか、切ない夢だったような? 嬉しい夢だったような?」

「殴られた僕は良い迷惑だ」

「すまん」

 お詫びの印として、スカートをめくり上げ、今日のおパンツを見せておいた。

「反省しているならそれでヨシ。以後、詰まらぬ理由で人の頭を叩かないように」

 ナオが心の広い男で助かった。


 さて、五月も半ば。

 連休最後にブチかました、こっ恥ずかしい一件があった後、お母さんと翠との関係も変わった。

 変なよそよそしさが抜け、より仲良くなれた。

 どれくらい親密になったかというと、ナオと話せることは全て話せるほどにだ。


 それから、も一つ変わったことがある。

 それは俺の髪型。

 あれからすぐに心機一転と称して、お高い美容院で髪型を作ってもらった。作ってもらった?

 タカラズカの男役風にした。横分け的な? 鋭角的な? 

 髪は切ってない。今の長さのままで(ちょっとだけ整えた)髪のセット方法だけを変え、それを教えてもらった。


 スカートはいてるけど、男っぽくやっていこう! と思っただけなんだが、やたら女の子達にウケが良い。

 離れたクラスの子も俺を見に来る。それだけじゃなく、上の学年の女の子も見に来る始末。

 初日はユキちゃんの「んなななななななー!」で出迎えられ、明日香に至っては頬を染めて顔を合わせてもらえない。……明日香というキーワードに何か引っかかるんだが……ま、いいか。

 吉田は「あっ! ゐっ! ウっ!」とア行変格活用している。


「そんなに似合うか?」

「似合う似合う! 学校一の美男子だ!」

 ナオまでもが褒めそやかす。

「そうかなー」

「似合うわー! 男前! 今夜はお姉ちゃんね」

 好きな子に褒められてたいへん嬉しいが、翠もなかなか言うようになった。

 いちおう、ややこしい目に合うのはごめん被るのと面白そうなのとで、公的には女の子らしく振る舞っている。

 セーラー服着て、早1ヶ月と幾ばくかが経とうとしている。スカートにも慣れた。内股にも慣れた。女装にも慣れた。

 でも、ミニスカートはいて、がに股アクションは映えると思うの。by女の子風ケロッ。

 

 して――

 お昼の給食。

 そうちゃん、このみちゃん、ユキちゃん、明日香で机をくっつけて食べている。

「美少年を見ながら食べる給食も、オツなものですなぁ」

 嬉しそうなこのみちゃん。

「アオイっち、彼女、募集してない?」

 そうちゃん、完全にナオをふったね。

「じゃ、わたしも彼女候補に混ぜてもらっていい?」

 明日香ちゃんなら土下座してでも彼女にしたいけど、翠は一夫一婦制主義者なんだ。

「いいよーんんなー」

「勝手に決めるな」

「ななんななんなんぎゃぎゃオギャオギャオギャ」

 ユキちゃんが赤ちゃんになった。


「さてと……」

 みんなより遙かに早く食べ終わった俺は、残しておいた牛乳を嗜みながら、しばし女子中学生(JC)の食事風景などを観覧して心の潤いを補充していた。

「おまたせー!」

 お弁当がやってきた。翠がやってきた。

 可愛いハンカチ? を解いて、これまた可愛い柄入りの、小さな弁当箱の蓋を開ける。おお! 今日も茶色い!

 はぐはぐがつがつ、とすぐに平らげる。これでようやく腹が落ち着いた。

「むーむー」

 俺の膝に座った翠だが、後頭部を胸に押しつけてくる。

「お姉ちゃん、少し大きくなった?」

 3メートルは向こうで背中を向けて座っている吉田の耳がピクリと動いた。よく拾えるなぁー。

 最近の吉田は、俺のアドバイスもあってか、変質的な言動を慎むようになってきた。そのお蔭か、女子の間でも特別警戒態勢は解かれ、通常の警戒態勢へと移行していた。

 あいかわらず吉田は俺に執着している。絶対叶わぬのが恋だとか、いまだに、どうにもこうにもな痛い台詞を吐いているそうな(ソース=ナオ)。


「おい、触らせろんやー!」

 ユキちゃんが腕を伸ばしてくる。

「あはは!」

 さりげなく、合気の技を使ってユキちゃんの魔手を退ける。背徳感に因る愉悦を求め、触らせていた時期があったのだが、翠が泣いて抗議するものだから、触らせないようにしている。……翠がいない場所ではアレだ。内緒だ。

「お姉ちゃんのオッパイに触って良いのはわたしだけなの! ぷっぷく!」

 可愛くほっぺを膨らませ、早速抗議の声をあげる翠。ついでに触ってくる。

「羨ましくないのらよ! ぷっぷく!」

 ユキちゃんもほっぺを膨らませる。

 流行ってんのか?

 

 俺の胸の成長は、目を見張るものがある。

 あの赤ちゃん化(俺が)事件以来、目に見えて膨らんできてる。現在、どうにかこうにか鑑賞に堪えられる規模にまで育成された。促成栽培か?

 あの時、感情を爆発させたことにより、なんらかの変化による影響により、身体に課せられていた忌まわしき封印が解け、本来成長していたはずの規模にまでオッパイが育ったのだろう、という俺の説を公開したら、ナオと翠に笑われた。

 特に封印の下りで。

 そんなら理解してくれる人に話す! とばかりに明日香にも説明(翠との関係は内緒)したのだが、封印の下りで眉をひそめられた。おまけに「封印さえなければいい話で終わっていたのに」とぼやかれる始末。

 解ってない。全然解ってないぞ、お前ら! 男のロマンが!


「説得されろよオラァー! おパンツ見せるからさぁー!」

 とまで言って、やってみせて、ようやくナオだけは説得できた。


「そういや、アオイ、去年の血のクリスマスでさ――」

「血のクリスマスって言うな!」

 島で、俺が初めての出血を起こして倒れた惨劇の事だ。

「――あの日倒れる直前にさ、約束したのを憶えてないか?」

 おうちのリビングで、喉が渇いたからと冷蔵庫を漁っていたときの事だ。ナオがジュースを取りだした。

「あー、あれね」

 もし、お互いどちらかが女になったら、って仮想の約束だ。


「おパンツ、見せてやったろ? あと、俺のおパンツ、頭から被らせてやったし、クンカクンカ用に貸し出した事もあるだろ? あれ、返すつもり無いなら買い取れよ」

 ナオは財布から札を取り出した。


 最初に言っておくが、俺の精神と肉体は別れている。とある一件よりこっち、より酷くなっている。

 中身は男。外身は女。

 外身の女は自分じゃないって感覚だ。だから、自分で自分をナニするし、自分の見た目(美少女)にドキドキもする。テレビの向こうで踊って歌うアイドルの様な存在で、俺の意思で自由に出来る存在でもあると言えば解ってもらえるだろうか?

 この感覚、上手く表現できないんだ。……近いうちにノリ子さんに相談だ。


「約束は約束なンで、約束を果たしたつもりだが?」

「もう一個、残ってたろ?」

 ナオはコップにジュースを注いでいく。濃縮還元100%オレンジジュースだ。

 但し、コップは一つ。

 俺の分は自分で注げってか? ケチ臭いヤロウだ、って言ってやろうとしていたら――。

 ナオのヤロウ、一つのコップにプラ製ストローを2本差しやがった。


「憶えてるかな-。ほら、『一つのコップから2つのストローでジュース飲もうぜ!』って約束」

「あー……したな」

 憶えている。ナオが俺をおぶってくれて、必死で走ってくれた。その時の約束だ。

「おい、まさかお前……」

 しくじった。憶えてないと言えばよかった。俺の正直者さんめ!


「僕もさ、最近色付き始めてね。排泄欲の方はアオイで処理してるから良いんだけど、彼女欲しいの。でもいないの。だけど美少女と『一つのコップから2つのストローでジュース飲もうぜ!』はどうしてもやってみたいの。協力してくれアオイ。アオイの中身はアレだけど、見た目はドキッとする美少女なんだから」

 そう言ってナオは片方のストローを咥え、もう一本を俺の方へ傾けている。

 ぬー、約束は約束だしなー。あの時、助けてもらったの、ホント感謝してるしなー。ナオも体長悪かったのに、無理してくれたもんなー。あの後、ナオも熱出して寝込んだしなー。

 ことわりきれねぇ……


「くっ! 殺せ!」

「そこまで言わなくても……」

 差し出されたストローをガッと咥える。

 おでこがくっつきそうになる。ナオの鼻息が聞こえてくる。

 ……気持ち悪いような、甘ったるしいような? 

 えい、ままよとストローを吸った。

「せーの、ズゾゾゾゾゾゾ!」

「ロマンーッ!」

 ナオは泣きながらストローに吸い付いた。

 ズゴゴゴゴ―ジュゴ―ッ。どちらがより多く飲めるかの競争が始まった。

 ジュースはあっという間になくなった。

 よかったな、美少女と一緒に一つのコップから2つのストローでジュース飲もうぜ! ができて!


 しかしなー、……ナオのことだから大丈夫だと思うんだが……恋人飲みを俺と? まさか俺の事を?

「なあ、アオイ……」

「え? ちょ、ナオ! まさかお前」

「次いつ女の子紹介してくれるんだ?」

「え?」

「アオイ、ゆってたよな! 俺に気のある女の子紹介してくれるって!」

「ゆった! たしかにゆった!」

 よかった。ナオが俺を見る目はエロ目的であって、恋愛対象じゃないんだ。 

 

 

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