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9.翠のお弁当


 その夜。


 葉月家へ持って行った鞄の中に手を突っ込む。

 取り出したのは、ちっこく丸まった布。の様に見えるナニか。

 そう! 翠のおパンツである!


 盗んだんじゃないぞ! 翠が「これあげる」って、はにかみながら頬を朱に染めながらそっと手渡してきた秘宝だ。今夜はこれだ。

 翠。お前、気が利く女だな。可愛いし。……俺と同じ顔だけど。

 ……そっと履いてみる。

 

 して――学校で。

 毎朝のルーチンワーク。翠のお迎えを受けて校門を潜る。

 教室の前で泣き別れ。今日は俺も辛く思う。翠と同じクラスだったらいいのに。

 

「どうだった?」

「どうんなんなんなんぎゃおぎゃおぎゃおぎゃ」

 このみちゃんと赤ちゃん化したユキちゃんだ。

 初めてのお泊まり会のことだろう。葉月家での。


「うん、行ってよかった。お母さんと抱き合って泣いた。夜は妹といっしょに寝た。生まれて初めて」

「んぎゃぁー!」

 ユキちゃんの夜泣きが始まった。


「3歳で生き別れだから10年ぶりか……」

 遠い目をする。

「「「おぎゃおぎゃおぎゃ!」」」

 ユキちゃんとこのみちゃんとそうちゃんが赤ちゃんになった。


「乳児は置いといて――」

 明日香が手で荷物を横に置く仕草をした。おとなだな!

「――お母さんと妹さんは味方?」

 そうだよな。明日香はそこを聞いてくるよな。


「うん、父と離婚して、ずいぶん苦労して翠を育てたみたいだ。私とは同じ穴のムジナ的な? 慣用句の使い方違う? 共通の敵を持つ仲間意識があった。……それ以前に母と子、姉と妹だけどね」

「良かったわね!」

 明日香は素直に喜んでくれた。赤ちゃん化しない大人だった。13歳でこの貫禄。人生経験のなせる技。


「アオイっち、苦労してるんだねぇ」

「むほっ!」

 このみちゃんが抱きついてきた。おおうッふ! 女の子と抱き合ってるよ! 柔らかいよ!


「あおいちゃん……」

 そうちゃんも後ろから抱きついてきた。背中がッ! 当たるッ! ほぉおーッ! 吐息が! あかん! ちっちゃいアレが勃起する!


「んおい(アオイ)ぃーっ! 役得ぅー」

 ユキちゃんが腰に! バランスが、おい! 転けそうだって……女の子と転がっても、それはそれで。


「アオイが困ってるよ。倒れそうだ」

 ナオだ。こいつ余計なことをーッ! 

「あっ、ごめんね」

 ぱっと離れる3人。くっそぉー。


「迷惑だったね」

「全然」

 迷惑じゃないです。

 俺、女でよかった……。



 地理の授業中。この教師、口べただ。おまけに方言が強い。何言ってるのか全く伝わらない。不平等教育と55年体制という言葉だけが聞き取れる。教師ならせめて共通語で喋れ、この偏向教師が!


 ふと、窓の外を見る。


 体育の授業だな。3組と4組の男子が走り回っている。女子は体育館だな。……翠は体育館か。

 どうせなら運動場で授業をすればいいのに……。

 体育館は後ろの方向にある、首をひん曲げてまで覗いたら教師にバレる。見たところで体育館の中までは見えない。

 ……会いたいなぁ、翠に。

 今朝会ったばかりなのに、もう会いたい。


 昼休み。

 俺は給食を急いで掻き込んだ。

 お茶で流し込むと一目散に隣の教室へ。


「おーい、翠!」

 多くの視線が俺に集まる。女の子は嬉しそうに。男は……嬉しそうに。一応、手を振っておく、きしょ。

「あ、お姉ちゃん!」

 翠は後ろの方で、2人の友達と机をくっつけて給食を食べていた。


 スタスタと近づいていくにつけ、お友達2人のテンションが上がっていく? ……あ、俺、まだ王子様扱いなの? まいっか。女の子にモテるのは悪いことではない。むしろウエルカム。

 妹は立ち上がって鞄の中に手を突っ込んでいる。お弁当を探しているのだ。

 俺は、空いた妹の席に座る。体温で温もっていてムフフ。


「翠のお友達かい? こんにちは」

 お友達2人に挨拶だ。背筋を伸ばして、笑顔も忘れず。妹のお友達だからね。大切にしなきゃ。

 妹のお友達は、普通に可愛い子だ。

「こ、こんにちは」

 緊張した挨拶が帰ってきた。「ピャー」なんて小さい声が漏れている。歓迎されているのが手に取るように解る。出来れば、この子達ともよろしい関係を結びたいものだが……


「お姉ちゃん」

 妹はマウントを取った女の顔をしている。嫌いじゃない。けど、「わたしがお姉ちゃんの一番なのよ」って声がどこからか聞こえてきそうだ。

「よっしょ!」

 翠は当然のように俺のお膝に可愛いお尻を乗っける。お尻。ぬふーん! 鼻の下が伸びそうになるのを堪える。


「はいお弁当」

 可愛いハンカチ? に包まれた、これまた可愛いお弁当箱が姿を現した。

「今日はどうしたの?」

 俺がこっちの教室へ来たのを不思議がってる。

「待ちきれなくて」

「お姉ちゃんのくしんぼさん!」

 待ちきれないのはお弁当じゃないんだよ。


 ちっちゃいお弁当箱だけど。中身は豪華だ。今日はアスパラのベーコン巻きが入っている。やはりお弁当は茶色に限る。茶色は世界を優しくする。

 妹は給食の残りに手を出しはじめた。

 翠の腰に手を回してお弁当に箸をのばす。ちょいとアクロバティックな食い方である。この方法しか翠と密着して食べられないのだ。


「碧さん、翠と仲いいのね?」

 お友達Aちゃんが、意を決したようなカチカチの声で聞いてきた。

「うふふ、翠は可愛いお姫様だからね」

 眼を細め、口だけで笑ってみせる。悪党面だ!


「「キャァー!」」

 ウケたウケた! 王子様キャラ健在だ。


 王子様はここまで。今はお腹が発する要求を先に満たす時だ。色気より食い気だ。

 翠を離した手でお弁当箱を手に持ち、ごっごっと片っ端から口へ放り込み、もっもっと咀嚼する。

「美味い美味い!」

 胃に落として、今のを数回繰り返し。

「ごちそうさまでした」

 俺が食べ終わるのと、翠達が食べ終わるのはほぼ同時だった。女の子って食べるのが遅いのな。


「お姉様ってば、気持ちよい食べ方するんですね」

 一緒にお昼を食べたという共通認識が、お友達と俺の距離を縮めたようだ。お友達の女子中学生Aちゃんが、親しくお声を掛けてくれた。

「成長期なんだと思うんだ。胸に付いてくれれば助かるんだが」

「お姉様に巨乳は似合わないですぅ!」

 女子中学生Bちゃんが半ば叫ぶように恥ずかしいことを言う。

「ほどよいのが希望なんだけど……」

 お胸をすくうかのように、あるいは、仮想の巨乳を持ち上げるかのように手を胸に当てる。

 実際のところ、巨乳は勘弁して欲しい。見るだけならそちらが良いのだが、実装されるとなると程よい大きさのがいいんだ。


「かわりに翠が巨乳になってくれるさ。この栄養、翠に届けー!」

「キャッ!」

 翠のおっぱいに手を当てる。掴む度胸はまだ無い。

「アハハハハハ、は?」


 いろんな視線がこっちに突き刺さっている。

 女子からは全体に満遍なく。男子からは俺の手に集中して。


「もう! 触んないで!」

 翠が俺の手をふりほどくようにして立ち上がった。ほっぺをプクッと膨らませている。あと、頬が赤い。

 怒ったかな? と慌てたが、目は笑っている。俺を独占できて嬉しいのだろう。

「翠だけだよ。おっぱいを触るのは」

 ――なんて言えばウケルのだろうけど、それは言わない。だって、他の女の子の胸を触れなくなるじゃないか。俺は約束事を死守するタイプなんだから。


「はいはい、悪いお姉さん、悪いお姉さん。じゃ、もう戻るわ。お友達も翠と仲良くしてあげてくれたまえ」

 バイバイと手を振って、4組の教室から出て行った。


 廊下で、ナオがニヤニヤしながら立っていた。後ろには顔を上気させた吉田と佐藤と岸がいる。

「なんだよ?」

「何でもありません、王子様」

 後ろ、4組を指さす。


 振り返ると、女の子が口を手に当てたりして俺を見ている。あれ? 好奇の目? モテてる?

 ナオが実にいやらしい笑みを顔に浮かべている。意地悪するときの笑顔だ。


 執事のような礼をするナオ。

「大層おモテのようで、王子様」

 何を言う。だから言い返してやった。

「それはどうも、お姫様」

 王子様っぽい礼を返してやる。

「「「キャーッ!」」」

 女の子からの悲鳴が上がったのは何故?

 

「お姉ちゃんのお姫様は、わたしだけなんだからね!」

 後に、翠からクレームが入った。

 クレーム処理に時間がかかった。ハンバーガー屋さんで甘い物をたくさん召し上がっていただいて、ようやく怒りが解けた。俺も同じのを同じだけ食べさせられた。

 何故か支払いは翠だった。俺、ヒモじゃないよね?

 どうやら、俺と一緒の時間を甘い物を食べながら過ごしたかったらしい。


  

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