11.嵌める
11.嵌める
お母さんと翠と俺とで、待ち合わせのファミレスへ行く。
そこそこ大きなファミレスだった。
お母さんのカレシの名は吉沢景人さん。お母さんより5コ上の36歳。某一部上場企業に勤めているそうな。
お母さんと知り合ったきっかけは……長いし、のろけだしで割愛させていただきます。
先にドリンクバーだけ頼んでおいた。俺、ホットケーキも頼んだ。「パンケーキ!」。パンケーキも頼んだ。
「やあ、待たせたかな?」
ホット……パンケーキをパクついていたら、吉沢さんがやってきた。軟弱者だと勝手に想像していたんだが、案外と肉付きが良い。動きがきびきびしている。殴りかかったら良い勝負するだろうけど、たぶん負ける。
そして、髪の毛はサラリーマンカット。今時珍しい、きっちり7:3分けだ。
服も悪くない。カジュアルだけど、砕けていない。
「いえ、わたしたちも、さっき来たところです」
パク付いてたケーキを抹茶ミルクコーラで流し込んでるけど、今来たところです。
俺たちは、立ち上がってお迎えをした。
お母さんは、落ち着いてるけどカワイイ系のお洋服。
長い髪の翠は、ガーリーな出で立ちだ。スカート丈は長め。これは俺の指示。
いかにも清楚な少女。翠を見た吉沢さんは、小学校を上がったばかりの可憐な美少女のイメージを抱くことだろう。
男としてしょうがないのだが、吉沢さんの目は、翠の膨らみかけた胸に向く。一瞬だけど、俺は見逃さない。バレバレである。……俺も女の子に目を向けるときは気をつけよう。
で、短い髪の俺はというと、上半身は男の子と見間違う程のアクティブなウインドブレーカーを羽織った。
見た一瞬、男の子って思うだろう。
でも、下はジーンズ生地のミニスカートにスニーカー。残念、女の子である。
翠と対照的な出で立ち。やんちゃな少女だ。
スカートがこれまた短い。翠の監修の元、ミニスカートの腰(ベルト?)部分を何回も折り曲げて、スカート丈を上げた。膝上から計るより、股下から計る方が早い。階段使うと確実に見える。それくらいのミニ。
俺は、足を交差してから、チョイと広げて、片足に重心を移動して立つ。
男として当然だが、吉沢さんの目は、三角形の頂点予想地に行った。一瞬だけど、俺は見逃さない。バレバレである。……俺も女の子に目を向けるときは気をつけよう。
「はははっ! 遅れて申し訳ない。吉沢です。今日は何かお話があるそうで?」
笑うと目尻に皺が入る。人は良さそうだ。
「まずは吉沢さん、紹介しますね。この子が翠の姉の碧です」
「ちわーっす! 碧っていいまーす! 吉沢さんッスね。よろしく!」
にっこり笑って手を出す。握手だ。こちらから握手をせがむ。
吉沢さんは目をキョドらせた後、手を出してきた。がっちり握手する。
吉沢さんを少女特有の防衛本能で拒否している翠。一方、姉の俺は、無防備に吉沢さんを受け入れている。普通、女の子の方から積極的にボディタッチを求めたりしないだろう。
ここ、ポイントね。俺って攻略しやすい、遊び好きな少女っぽく見えるよね?
にしても、そこそこ握力の強い人だ。あるいはスケベ心か?
「スポーツ、何かやってました?」
「え? ええ、学生時代に陸上部で、障害物やってました。えーっと、ハードルって言えば分かってもらえるかな?」
「お姉ちゃん! 握手が長い!」
「え? そう?」
「こりゃ失礼!」
この間、ずっと手は握りっぱなしだった。離そうとしてくれなかったんだもん。
テーブル2つ席の8人掛けのところを片側吉沢さん1人がけ、反対側で俺たちが3人掛けのフォーメーションで座った。ちなみに、俺は隅の方ね。そこじゃないと組んだ足を見せつけられないからさ。
そして会話が始まる。内容はたわいないのでどうでもいい。
気になるのは吉沢さんの視線。確かに、俺たちの方で時々止まる。正面から見ずに、チラ見する。
家族まで紹介してるんだから、正々堂々正面から見ればいいのに。
もう一つ気になるのは、お母さんの態度。なんか、よそよそしい。緊張の表れか、吉沢さんが振ってきても話に乗ってこない。穏やかな微笑み――アルカイックスマイル?――を浮かべて、そこで話が止まる。
俺はと言えば、吉沢さんのお話に頷きながら明るく笑っている。足を何度も組み替えたり、腕を頭の後ろに組んだりして、無防備な態度を心がける。
そして、頃合いを見計らい、翠に合図を出した。
「えーっと、お母さん、ちょっと」
「どうしたの翠?」
「どうした翠? トイレか? それとも?」
「もう! お姉ちゃん!」
翠が怒る。これも打ち合わせ通りだ。翠はお芝居が上手い。……女の子はお芝居が上手い。
「お母さん、翠に付いていってやって」
「はいはい。ごめんなさいね、景人さん」
眉をハの字にして、何も知らないお母さんは、翠に連れられていった。
で、残ったのは俺と吉沢さん。2人きりだ。
所在なさげにしている吉沢さん。
ストン!
俺はお隣に移動した。
体が触れそうで触れない距離に置かれた椅子に腰を下ろす。ナマの足を吉沢さんの方へ投げ出して。もう少し近づいた方が良いのだが、この距離が俺の生理的限界だ。
ミニスカートから伸びた細い足が嫌でも目に付く。それと太腿も。
吉沢さんの角度から、俺の逆三角形は見えないだろう。そのギリギリを狙う。
でもって、女の子らしい可愛いバッグ(翠の)をテーブルに載せた。俺の見た目とギャップが激しい。
「吉沢さーん、エッチな目で私の体を見てたでしょ?」
「え? なにを?」
この反応は……。何処かで見たような……俺と同じだ!
足を大きく動かして組み替える。
「翠を狙ってるなら諦めな。あの子、大人の男の人を怖がってる」
吉沢さん、ピクピクと頬が微振動してる。
「お堅い子より、緩い子を狙った方が良いと思うなー」
俺は、吉沢さんの方へ体を傾け、見上げた。
「3万でどう? 遊ぶお金が欲しいんだ」
「えーっと、碧ちゃん……」
にっこり笑う。こう見えて、俺は笑うと可愛いのだ。……こう見えて?
吉沢さんが言葉に詰まった。迷ってる?
じゃぁ、もう一押し。
「私、まだ12歳だよ」
吉沢さんが固まった。目が細かく泳いでいる。
おいおい、マジかよ。こいつ少女趣味かよ。
「あーあ、あと半月ほどで13歳になってしまうよ、12歳はもう二度と来ないんだよ。もったいないなー。……嫌ならもうこの話はしない。吉田君にもっていくー!」
吉沢さんがごくりと喉を鳴らした。目がね、怖いね。
もう一丁!
「抱いて」
「3万、なんだね?」
「毎度あり!」
落ちた。
手を伸ばしてくる前に、俺はバッグをひっつかんで席を立った。
向かい側の元の席に戻る。
ニコニコ笑いながら吉沢さんの顔を見る。吉沢さんは……脂ぎった笑みを浮かべて俺を見ている。くくく、いい顔だぜ、おっさん!
これで、吉沢さんの狙いは確定した。
お母さんじゃない。俺たち姉妹だ。12歳児だ。
吉沢さんは、爽やかなイメージはどこへやら、実に男らしい面構えをしている。
お母さんと結婚を考えたお付き合いなのに、娘の俺と一発やろうとしている。今後、夫婦生活を送るに当たり、一生涯の障害になるというのに。男は後先を考えないと思ってたんだ。ずばり的中。
或いは、お母さんとの結婚は偽装で、狙いは最初から翠だったか?
あ、こいつ許せねぇ!
俺が参戦したことにより、無理筋の翠からユル筋の俺に変更させただけでも実益があった。
お互い、腹の中で別々の、それでいて欲望的なドロドロをかき混ぜているのが共通事項という、なんともな駆け引きをしていた。
して――
翠とお母さんが帰ってきた。俺は翠に計画成功の合図を送った。
元の席に着席。
「景人さん、今日お呼びだてしたのは――」
「ちょっとストーップ!」
意を決したように話し始めたお母さんの台詞を無理矢理中断した。結婚話をする前がキモだ。
「碧ちゃん」
非難する目をするお母さんを置いといて、……俺はバッグを開け、中からスマホを取りだした。
画面をみんなに見せる。録音状態になってる画面を。
吉沢さんが明らかに狼狽えている。
俺は停止を押した。録音はここまで。
「母を愛する娘として、ハメさせてもらいました。ごめんなさい」
吉沢さんは俯いて、歯を食いしばっている。顔が赤くなって来た。嵌められたことを理解したようだ。
「はい、この中には何が録音されているのでしょうか? 答えは――」
「碧ちゃん! お母さんにお話を先にさせて!」
お母さんは強引に体を乗り出してまで、俺の台詞を遮った。
「いや、ここは――」
「吉沢さん、会うのは今日が最後にしましょう」
……。
「「「はぁ?」」」
吉沢さん、翠、俺のハーモニーだ。
「わたし、好きな人が出来てしまったの。だから、吉沢さんとはこれっきりで」
「「「はぁ」」」
え? え? 好きな人?
「好きな……人ですか?」
先に意識を取り戻したのは吉沢さんだった。
「うん、碧ちゃん」
お母さんは、俺の両肩に手を乗せ体重をかけ、ほっぺたをグリッって寄せてきた。
「え? お母さん?」
「前にも言ったでしょ? お母さん、まだ女なの。碧ちゃんが言ってくれたよね、『お母さんを養ってやるから!』って!」
「あ、言った」
最初に家へ遊びに行ったときだ。
「それって、プロポーズよね!? ね?」
お母さんが俺を見る目は、翠のそれだ。
……ちょっと待って欲しい。俺が言ったのは――
「やだー!」
翠ちゃんだ。翠ちゃんが大きな声を出した。
「お姉ちゃんは私と結婚するのー!」
「止め、翠、こんなところで大声で――」
「あら、だったら2人で碧ちゃんのお嫁さんになりましょう!」
「え? うー、やだ!」
「お母さん? ちょっとまって!」
「碧ちゃん、10年ぶりに会ったら。ずいぶんとたくましくなってて。お母さん、もう碧ちゃん以外の人、考えられない!」
「えーっと、込み入った事情がおありな様で、僕は失礼しますね。どうぞごゆっくり」
「あ、待てコラ!」
言うなり吉沢さんは席を立った。レジで俺たちの分まで会計してから走って逃げた。
こういうところだけ紳士だった。




