10.デートと謀略
お怒りはまだ続く。
その日、睦月家に帰ってからのことだった。
「アオイのせいでお姫様になってしまった。どうしてくれる?」
ナオが、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。わざわざ俺の部屋まで来てだ。
久日ぶりに見るナオの怖い顔だ。真剣に怒っている模様。
「悪役令嬢だろ? よくお似合いで」
「妹ちゃんが平民上がりのヒロインで、吉田達が僕の取り巻き令嬢だよ! 悲劇だ! この件について、心からの謝罪を求める!」
こうなったナオは頑固だ。
「ちっ、仕方ねぇな。はい、ごめんよ!」
セーラー服のスカートをまくし上げておパンツを見せる。
「……こ、こんな事を……おパンツを見せれば何でもまかり通ると思ってないか?」
「めんどうくせぇヤツだな。ほら、謝ってやるよぉ、謝らせろよぉ!」
スカートを足下に落として、セーラー服を着たままのおパンツ姿になった。
「む、むう、いや、むう」
もう一息だな。
ゆっくりと一回転して、足を肩幅に開く。
「ぬ、ぬう。こんな事で、僕の怒りが解けると? 解けるよ。アオイの誠意は伝わった。以後気をつけるようにしてくれればいいさ」
誠心誠意謝ったら許してくれる。ナオはそういう男だと知っていたよ。
いずれ、おパンツは、世界から争いを無くすだろう。
翌日。
時間はいきなり放課後。
翠とカラオケルームにいる。
可愛い女の子と狭い部屋で2人きりだ。滾る。
何度も言うが、俺は男だ。今年13歳になる男だ。実質、誕生日が来てないのでまだ12歳だ。
12歳と書くと、ちょっとびっくりする。まだ12歳。おこちゃまの年齢だ。
おこちゃまといえど、この状況はいかにとやせむ。
ピンクや紫の照明のお部屋にて――、
俺の膝を枕にして、翠が寝転んでいる。いわゆる膝枕。
翠が頭をモゾモゾ動かす度、なんともな刺激が脳に伝わる。まだ、脳がイニシアティブをとって判断してくれている。これが某海綿体に主導権を握られたら終わりだ。
「お、おい、翠、歌わないのか?」
「ん……んーん、もうちょっとこのまま」
翠が眩しそうな目をして、俺を見上げてくる。俺は居たたまれなくなって部屋の壁時計に目を向ける。
「時間が勿体なくない?」
「お姉ちゃん、歌っていいよ」
歌えば、翠へ向いていた集中力をマイクに向けてしまう。それもなんだか……。
「……歌っている時間が勿体ない」
「わたしも!」
翠の手が伸びてきた。俺の頬を撫でる。優しく撫でる。
……いいのかな?
俺も翠の頬を撫でた。恐る恐る。翠からの拒絶はない。
一度撫でてしまうと、規制が効かなくなった。両手で、翠の顎を包むようにして撫でる。
きめ細かい肌。柔らかい。温かい。可愛い。……愛おしい。
「ちなみにお姉ちゃん。何が歌えるの?」
「えーっと……」
島にはテレビがなかった、つっか、電波が届かなかったので、かなり遅れた情報しか入ってこない。船便だから。それでもハスター×ハスターは遅れることなく読めた。なぜ? 誰か教えて欲しい。
だから、今何が流行ってるのか解らない。
「ピーズ? ウルトラソニックなら歌詞無しで歌える」
「ピース?」
あれ? 古かった?
「キューティバニーだったら振り付け付きで歌える。ナオと一緒に一生懸命歌って覚えた。あれエロいから」
「え?」
まだ古かったか!?
「仲森秋菜なら、難破艦まで歌詞無しで歌える」
「仲森秋菜……」
「秋菜ちゃんを侮辱してはいけない! 秋菜の燃え尽きる直前の蝋燭のような生き方を!」
「ごめんなさい」
翠は、そういうところが素直でよいこだ。
「んー、お姉ちゃん、あのね……」
「なんだい翠?」
言いたそうな言いにくそうな?
「お母さんのカレシ。会える日が決まった。お母さんもカレシに話があるんだって」
話があるって……穏やかじゃないね。俺も帰ってきたことだし、……結婚か?
「へー、いつ?」
お母さんは子持ちだけど独身だ。まだ若い。男性とお付き合いしててもおかしくはない。
ただ、翠に言わせると、ちょいヤバめな男らしい。
中学生の翠に男の目を向けてくる、とのことだ。翠の感想であって、正鵠を得ているわけではない。俺は見ていない。会ってない。だからまだわからない。
男のDNAに組み込まれた「女子をチラ見してしまう」因子の成せる技かも知れない。それなら不可抗力だ。特に翠は可愛いので、チラ見しても仕方のないところ。でも、お母さんに操を立てて、意地でもチラ見しないでほしかった。
だもんで、その男を俺の目でもって確認することになった。お母さんには内緒で。間違っていた場合、男の人に悪いし、それが原因でお母さんの恋路を邪魔しちゃ悪いし。だから2人だけの秘密だ。
でも、正々堂々と会う事になっている。娘の紹介って理由でだ。
「絶対おかしいモン!」
翠は男を疑っている。ここで翠の疑いを否定してはいけない。頭からの否定になる。それこそ、親父が俺にしてきたことだ。アレは地味にキツイ。
「じゃあ……そっち方面の男という疑いの条件を元にして、こっそり打ち合わせをしよう」
「え? 嵌めるの? 男を嵌めて未成年なんとかで逮捕?」
「……そこまではしない。試すだけだ」
つまんなさそう顔をするが、翠ちゃん、犯罪者前提で話してるだろ?
お母さんを取られると思ってるんだな。まだ子供だな。フフン!
ホッコリしたあとで、翠と打ち合わせに興じた。
……後から思い返せば、計画ガタ狂いのトンデモ作戦だった。




