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25.モーニングディスカッション


「うふぅぇぃおぉー」


 目が醒めた。スマホに表示される時間は……日の出直後。

 結局、さほど寝られなかった。全部吉田のせいだ。

 あのあと、他愛ない会話をいくつかしただけで解散となった。


「ぬおぅ……」

 重たい体を引っ張り上げて外へ出る。洗面とかオシッコだとかだ。

 

 

 結局ンコも出た。びっくりするくらいたくさん出た。女の子も山盛りンコするんだ。

 ああ、朝の山の空気は美味い、すがすがしい。


 でもって、睦月家のテントのお隣。案の定、文月先生が火起こしに失敗していた。弥生さんの眉がハの字になっている。美人さんはどんな表情をしていても美人さんなところに憧れる。


 ちょうどいいや……。


 火をささっと起こしてあげた。この親切が一学期の成績に反映されることを切に願う。

 でもって、ついでとばかりにコーヒーをいただいている。いい女は朝の起き抜けにブラックコーヒーを飲むのだ。


「へぇ、如月さん、ブラックで飲むの? 先生も弥生もミルクとか入れないと飲めない」

 ……そうっすか?


「あーっとね、ちょっと先生を見込んで、人生相談があるんですけど……」

「なにかしら?」

 文月先生は腰が引き気味だ。後ろの方で弥生さんが空気になった……耳はダンボだけど。


 俺は、ここで賭けに出る。賭というか、今が人生の大きな転換点(ターニングポイント)なんだという確信があった。


「実は私、男の子に興味が無くって。女の体を見を見ると性的興奮をする体質みたいなんです。これって、変なんでしょうか? 病院行った方がいいんでしょうか?」

 カミングアウトです。先生に人生の指針を示していただければ幸いです。ダメで元々だから。

 でなんでこんな事を切り出したかというと……吉田の影響だ。あいつが全て悪い。あいつは純粋に男の子だった。一方、俺は、なんなんだろう?


「……どうしてそれを。先生に?」

 先生の質問返しには直接答えないでおく。質問を続ける。

「同性同士の恋愛って、成立するんでしょうか?」

「如月さん――」


 無視して続ける。


「それは、セックスの上に成り立つのでしょうか? 恋愛が有ってからのセックスでしょうか? 解らないんです。私、まだ生まれてきて13年経ってないし。答えを聞きたい。私が言ってることは本当のことです。疑わないで」


 先生は俺の顔を見つめている。じっと。何も言わず。

 チラリと弥生さんを見た。弥生さんは俺の視界の外だから、先生へ向けた合図があったか無かったか。それは判らない。


 このタイミングで先生が口を開いた。

「如月さん、どうして、それを先生に聞こうと思ったの?」

「その指輪」

 先生と弥生さんの小指を飾る小さくて可愛いリング。今更隠しても遅いです先生。


「よく恋人同士が付けてるリング」

 先生は俺が子供なので知らないと思っていたようだけど、知ってました。

 実は、恋人の翠とお揃いで買おうと考えていた時期がありまして……。お高いので諦めたけど。お小遣いを貯めてます。


「あと、お揃いのスパッツだとか、お互いを見る目だとか。そのほかにも色々と」

 先生の眉根に皺が入った。チラリと弥生さんを見ると、彼女は能面のような顔をしていた。

 2人は女性同士。そして恋人同士だと俺は言っているんだ。

 簡単な推理だ。昨夜、テントの中から様々な声や音が聞こえてきたのだ。


「相談というのは、実は、好きな女の子がいて……。その子を抱きたくて……」

 翠のことだ。

「その子も、自分を好きだと言ってくれていて。でも、彼女を求める自分の気持は……。本当にその子が好きだから好きになったのか。それとも、女の子しか愛せない私を好きになってくれる女の子と滅多に出会えない。でも、私を好きだと言ってくれたから、それを唯一のチャンスととらえて、好きになってるのか。趣向さえ合えば誰でも良かったのか? 性欲から来る恋愛なのだろうか? これが本当の恋なのか、なんだか解らなくなって、迷ってしまって、今を全部壊してしまうんじゃないかって、苦しくって……」


 苦しいのはホント。解らなくなってるのもホント。家族だから、家族が壊れるんじゃないかって。

 そんなの嫌だ。家族を壊したくない。でも、翠が好きだ。恋している。……それが問題で。


 俺は、翠に恋しているのか? この焦がれるような感情は、恋から来るものなのか? それとも性欲から来るものなのか?


「如月さん、それ、何かの脅し?」

 文月先生に逆襲された。……ああ、最初にカマシ過ぎたのが原因か……

 引き時か? いつものように、一人で答えを出さなきゃならないのか?


 だれか、助けて……言われた通りにするから。命令でも良い。従うから、ここから救い出して!


「礼子、この子、ギリギリみたいよ」

 助けてくれたのは弥生さんだった。


「この子、ギリギリまで頑張ってる。ギリギリまで1人で抱え込んでいる」

 そ、そうなのか? 俺、まだ抱え込んでるのか?


「でも、この子、私たちのことを――」

「礼子、あなたは教師なのよ。教え子が泣いているのよ。そんな時、教師ならどうするの? 礼子!」

 先生と弥生さんが睨み合ってる。


 ここだ! ここが俺の生きていくための始発点なんだ!


 俺は正座した。頭を下げた。


「苦しいんです。せんせぇー」

 涙がポトポト……


 翠は言っていた。いつも笑顔でいる俺が好きなんだと。翠に言われて気がついた。俺は好きで笑ってるんじゃない。

 俺は、笑顔という「鎧」で、他人の心から自分の心を守ってるだけなんだ。


「……答えは、解らない」

 先生からの、それは辛い回答だった。


 俺はズボンの生地をギュッと握った。それはまるで夕べの吉田のようだった。


「でも、如月さん、誤解しないで。それは人それぞれ、わたしと弥生の関係が、如月さんに当てはまるか解らないって意味よ」

 先生の手が、俺の背中に触れた。優しく撫でてくれている。


「先生達の場合は……なんだったけ? 覚えてないほどの些細な出来事が始まりだった。お互いを求めたのはずっと後になってからだった……」

「運命の出会いを忘れるなんて。礼子はひどいなぁ」

 弥生さんだ。声に非難はない。むしろ笑っている。


「わたしは覚えているよ。高校に入学して間もなくの頃、毎日図書室で宿題やってたのよね。で、そこにいた眼鏡の子が夕日を背景にして透けて見えていたの。すごく綺麗だった。それからずーっと気になってたのよね。3年生になったとき、適当に座った席の隣を見たら、礼子が座ってた。あ、図書室の子って声にでたの。そしたら礼子も、図書室の子って。あっけにとられて、どちらも大笑いで。それからね、付き合いだして、すぐに恋愛感情に気づいて。でもって、今日ここでキャンプに至ると」

 弥生さんは気遣ってくれている。なるべく軽い口調で話すように気を遣ってくれている。優しい人だ。


「思いだしたわ。案外軽めの出会いだったでしょ? そんなものよ、出会いって」

 先生は、ずっと背中を撫でてくれている。

「まず出会いがあって、そこから始まるのよ恋は。だから出会いがないと恋は始まらない。出会いがとんでもない出会いだったとしても、出会いは出会い。さ、顔を上げて……」


 先生の両手が俺の顔に伸びた。そっと包まれ、顔を上げさせられる。

 優しい顔をした先生が俺を見つめてくれている。

 後ろの方で、弥生さんが微笑んでいる。


「だから、先生は思うの。出会いが先で、恋が後だと。如月さんは、その子と出会ったのよ。出会ったから恋が始まったのよ」

 出会ったから恋が始まった?


「横から口を挟んで申し訳ないけど――」

 弥生さんだ。


「女の子同士の恋愛だけど。わたしは普通だな。好きな人が偶々同性だっただけ。男と恋愛するのと同じ。相手を大事に思う、相手から大事に思われたい。それは男でも女でも同じでしょ? 相手を壊したい、なんて想いは愛でも恋でもないわ。だから、お相手の子も、如月ちゃんの事を大事に思ってくれている。だから、相談する相手が違うわね」

「そうね、先生に相談しても解決しないわ。でも答えだけは教えてあげられる。如月さんが相談する相手は、その子よ。自分が悩んでいること、恐れていること、自分だけ抱いてないで、それを2人で話し合いなさい。2人の出会いを育てなさい」


 俺が恐れていたことは、翠と話し合う事だった。

 俺が恐れていることを全て話して、怖くないように2人で協力すればいい。のかな?

 家庭を壊さない。それが絶対条件。何もかも欲しいのは……何もかも欲しがっていいのか? 相手にぶつけて良いのか?

 俺は、ずっと自分で抱かまえ込んでいた。そして抱きかかえきれず自滅していた。


 翠に相談すれば良かったんだ。秘密にする意味なんて無かったんだ。


「ほらほら、すっきりした顔になってるわよ」

「あらほんと、やっぱり如月ちゃん、可愛い顔してるわ」

「ちょっと弥生。相手は未成年よ」

「何考えてるんですか礼子サン? 破綻教師ですか?」


 お二人のイチャイチャを見せつけられて、翠の顔を見たくなってきた。

 なんかすっきりした。

 すっきりしたら、お腹減ってきた。



 ……お腹が減ったけど、別の何かが俺の胸の中で渦を巻き始めていた。



「あの、有り難う御座います。先生」

「教師は教える人のことだから、お礼なんて要らないのよ」

「あ、わたしOLだから、私にはお礼言って欲しい!」

「このお礼は……いつか体で払います」

「言うわねこの子」

 



次回最終回です。

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