21.睦月家キャンプ初日
連休谷間の一日だけの登校日描写はパス。
担任の美人女教師、文月先生が「ハメ外しちゃいけません!」と、厳しい顔と目でご注意されたことだけがご褒美だ。
日時は連休後半の3連休。睦月家のバーベキューキャンプの日である。
葉月家の時と違って快晴だ。クソみたいに暑い!
それこそ親の敵のように肉を買いまくっておいた。どれだけ買ったかというと、前日の晩ご飯がお茶漬けだけになってしまったほどだ。
「ではしゅっぱーつ!」
異常にテンションの高いノリ子さんの合図で、おじさん運転の車が走り出した。睦月家は機能優先の2000cc箱バン車だ。
おじさんの運転は穏やかなので車酔いしない。だもんで、後部ゆったり座席は俺とナオで占めている。助手席はハイ状態のノリ子さんだ。
「俺、行き先聞いてないんだけどね」
ミステリーツアーだ。
「では、走り出したことですし、行き先を発表します! 模糊高原蜜杖キャンプ場よ! 本格的なテントよ! テントを貸し出してくれるの! 最上級テントを予約しておいたから、もうアレよ、ばっちりよ!」
ノリ子さんがハジケてますが。
「……それ、葉月家と一昨日行ってきたところ」
急に車内の温度が下がった。
「バンガローに泊まってきた。被ってしまいましたね」
「……肉の量は負けてない。負けてないわーっ! 好きなだけ食べなさい!」
「肉食えるから、いっか!」
そして、車窓は見慣れた景色を映している。だいたい一昨昨日に見た覚えのある景色であった。
車内で会話が途切れたときだった。
「碧ちゃん」
ノリ子さんの口調が変わっていた。
「姓変更へ変更の手続だけど、書類が整ったわ。連休明けから手続きに入れるけど、どうする?」
性の変更じゃないよ。姓だよ。如月姓から葉月姓へ変えるんだよ。
「ああ……すぐにお願いします」
高校へはいるまで待とうかと思ってた、どうにも我慢がならなくなっていたんだ。
しばらく。車内は無言となった。
「そこが受付です。入って右がカウンター。左奥が銭湯です。入湯料は500円。ちなみに、あそこのボブスレーも1回500円です」
「……はい」
まるで一度来たことがあるようにスムーズに手続きが進んでいく。
キャンプ村に到着したのは昼もだいぶ過ぎた頃。睦月家も寄り道が大好きな家系らしい。
車を入れたのはオートキャンプ場。所定のテント前。3日前に泊まったバンガロー施設の手前に設営されている。テント専用キャンプ場。20区画ばかりある。
ここは変わっていて、テントの設営と撤収をお客がすることになっている。上級者向けとお断りがしてある。
俺たちは島でよくテントを張っていたので(火山噴火避難訓練と遊びで)、手慣れたものだ。誰も何の指示もないのに、それぞれがそれぞれの場所で臨機応変適材適所に組み立てていく。
ものの5分で活動開始可能になった。
ここへ来たとき、隣もテント設営を開始していたようだが、楽に追い越してしまった。ふふふ、自慢だよ!
「アオイ! アスレチック行こうぜ! ボブスレー行こうぜ!」
テンションが高いナオも珍しい。子供のようにキラキラした目で川向こうの遊具ゾーンを見つめている。
「じゃ、まずはボブスレーね。ナオのおごりね。俺が先ーっ!」
急に走り出してやった。なんだかんだあって、今日は最初から短パンを履いている。おパンツみたいにハイカットされた股下丈のハイウエストジーンズだ。
「あッ、狡いぞあおい!」
はははっ! ガキめ! あ、転んだ!
そしてボブスレー。
ナオが1番。俺が2番目に滑る。転けてる間に抜かされたのだ。
ナオは、初見なのと速度になれてないのが災いし、後発の俺に追いつかれてやがんの。減速したいであろうコーナー入り口でガンガンぶつけてやる。
「やめっ! ちょっ! やめ!」
必死だな、ナオ。
でまあ、そこら辺のアスレチック設備で大笑いしながら遊んでいる。自分でも子供っぽいとと思う。
島だと木の枝や岩が遊具だったけど、本土じゃ立派な鉄棒やネットが遊具だ。
翠と来たときは全力を出せなかったが、今回、相手はナオだ。全力で突っかかってやった。体格的に差が出てきた今日この頃だが、互角に戦え(遊べ)た。ここを経験した事のある俺に、一日の長があったのだろう。
「ぬぉー!」
ブランコから射出された俺は、横回転を入れて着地した。
「あれ? 如月さん?」
「え?」
振り向くと、同世代の男の子が突っ立っていた。ずいぶんとチャラい服装だ。 誰だこいつ?
チャラ男は、俺の頭の天辺から、爪先までジジジっとスキャンするように視線を動かした。一瞬太もものところでスローになる。どっかで経験した視姦方法だぞ? 俺が翠を弛緩する手順に似ているぞ?
「あれ? 吉田じゃないか? なんだ吉田もここに来てたのか? 家族で?」
ナオが不審者の正体をいち早く見抜いた。
「うん、家族で。おとーちゃんと、おかーちゃんと、弟で」
なんだ、吉田か。学生服着てないから判らなかった。
「……えーっ! 吉田も来てるの?」
「き、如月さん。こんなところで一緒になれるなんて……これはもう運命だね!」
「お、私はナオと一緒に来てるんだ。吉田とナオは運命共同体なのかな?」
「お断りだ!」
なぜかナオの機嫌が悪くなっている。BL流行ってるんだけどなー。お母さんと翠の間で。
「俺もバンガローに泊まってるんだ。如月さんはどこ、かな?」
後頭部をガリガリ掻いてるが、掻きすぎると血が出るぞ。
「僕たちはテントの方だ」
「睦月にゃ聞いてねぇ! ってか如月さんをテントなんかに泊まらすな! 不用心だろ!」
吉田が牙を剥いた。そして、俺の方へ紳士的な作り笑顔を向けた。いつも通り底の浅いヤツ。
「へー、実は私も3日前にバンガローへ泊まってたんだ。吉田は何号室?」
「1号室です!」
「私が泊まってた部屋だ」
「え?」
「あそこ、たまにトイレの水が流れにくくなるけど、2度流せば大丈夫だから」
「トイレ……」
吉田が何か想像した。何だろう。俺だったら――
『私が泊まって部屋だ』俺が寝ていたのと同じ場所で寝られる。
『あそこ、たまにトイレの――』俺が生尻をおろしていた便座がある。
なるほどぉ。こいつぁ俺が小悪魔になるしかないぞぉ。
「トイレ、誰かが使う前に教えてやった方がいいかも?」
『誰かが使う前に……』ぼそりと呟いたら――
「あ、俺、財布忘れてきた。じゃぁまたね!」
挨拶もそこそこに、吉田が駆けていった。
大丈夫かな? 家族で一部屋だ。至高れないぞ!
翠達とお泊まりしたバンガローに吉田が宿泊している。
翠達と遊びに来たテント村に睦月家と遊びに来ている。
「偶然とはいえ、被るときは被るのなー。吉田じゃテンション下がるなー。女の子だったらなー。おパンツ姿が拝めるかもなのになー」
俺は頭を捻っていた。拠点のテントへ帰る道すがらである。
「これで夏目とか水無月とかが来てたら、神の存在を信じるよ」
ナオも腕を組みながら歩いている。
俺たちのテントで、おじさんとノリ子さんがバーベキューの支度をしていた。
お隣の区画では、まだテント張りに悪戦苦闘しておられた。ど素人が!
グチャグチャになったテントから顔を覗かせたのは若くて綺麗なお姉さん。
「ナオ!」
「アオイ!」
俺たちはダッシュした。
「私、お隣です。組み立てのお手伝いします!」
こう言うのは、男のナオが声をかけるより、ガワが女の子の俺が声をかけた方が良い。同性と言うことで防御に綻びが出来る。
「ありがとう!」
ほーら、笑顔のお姉さんだ。
「手伝え、ナオ!」
「がってんだ!」
てきぱきと……まずは全てを撤去して一から組み立てていく。そっちの方が早い状態だった。
どうやら、綺麗なお姉さんは仲間と2人出来ているようだ。お連れさんも女性っぽい。手伝ってくれるが足手まとい……あれ? 何処かで見たようなアンダーフレームの美人?
「文月先生!?」
「如月さん、睦月さん?」
キョトンとした顔の文月先生。たいへん可愛い。先生ってばこんな顔も出来るんだ。
これは! おパンツの可能性が高まったか!?




