20.家族を感じる
飯も食ったし、日も暮れた。
そわそわそわそわ……
……風呂だ。公衆欲情……もとい、公衆浴場だ。
そわそわそわそわ……
「そろそろ、風呂、入るかぁ?」
「そうね」
キター!
「じゃ碧ちゃん、わたし達先に入るから。お留守番お願いね」
……え?
「な、なに言ってんスか? みんなでお風呂に行きましょうよ」
「え? だって碧ちゃん、男の子でしょ? 中学生にもなって、お母さんや翠と一緒に入れないじゃない」
「……え? は? 意味わかんねぇっスけど? 女同士でしょ? 翠、お姉ちゃんと一緒に入るよな?」
「お姉ちゃんゴメン! お母さんが怒るの」
「は? お母さん?」
「だって、碧ちゃん、翠の裸を見る事になるのよ。絶対嫌らしい目で見るじゃない? だめよ、お母さんの前でそれは!」
くっ! お見通しって事かッ!
「今の時間、女風呂は混雑してるの。碧ちゃんは女の子が少なくなった時間帯で入りなさい。なにも、人がまったく居ないときに入れとは言ってません。女の子が居ればラッキーと思いましょう」
そんなくだらねぇ理由で、別々に入る事となった。
お母さんと翠の風呂は、めっちゃ長風呂だった。
女子の入浴者数が少なくなったのを見極めるまでゆっくりしてから帰ってきたとしか思えない。チクショー!
着替えとかを袋に詰め込んで、バンガローから飛び出した。
外は真っ暗。風呂への道は多数の街灯で昼間のように明々としていた。とはいえ、夜は夜。山は山。この時間帯に、お母さんと翠の2人を外へ出すわけにいかない。
俺1人だったら、何かがあってもなんとかできる。正しい判断だ。お母さんは俺を信じてくれている。
銭湯は受付施設の入り口をくぐった先だ。安全を考えての配置だった。
入湯料を払って男風呂の暖簾を……くぐりそうになって奥の女風呂の暖簾をくぐる。
女風呂の脱衣場。世のノンケな男共なら誰しも憧れる女子脱衣場。
だれもいねぇ……。
万が一を期待して、のそのそと服を脱ぎ、のそのそとタオルを肩に担ぎ、のそのそと風呂場へ入った。
あ、人がいた! 向こう向いて湯船に浸かってる。
俺は大急ぎで湯を被り、お股その他をゴシゴシ洗って流して、湯船に浸かった。
すーっと、ごく自然に対面へと移動して、すーっと自然に振り向いた。
おば-ちゃんだった。
すーっと横を向いて丁度一回転。
しばし、気まずい空気が流れる。
「お一人?」
おばーちゃんが声をかけてきた。
「えーっと、家族とです」
「そう、いいわねー!」
会話は続かなかった。
それなりに長湯したが、女の子は一人も入ってこなかった。
「ふぅ……」
湯上がり。髪を乾かした後、受付横ロビーに設置された自販機でジュースを買って飲んだ。
火照った体に冷たいフルーツ牛乳が浸みる。
大学生くらいの男がチラっと視線を合わせ……それだけで何もせず出ていった。興味ありそうな目だったけど、守備範囲外だって顔をしていた。
俺、まだ中1だし。体の線も細いし貧弱だし。女としての魅力に欠けるんだろうな。
……おかげで助かった。
女の子にとって、世界は危ない事だらけだった。……これ、原始時代の頃、どんなんだったんだろう?
さて、フルーツ牛乳ものみっきったし、表に出る。
明るい夜道を歩きながら街灯を見上げる。大型の虫が光に集まっていた。支柱に止まっているのはトンボ……のような?
むう? 普通のトンボのデザインしてない。腐海を飛んでるトンボに似ている。古代トンボ?
俺は違う事を考える事にした。
そうそう、さっき、なんて思ったんだっけ? 「女としての魅力に欠ける」ってか?
それは対外的にか? それとも自分自身にか?
「あっ! 雨が!」
1日中曇り空だったから、雨が降るのも時間の問題だと思っていたんだ。
俺は走ってバンガローへ向かった。
「はい、ただいま。雨降ってきたよ!」
「濡れなかった?」
お母さんが心配してくれた。タオルを持って出迎えてくれた。
「大丈夫だったけど、明日は雨だね」
やがて、ゴァー! とか音を立てて本降りとなった。
「車で来たから雨の心配は要らないわ」
雨の日に、あの細い村道を走るのか……やだなー。こわいなー。
「お風呂、結構綺麗だったでしょ?」
「思ったより広かったね!」
お母さんと翠が敷いてくれていた寝具の上で胡座をかく。これも持ち込みだ。
「受付の人に聞いたんだけど、この冬で風呂の内装を新しくしたんだってさ」
「へー、だから綺麗だったんだー」
「ふぉっ! あふぅ!」
「お姉ちゃん何してるの?」
「風呂上がりの柔軟体操。ふぉっ、あふぅ!」
仰向けに寝転んで右膝と左肘を付ける。次は反対側。それをゆっくり。
「わたしもするー!」
……こんな、たわいも無い会話が楽しい。平和だねぇ。
夜遅くまでトランプで騒いだ。大富豪だとか7並べだとかババ抜きだとかザブトンとかカブとか、日付が変わるまでキャイキャイと騒いだ。勝っては寝具の上で跳ね回ったし、負けては転げ回った。たーのしー!
でもって、一息ついてゴロンと横になったら、もうだめだった。電池切れだ。眠くて起き上がれない。
「ういー」
程よい疲れと興奮、そして眠気が気持ちいい。
仰向けになったまま目をトロンとさせていると、左横にお母さんが寝転んだ。右横に翠が寝転んだ。
お母さんと妹だ。その時、不思議と2人に女を感じなかった。家族を感じた。
窓にカーテンが掛かっている。外は暗いんだろうな。静かになると雨の音が聞こえてくる。雨の音で、静かさが心に浸みいる。
「さすがに夜は肌寒いね」
お母さんが右腕に両腕を搦めてきた。翠が左腕に両腕を搦めてきた。
お母さんが左足に足を搦めてきた。翠が右足に足を搦めてきた。
温かい。二人の温もりをこの体が吸収する。ああ、温かい温かい……。目を……閉じる……。
おっと! ちょっとの間に夢を見ていたようだ。内容は覚えてないけど。
「あれ?」
カーテンの隙間から光が差し込んでいる。朝?
シトシトと雨音が聞こえてくる。
今日は雨かー。
「すーすーすー」
右にお母さんの顔が! くっつきそうな距離で。腕を絡め取られている。
俺は、ガニ股状で寝ている。お母さんの太股が俺の太股、それも股の部分に巻き付いている。
「スースースー」
左に翠の顔が! 息が掛かってる距離で。太股が以下略。
「ぬごっ!」
か、体が! 固まって……痛ててて。一晩中、ガマガエルのような体勢で寝ていたと?
ぼきぼきミシミシと筋肉及び関節の音を立てながら、絡みつく二人の体より抜け出した。
「ひぃっ」
痛みを伴うストレッチでもって筋を伸ばして体調を整える。
そして、疲れているであろう二人を起こさないよう、そっと外へ出た。……歯磨きだ。
「参ったわね」
「新聞紙が湿って火が着かない。助けてお姉ちゃーん!」
「はいはい」
それなりの量の雨が降っていて、着火用の新聞紙が役に立たない。炭もしまい忘れていて、湿気ている。
「かっせっとこんろー! たったかたったたーんたたーん!」
取り出したのはガスボンベ式カセットコンロ。
「あ、ずるい!」
「何とでも言え。朝っぱらから火を起こす労力なんざ使いたくねぇんだ」
カチッ! ボン! 一発で炎が立ち上がる。文明の利器に敵うサバイバル技術無し。
やかんで湯を沸かす。
コンビニで買っておいた、カップに取り付けて使う挽粉コーヒーのアレを使う。
「はい、朝のコーヒー出来上がり」
「へぇ……」
翠が、俺の用意の良さに感心していた。
「山で朝に飲むコーヒーはまた格別ね。熱っ!」
仕事場で飲むと安物でもキリマンジャロみたいな味がする。と、ナオのお父さんが言ってた。ましてや大自然の真ん中で飲むんだ。格別な味がする。苦いだけでよく解らんけど、これがキリマンジャロの味かー。
これも用意しておいたカップスープにお湯を入れ、出来上がる前の時間を利用して、食パンを直火で焼く。
「あら。おいしい」
「パンが……」
「うまうまうま」
お母さんも翠も気にいて貰ったようだ。なんか直火で焼いた食パンって独特のおいしさがあるんだよね。塗り物いらずでうまうま。
さて、撤収だ。
荷物を車に放り込み、キャンプ場を後にする。
「ここ良かったね。来年も来たいなー」
翠がお気に召したようだ。
「俺もまた来たい。家族みんなでまた来たい。ね、お母さん、また来年もみんなで来ようよ!」
「うふふ、気に入って貰って嬉しいわ。それじゃ来年もここに来ましょう」
雨が降ってるが空と車内は明るい。雨ですら美しく見える。
昼過ぎには晴れるだろう。晴れた空もまた美しい。
連休後半は、ナオの家族と何処かでキャンプだ。それもまた楽しくなる予感がしている。




