表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/62

19.葉月家、キャンプ当日


「いくわよー!」

「いけいけー!」

 お母さんが車を出す。

 翠がハイテンションで腕を振り回す。

 あいにくの曇り空だが、暑くなくてかえって良い!

 

 模糊高原蜜枝村キャンプ場に向け、スタート!

 運転席はお母さん。助手席は俺。後部シートは翠という布陣。

 後部座席に俺と翠という提案もあった。俺はそれでも良いんだが、俺ってば、車で長距離を移動するのって初めてなんだよね……。本格的なキャンプも初体験なら、これも初体験。

 車酔い、大丈夫かな? って、こっそり漏らしたら、用心のため、助手席を進められた。


「碧の初体験はお母さんが頂くわ」

 はっはっはっ! お母さんの鉄板ジョークが炸裂した!


 それなりに整備された県道を下っていく。

 歌を歌ったり、どうでもいい思い出話を話したり、活動休止したアイドルグループ山風の噂話をしたりと、大いに盛り上がった。

 途中休憩やお昼ご飯を挟みながら、ナビの案内に従っているのに寄り道で道に迷ったりしながら、いよいよ蜜杖村に侵入!

 途中、タイヤを軋ませながら、対向が無理な、狭く、荒れた村道を走ったりして、とうとう蜜杖村立蜜杖キャンプ場に到着!


 ゴールデンウイークというのに、8分の入り。

 さすが、人知れぬ大人気スポット! さすが、知る人だけぞ知ってる有名観光施設!


 キャンプ場の敷地は広い。山肌を利用した……急な山肌を利用したアトラクション……手作り感に溢れるアトラクションが多数。キャンプ場利用者に無料解放されている。

 アスレチックはもとより、急角度の山肌を利用した長距離滑り台。ボブスレー? が、楽しみだ。


 車を進め、コテージ風建屋の受付でチェックインを済ます。ここにはキャンプで必要な物品が販売されている。万が一の時、頼りになりそうだ。……頼りにする気がする。


 して、施設だが――


 日帰りバーベキューサイトが沢山ならんでいる。バンガロー以外にもテントが使えるオートキャンプ場が20区画程。ってか、こっちが主で10棟あまりのロッジが副のようだ。

 指定された駐車場番号に車を侵入させて止める。カタカナの「コ」の字型にロッジが並び、中心のスペースが駐車場になっている。宿泊するロッジが目の前に設定されている親切設計である。


「はい到着ー!」

 お母さんがサイドブレーキを引いてエンジンを止める。どうにか車酔いは避けられたようだ。……実を言うと危なかった。車酔いは俺の弱点だな。


「お母さんと翠で鍵開けておいて。俺が荷物運ぶから」

「はーい!」

 ウキウキと飛び出していく翠。


 背中と両腕に荷物を抱え、バンガローへ向かう。入り口に個別の野外炊事場が沿え付けられている。ここで調理するんだな。


 中へ入ると――


「ほおー!」

 広い。12人は寝転がれる。天井が高い。声が反響する。床が荒い板造りのフローリング。丸太剥き出しで趣がある。

 でも、なんにも無い。


「風呂は? トイレは?」

「多分そこの扉がトイレ。それと駐車場に公衆トイレがあるけど、夜は使っちゃだめよ。特に碧!」

「……何で?」

「あ な た 女の子。美 少 女。夜 暗い 襲われる」

 わ、忘れてた。俺、女で美少女だった!


「念のため、言っておいて良かったわ。……お風呂は銭湯形式で一カ所ね」

 予約したのはお母さんだから、施設は一応把握しているようだ。


 時刻は午後3時をすこし回ったところ。寄り道が楽しかったんで時間を取りすぎた。だもんで到着時間も遅い。


「さて、どうしよう?」

「探検よ、探検!」

 翠が俺の腕を引っ張ってる。


「元気ねー!? わたしは疲れたから休憩させてもらうね!」

 そうだね。1人で運転してくれてたからね。……30代だしね。


「いま、失礼な目お母さんを見なかった?」

 鋭い!


「ちょっと待って翠。俺、着替えるから」

「えー、そのままで良いじゃん! 可愛いのに!」

 そうはいくか!


 俺は例のミニミニミニスカートをはいている。翠のたってのお願いで着てきた。さすがの俺も、この格好でアスレチックとかで遊びたくない。おパンツ丸見えになる。

 ぱっと見、若い男共もウロウロしていたし。

 と言うわけで、ジーンズのショートパンツに履き替える。


 ばさっとスカートを落として「「ウホッ!」」――ウホってなに?――短パンに足を通す。ベルトで調整。ウエストが緩いのでベルトを使ってるんだ。


「よーし、ドンとこーい!」

「「チッ!」」

 今、舌打ちしたよね翠。それとお母さんも。

 

「トイレがあって、炊事場があって……へぇ、揃ってるね」

 バンガローエリアを出て小道を歩く。片側に小川が流れていて、向こう岸の斜面が遊具ゾーンになっている。綺麗な水が流れる川だ。

 斜面を利用した、銀に輝くボブスレーのコースや、空色に塗りたくられた超巨大ローラー式滑り台が目立つ。あと、子供向けフィールドアスレチック施設が幾つか。

 遊具施設側に渡れる橋のたもとに、川遊びできる設備も。今はまだ水が冷たいので、利用は出来ないが。


「お姉ちゃん! こっち、ここ釣りが出来る。お魚さんが泳いでる!」

「ほほーアマゴ釣りか」

 島ではもっぱら海釣りでしたからなー。川魚とは珍しい。

「おや? お魚のつかみ取りもあるよ」

「だめッ! 手で魚掴むのだめッ!」

 ……女の子だ!


 一応端っこまで歩いておく。

 管理棟に隣接して風呂があった。ちゃんと男女別になってる。


「さて……」

 見るべき物は見た。来るべき所は来た。


「「アスレチックだ!」」

 俺たちは息の合った掛け声と共に、走り出した。


 真っ先に、翠と2人乗りでボブスレーに乗った。一回500円だ。

 翠をお膝に乗せ、勢いよく滑り出す。現実より見た目の角度がキツイ。


「え、こわい。普通に怖い。大丈夫? カーブを曲がりきれなくなって飛び出さない?」

 翠は心配性だなぁ。子供も使うんだよ。ブレーキ付きで安全なヤツなのに。

「ブレーキが壊れたー!」

「キャァァー!」

 とか意地悪をしながら高速で滑り降りた。


 いやー楽しかった。翠は半ギレだったけど。 

 

 キャイのキャイのと遊び回って、翠の可愛い姿態を堪能する。翠は動いているだけで可愛い。

「おっと!」

 日が大分傾いてきた。


「そろそろ戻ろう」

「えー! まだ明るいのに!」

 不満顔の翠だが、山の日の入りは早い。ましてや春。早くバンガローへ戻った方が良い。島での経験だ。

 そろそろ火の用意をしなきゃ、真っ暗な中で火を使う事になる。……あれ?


「翠、もしかして、お泊まりキャンプとか初めてか?」

「そうだよー。お姉ちゃんと一緒が初めてだよ-」

 するってぇとお母さんも初心者か?

 ()な予感がする。


 バンガローへ戻ると……お母さんが悪戦苦闘していた。

 バンガロー前に設営されているコンロの前で。


「碧ちゃん! たすけてー!」


 コンロの……炭熾き用の網(正式名称は知らない)の「下の床」に直接に敷いた炭が……っていうより、大量の固形着火剤が紅蓮の炎と黒煙を上げていた。

 お母さん、煉瓦造りの床に炭を敷いてる。本来、火の入った炭を乗せる網を調理する網と間違えたんだな。

 しかもこの炭、高級備長炭だ。火、付きにくそう……。


「うわー……」

 想定外だった。

 俺はてっきり、火が付かなくて困ってるか、まったく用意を始めてないかのどちらかだと思ってたのだが、まさか炎上していたとは。


「大変! お母さん!」

 慌ててお母さんを炎から遠ざける翠。まだ冷静だ。


「うわー……」

 俺は、鉄ばさみで炭を取り除いてから、前の駐車場より掬ってきた砂を捲いて着火剤の火を消した。

「お姉ちゃんすごい。冷静!」

「さすが碧。わたしの子」

 御託はいいよ。笑ってしまったけど。


「碧、褒められたときは、素直に喜んでいいのよ」

 お母さん……俺、褒められ慣れていないんだ。親父に褒められたって記憶が……

 今、フラッシュバックって言うの? 記憶が鮮明に再現された。


 あれは小3の時。苦手だった算数のテストで85点を取ったとき。

 これまで60点台が最高だったんだ。初めての高得点に有頂天となった俺は、勇んで親父に見せた。

「ちゃんと授業を聞いていれば100点が当たり前だろう? こんな点数、0点と同じだ」

 俺は……ただ、親父に喜んでもらおうって。一緒に喜んでもらおうって……思ってっただけで……。

 それからだ。俺は褒められないんだ。それでも褒めると、なんか裏があるって考えてしまう様になったのは。


 でも、お母さんと翠に裏がないって事くらい知ってる。

 上手く言えない。

 この感情(気持)。なんだろう?


「コホン!」

 咳払いして、ややこしい思いを横に置いておく。俺の長所は諦めが早い事と引きずらない事だ。


 さて、着火剤は……ほとんど残ってない。みっちり一袋に詰まってたのが残り1個。よく火事にならなかったな。


「ごめんね。でもどうしよう、着火剤が無いわ」

「受付で売ってた。わたし買ってくる!」

「ちょっと待ちなさい翠。俺がなんとかしよう」


 お母さんが用意した大量の新聞紙を半ページずつ幾つか切り裂き、雑巾を絞るように絞る。

「翠とお母さんも一緒に作ろう。コツはなるべく柔らかく絞る事」

「「はい」」

 よしよし。家族共同の作業もまた楽し。


「ほーら、火が付いた」

「ほんとだ!」

「お姉ちゃんすごーい!」

 女子2人の目がキラキラしている。

 裏の無い人に褒められるって、悪い気分じゃないな。


「ふふん! 島育ちは伊達じゃないぜ!」

 もっと褒めて! 褒められ慣れるためにも!


 炭にまで火が広がったら「調理用」の金網をセット。

 片隅に、お母さんが用意してくれていた飯ごうを乗せる。……念のため、中を確認してから。


「美味しい! お肉美味しい!」

「肉旨っ! 肉うまうまうま!」

「合うっ! 炭焼き肉がぬるいビールに合うわ!」


 肉類を載せるタイミングこそ俺が指示したけど、あとはお母さんと翠が喜んで調理してくれた。

 俺の仕事は、飯ごうを火から上げるだけだっだ。


「さすが男の子。頼りになるー!」

「改めてお姉ちゃんに男の子を感じた。もはやお兄ちゃんね!」

 褒めて褒めて、もっと褒めて!


 ……まあ、俺も、ここまでできる様になるまで、数え切れない程の失敗と炭化物を排出したんだけどな。


 カボチャ(女の子は好きだな)を始め、キャベツだとかモヤシだとか、いっぱい焼いた。焼きそばも作った。林檎も剥いてもらった。

 で、女の子の胃では納まりきれない量だったので、残りは全部俺が頂いた。ラッキー!


 褒められるって、気持ち良いものだったんだ。

 それと、家族の失敗は家族がフォローする。それも当たり前のように。笑いながら。


 ああ……これが心地よいって事なんだ……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ