19.葉月家、キャンプ当日
「いくわよー!」
「いけいけー!」
お母さんが車を出す。
翠がハイテンションで腕を振り回す。
あいにくの曇り空だが、暑くなくてかえって良い!
模糊高原蜜枝村キャンプ場に向け、スタート!
運転席はお母さん。助手席は俺。後部シートは翠という布陣。
後部座席に俺と翠という提案もあった。俺はそれでも良いんだが、俺ってば、車で長距離を移動するのって初めてなんだよね……。本格的なキャンプも初体験なら、これも初体験。
車酔い、大丈夫かな? って、こっそり漏らしたら、用心のため、助手席を進められた。
「碧の初体験はお母さんが頂くわ」
はっはっはっ! お母さんの鉄板ジョークが炸裂した!
それなりに整備された県道を下っていく。
歌を歌ったり、どうでもいい思い出話を話したり、活動休止したアイドルグループ山風の噂話をしたりと、大いに盛り上がった。
途中休憩やお昼ご飯を挟みながら、ナビの案内に従っているのに寄り道で道に迷ったりしながら、いよいよ蜜杖村に侵入!
途中、タイヤを軋ませながら、対向が無理な、狭く、荒れた村道を走ったりして、とうとう蜜杖村立蜜杖キャンプ場に到着!
ゴールデンウイークというのに、8分の入り。
さすが、人知れぬ大人気スポット! さすが、知る人だけぞ知ってる有名観光施設!
キャンプ場の敷地は広い。山肌を利用した……急な山肌を利用したアトラクション……手作り感に溢れるアトラクションが多数。キャンプ場利用者に無料解放されている。
アスレチックはもとより、急角度の山肌を利用した長距離滑り台。ボブスレー? が、楽しみだ。
車を進め、コテージ風建屋の受付でチェックインを済ます。ここにはキャンプで必要な物品が販売されている。万が一の時、頼りになりそうだ。……頼りにする気がする。
して、施設だが――
日帰りバーベキューサイトが沢山ならんでいる。バンガロー以外にもテントが使えるオートキャンプ場が20区画程。ってか、こっちが主で10棟あまりのロッジが副のようだ。
指定された駐車場番号に車を侵入させて止める。カタカナの「コ」の字型にロッジが並び、中心のスペースが駐車場になっている。宿泊するロッジが目の前に設定されている親切設計である。
「はい到着ー!」
お母さんがサイドブレーキを引いてエンジンを止める。どうにか車酔いは避けられたようだ。……実を言うと危なかった。車酔いは俺の弱点だな。
「お母さんと翠で鍵開けておいて。俺が荷物運ぶから」
「はーい!」
ウキウキと飛び出していく翠。
背中と両腕に荷物を抱え、バンガローへ向かう。入り口に個別の野外炊事場が沿え付けられている。ここで調理するんだな。
中へ入ると――
「ほおー!」
広い。12人は寝転がれる。天井が高い。声が反響する。床が荒い板造りのフローリング。丸太剥き出しで趣がある。
でも、なんにも無い。
「風呂は? トイレは?」
「多分そこの扉がトイレ。それと駐車場に公衆トイレがあるけど、夜は使っちゃだめよ。特に碧!」
「……何で?」
「あ な た 女の子。美 少 女。夜 暗い 襲われる」
わ、忘れてた。俺、女で美少女だった!
「念のため、言っておいて良かったわ。……お風呂は銭湯形式で一カ所ね」
予約したのはお母さんだから、施設は一応把握しているようだ。
時刻は午後3時をすこし回ったところ。寄り道が楽しかったんで時間を取りすぎた。だもんで到着時間も遅い。
「さて、どうしよう?」
「探検よ、探検!」
翠が俺の腕を引っ張ってる。
「元気ねー!? わたしは疲れたから休憩させてもらうね!」
そうだね。1人で運転してくれてたからね。……30代だしね。
「いま、失礼な目お母さんを見なかった?」
鋭い!
「ちょっと待って翠。俺、着替えるから」
「えー、そのままで良いじゃん! 可愛いのに!」
そうはいくか!
俺は例のミニミニミニスカートをはいている。翠のたってのお願いで着てきた。さすがの俺も、この格好でアスレチックとかで遊びたくない。おパンツ丸見えになる。
ぱっと見、若い男共もウロウロしていたし。
と言うわけで、ジーンズのショートパンツに履き替える。
ばさっとスカートを落として「「ウホッ!」」――ウホってなに?――短パンに足を通す。ベルトで調整。ウエストが緩いのでベルトを使ってるんだ。
「よーし、ドンとこーい!」
「「チッ!」」
今、舌打ちしたよね翠。それとお母さんも。
「トイレがあって、炊事場があって……へぇ、揃ってるね」
バンガローエリアを出て小道を歩く。片側に小川が流れていて、向こう岸の斜面が遊具ゾーンになっている。綺麗な水が流れる川だ。
斜面を利用した、銀に輝くボブスレーのコースや、空色に塗りたくられた超巨大ローラー式滑り台が目立つ。あと、子供向けフィールドアスレチック施設が幾つか。
遊具施設側に渡れる橋のたもとに、川遊びできる設備も。今はまだ水が冷たいので、利用は出来ないが。
「お姉ちゃん! こっち、ここ釣りが出来る。お魚さんが泳いでる!」
「ほほーアマゴ釣りか」
島ではもっぱら海釣りでしたからなー。川魚とは珍しい。
「おや? お魚のつかみ取りもあるよ」
「だめッ! 手で魚掴むのだめッ!」
……女の子だ!
一応端っこまで歩いておく。
管理棟に隣接して風呂があった。ちゃんと男女別になってる。
「さて……」
見るべき物は見た。来るべき所は来た。
「「アスレチックだ!」」
俺たちは息の合った掛け声と共に、走り出した。
真っ先に、翠と2人乗りでボブスレーに乗った。一回500円だ。
翠をお膝に乗せ、勢いよく滑り出す。現実より見た目の角度がキツイ。
「え、こわい。普通に怖い。大丈夫? カーブを曲がりきれなくなって飛び出さない?」
翠は心配性だなぁ。子供も使うんだよ。ブレーキ付きで安全なヤツなのに。
「ブレーキが壊れたー!」
「キャァァー!」
とか意地悪をしながら高速で滑り降りた。
いやー楽しかった。翠は半ギレだったけど。
キャイのキャイのと遊び回って、翠の可愛い姿態を堪能する。翠は動いているだけで可愛い。
「おっと!」
日が大分傾いてきた。
「そろそろ戻ろう」
「えー! まだ明るいのに!」
不満顔の翠だが、山の日の入りは早い。ましてや春。早くバンガローへ戻った方が良い。島での経験だ。
そろそろ火の用意をしなきゃ、真っ暗な中で火を使う事になる。……あれ?
「翠、もしかして、お泊まりキャンプとか初めてか?」
「そうだよー。お姉ちゃんと一緒が初めてだよ-」
するってぇとお母さんも初心者か?
嫌な予感がする。
バンガローへ戻ると……お母さんが悪戦苦闘していた。
バンガロー前に設営されているコンロの前で。
「碧ちゃん! たすけてー!」
コンロの……炭熾き用の網(正式名称は知らない)の「下の床」に直接に敷いた炭が……っていうより、大量の固形着火剤が紅蓮の炎と黒煙を上げていた。
お母さん、煉瓦造りの床に炭を敷いてる。本来、火の入った炭を乗せる網を調理する網と間違えたんだな。
しかもこの炭、高級備長炭だ。火、付きにくそう……。
「うわー……」
想定外だった。
俺はてっきり、火が付かなくて困ってるか、まったく用意を始めてないかのどちらかだと思ってたのだが、まさか炎上していたとは。
「大変! お母さん!」
慌ててお母さんを炎から遠ざける翠。まだ冷静だ。
「うわー……」
俺は、鉄ばさみで炭を取り除いてから、前の駐車場より掬ってきた砂を捲いて着火剤の火を消した。
「お姉ちゃんすごい。冷静!」
「さすが碧。わたしの子」
御託はいいよ。笑ってしまったけど。
「碧、褒められたときは、素直に喜んでいいのよ」
お母さん……俺、褒められ慣れていないんだ。親父に褒められたって記憶が……
今、フラッシュバックって言うの? 記憶が鮮明に再現された。
あれは小3の時。苦手だった算数のテストで85点を取ったとき。
これまで60点台が最高だったんだ。初めての高得点に有頂天となった俺は、勇んで親父に見せた。
「ちゃんと授業を聞いていれば100点が当たり前だろう? こんな点数、0点と同じだ」
俺は……ただ、親父に喜んでもらおうって。一緒に喜んでもらおうって……思ってっただけで……。
それからだ。俺は褒められないんだ。それでも褒めると、なんか裏があるって考えてしまう様になったのは。
でも、お母さんと翠に裏がないって事くらい知ってる。
上手く言えない。
この感情(気持)。なんだろう?
「コホン!」
咳払いして、ややこしい思いを横に置いておく。俺の長所は諦めが早い事と引きずらない事だ。
さて、着火剤は……ほとんど残ってない。みっちり一袋に詰まってたのが残り1個。よく火事にならなかったな。
「ごめんね。でもどうしよう、着火剤が無いわ」
「受付で売ってた。わたし買ってくる!」
「ちょっと待ちなさい翠。俺がなんとかしよう」
お母さんが用意した大量の新聞紙を半ページずつ幾つか切り裂き、雑巾を絞るように絞る。
「翠とお母さんも一緒に作ろう。コツはなるべく柔らかく絞る事」
「「はい」」
よしよし。家族共同の作業もまた楽し。
「ほーら、火が付いた」
「ほんとだ!」
「お姉ちゃんすごーい!」
女子2人の目がキラキラしている。
裏の無い人に褒められるって、悪い気分じゃないな。
「ふふん! 島育ちは伊達じゃないぜ!」
もっと褒めて! 褒められ慣れるためにも!
炭にまで火が広がったら「調理用」の金網をセット。
片隅に、お母さんが用意してくれていた飯ごうを乗せる。……念のため、中を確認してから。
「美味しい! お肉美味しい!」
「肉旨っ! 肉うまうまうま!」
「合うっ! 炭焼き肉がぬるいビールに合うわ!」
肉類を載せるタイミングこそ俺が指示したけど、あとはお母さんと翠が喜んで調理してくれた。
俺の仕事は、飯ごうを火から上げるだけだっだ。
「さすが男の子。頼りになるー!」
「改めてお姉ちゃんに男の子を感じた。もはやお兄ちゃんね!」
褒めて褒めて、もっと褒めて!
……まあ、俺も、ここまでできる様になるまで、数え切れない程の失敗と炭化物を排出したんだけどな。
カボチャ(女の子は好きだな)を始め、キャベツだとかモヤシだとか、いっぱい焼いた。焼きそばも作った。林檎も剥いてもらった。
で、女の子の胃では納まりきれない量だったので、残りは全部俺が頂いた。ラッキー!
褒められるって、気持ち良いものだったんだ。
それと、家族の失敗は家族がフォローする。それも当たり前のように。笑いながら。
ああ……これが心地よいって事なんだ……




