17.整理整頓
腹が重い。
ともすれば痛い。
体がだるい。
身体能力30%ダウンだ。
気持が沈む。頭が回らない。
色気のないおパンツを着用。
気力が30%ダウンだ。
体の具合は大したことないんだ。気力がね……気力が大きく落ち込むんだ。あと、理由のないイライラ。
思えば、金曜日は前夜祭だったのかもしれない。翌日、朝方の暗い内から始まった。寝不足だ。
でもって、土曜日曜は翠ん家にお泊まりの予定日。
元気がない俺をみたお母さんと翠は、俺を甘やかした。
それは素直に嬉しい。家族に甘やかされる経験が少ない俺にとって、何とも癒される一両日だった。スケベシーンは皆無だったが。翠と同じベッドに寝ててもなんも起こらなかったが……。
次回は万全の体制で臨める。陰キャの俺としては、翠ちゃんの行動力に期待したいところだ。
そして、月曜日。
通例通りだと、お祭りは今日でお終いのはず。
俺のナニは、ノリ子さんや翠やそうちゃん達に比べ、たいへん軽いとされている。
ユキちゃんに至っては「てめぇーぜいたくいうんじゃねぇ。うなうなうなうな(威嚇の鳴き声)!」とまで言わしめている。
じゃあ、本物女の子の整理整頓はどんなだろう? 想像するだに怖い。
曰く、男子の股間を蹴り上げられた痛みに匹敵するとか。
曰く、お腹内部の巨大瘡蓋をゆっくり剥がされる痛みだとか。
曰く、お腹と腰にアイスノンを貼り付け続けられた極冷感覚が続くとか。
曰く、専用の製品を日に何回も替えなきゃならない鬱陶しさだとか。
もはや拷問である。
それを「月1なんだから大丈夫だよ」とヌかした(励ましたつもり:本人談)ナオは、殴られて当然だと思う。現にノリ子さんは俺の味方だ。おじさんは、いつのまにかいなくなっていたが。
いっておくが、月に1回とは「1日だけ」という意味じゃない。4日から7日間、24時間の拷問が続くんだ! 年間の合算をすると、軽い子で48日間。重い子で84日間。どう思うこれ?
製薬会社は、もっと褒められて良いと思う。
「うー」
「あれですか?」
教室に入って不機嫌な顔で唸っていただけで、明日香が気づいてくれた。
「うー、碧ちゃんは今日の体育、お休みです」
このみちゃん達も解ってくれた。ごく自然な仕草をキープしてくれている。
俺的には公表されても恥ずかしいとは思わないが、一般的な女の子はこんな態度を取る。
うちの学校は、体育を休む理由として認めている。当然なの? そうですか。
……にしても、よりによって、今日3時間目に体育があるんだよな。メシ前の体育ほど辛いモノはないので、助かったと言うべきだろうが、それどころじゃないんだ、女の子は!
「くっそ、男死ね!」
「うわー」
明日香に引かれた。
ああ、俺も男なんだが、肉体による縛りはどうしようもないッ! まだ俺なんかは、特殊スケベとの引き替えと思えばトントンだ。むしろ利益の方が多い。だが、現実の女の子達にメリットあるか?
「あ、あれ? 如月さん、どうしたん……ですか?」
吉田だ。あれから3日経つが寝不足気味の顔だ。顔がむくんでいる。ナニやってんだ?
「なんでもない。ほっといて」
「なんでもないことはないだろ? 調子悪そうだし」
気の利く男を演出しているようだが……
その辺で引いておけって。ほら、女子達の吉田をみる目が、ホラ!
「な、なんかあったら俺に頼って! 俺、こう見えて頼りがいのある男だとみんなから言われてるんだ! 如月さん!」
俺スゲーアピールをかまし続ける吉田。やめとけって。男が前に出てキラキラしてはいけない問題なんだよ。
「いや、いいって」
「あ、あの、如月さん――」
「吉田ァー。ちょっとこっち来いやー!」
「グゲッ!」
後ろからニュッと伸びたナオの腕が、吉田の首に絡まった。
抵抗するそぶりを見せる吉田だが――
「……――……――」
耳元でぼそりと呟かれた言葉に、身を固くする吉田。そのままナオに引きずられて消えていった。何言ったんだろうな?
ナオの株が上がり、哀れ、吉田の株が底値を割った瞬間だった。
辛い辛いと言いつつも、圧倒的に軽い症状なので、すぐに体が慣れた。……すまん、薬を飲んだ。
1時間目が終わった頃にゃペースが掴め、いつも通りに動くことが出来るようになった。体感的に各能力ペナルティ値-15%だけどな。
酷い子は、授業中ポーチを持って保健室に駆け込んだりする。本人は走り込むのに精一杯で、先生には本人に代わって近くの子が、体調が悪くなった旨、申告したりする。そして、気づかない先生は女子生徒全員から総スカンを食らう。
そ れ く ら い な の だ ! 女子のハンディキャップは!
それを押して通常活動するんだ。
女 子 は !
白いのがユニフォームの運動女子なんか、もうどうすんだよ!
でもって体育の見学はセーラ服のまま。もうアレだって言ってるようなもの。さらし者だよ。
保健室で待機とかできないのかな? それできたら完璧なんだけどな。俺は平気だけど、気の小さい子には重荷だよ。恥ずかしいよ。そうでなくとも、この期間中、鬱になる子が多い。どうにかしろよ、大人!
俺なんか、日頃元気だから、男子が不思議そうな目でみてくる。子供だな、男子は。
体育館で元気な女の子が跳ねる姿を見学するのもこれはこれでいい。ああ、元気な女子は美しい!
アスリートの方々は如何に苦労していなさるか、頭の下がる思いだ。男子と比べ筋力が少ないというハンデ。クスリを使って調整することもある。その世界に月のない者が踏み込んでくるな!
と言いたい。女子の代弁者として。……代表者じゃない。俺、男を主張しているから。
この期間中ね。心と体のアンバランスを自分でも感じるんだよ。
精神と肉体と心と体。上手く噛み合わない。ギアの歯が一丁だけ零れている感じ。
俺が俺であるイニシアティブはどの器官が所持してるんだ、と、不安になる時期だ。
俺の本当はなんだ? 不安が不安を呼び、……アレだ。ほら、アレ。
「あーっ! 畜生ーッ!」
なんかイライラする。
「悶えながらも食べるものは食べるのね」
給食を平らげ、翠のお弁当を食べているところだ。そうちゃんが冷たい目を俺に向ける。
「腹が減るときは減る。生きていくにも栄養は必要。これ、自然の摂理なり」
「届け栄養、お姉ちゃんの胸に!」
翠は一言多い。……でも届いてくれ……。
いつものように、翠が俺の膝に乗っている。弁当を食べにくいことこの上もない。でも、翠の体温が、温かさが体に心地よい。軽いとはいえ体の芯が冷えるのだ。
翠もそれを知って、体を接触してくれる。体温という温もりを分けてくれる。……違う日でも乗っかってくるが……。……明日香ちゃんのお膝に乗った上で翠が乗っかるというサンドイッチでもいいんだぜ。
さて、間もなくゴールデンウイーク。
何か良いことが起こる予感がする。
……でも、俺の場合、良いことが起こったら、その分、悪いことも起きるんだよなー。




