8.お泊まり報告会
なんやかんや、わいわい騒いで。ボードゲームもやって。……なぜか葉月家はボードゲームが大量にストックされている。
お昼ゴハンは近所のうどん屋さんで食べた。伊勢うどんのチェーン店だそうだ。確かに腰が無く、もっちりしている。流行るのかこれ? 美味いけど。
昼は、またしても翠に持って行かれた。お母さんが悔しがっている。
翠の部屋で女の子トークである。俺は聞き役。辛くはない。だって翠は喋ってるだけで可愛いから。……俺と同じ顔してるけど。
翠はどんどんギュッってしてくる。事ある毎にキュッってしてくる。それは単純に嬉しい。
夕べのアレは何だったんだろう? でもギュッは嬉しい。
そして、一息ついた。
「ところでさ、お母さんのボーイフレンドって、会ったことあるのか?」
「ぬっ!」
急に不機嫌になった。
「おいおい、娘として子供として、親の幸せは応援してあげなきゃ」
「娘として、が大いに問題なのよ!」
プンプンしておられる。
「何かあったのか?」
「……うん」
頷く翠。なんか暗いぞ。
「お姉ちゃんだから聞いてもらいたいんだけど――」
その様に断ってから、翠は話を進めていく。
「今の相手の人、良い会社に勤めてるし、見た目は爽やかで、優しくてよく気がついて、明るくて、とてもいい人なのよ。……離婚歴があるんだけど」
「優良物件じゃん。離婚した者同士、気遣いあえるのでは?」
それのどこが問題で?
「ここからが、わたしのカンなんだけど……」
「ふんふん」
「わたしを見る目が、どうも怪しいの」
「スケベな目か?」
「お姉ちゃんのような目じゃない、もとい……わたしを見るタイミングかな? それと場所」
俺、どんな目で翠を見ているんだろ? 地味に傷つくなぁ……。
「笑顔でわたしを見てくれるんだけど、お母さんの死角からが多い」
「ふんふん」
「視線の先が目とか顔とかみたいなんだけど、少しずれてる。あと、目が笑ってない」
「視覚の端っこで胸とか足とか見るのかな?」
「……よく判ったわね?」
そりゃ……経験者は語る。吉田ぁー!
「ふん」
少し考える。
「お姉ちゃん、考えてるとき、左斜め上を見る癖があるわね。左脳なのかしら? 右脳?」
そんなこたーどうでもいい!
「そいつ、俺に会わせろ。いつでもいい。自然な感じになるタイミングで。俺も見てみたい。悪いヤツだったらブチのめしてやる!」
「うわっ! 頼りになる!」
翠がくっついてきた。ほっぺたも寄せてきたぞ!
「こんなのが好きなんでしょ? お姉ちゃん!」
バレテーラ!
「いや、あの!」
「好きよ、お姉ちゃん。翠はお姉ちゃんの物よ」
「おおおーいぃぃ!」
何か記憶あるぞ、その単語!
「まさか、翠、おまえ!」
昨夜、行き着くところまで行ってしまわれましたか! 俺、記憶無いんですけど! それが口惜しいんですけど! ギリリッ!
「あははは! やってないやってない! こういうのはお互い同意の上でするのが大事だから。わたし、お姉ちゃんを大事にしてるから、無理矢理は無しよ」
無理矢理でも良かったんですが……おしいッ! 睦月家に戻ることになってるから。明日学校だからッ!
千載一遇のチャンスを! みすみす!
「碧ーっ! 翠ーっ! おやつ食べる?」
お母さんだ。
「はーい! 今行く」
俺は腰掛けていたベッドから立ち上がろうと腰を浮かせた。そのタイミングで翠に手を引かれた。
バランスを崩して、ベッドに尻を落としてしまった。
「これは、相談に乗ってくれたそのお礼」
翠の可愛い顔が急接近して――
「ぬふふふふ」
「気持ち悪いな」
睦月家に戻ってきたのは夕方前だ。
ナオの部屋で、報告会だ。
間欠的に思い出し笑いする俺を見て、ナオが気持ち悪がっている。
「翠ちゃんの中身は女の子で、女の子のまま、俺を慕っていてくれる。大好きだって」
「何回目かな? 最初こそドキドキして聞いていたけど、短時間で何回も同じ事聞かされてると、どうでもいいことに思えてきた」
悲しいなー。もてない男は悲しいなー。
「翠は可愛いなー。第一、顔が可愛い。あんな可愛いのはこれまで見たことない」
「変な日本語だな。アオイと同じ顔をしてるんだから、可愛いも何も、見慣れてるだろうに」
悲しいなー。彼女がいない男は悲しいなー。
「中一にもなったんだから、彼女の一人くらい作らなきゃ」
「うるせえよ」
「ほらほら!」
「パンツ見せるな! うっとぉしい!」
うっとおしいと言いながらも、横目でチラチラと俺のおパンツを見る。おパンツがチラリすれば、目は自動的にそれをとらえる仕組みになっているんだ。男という生物は。
「碧ちゃん。わたしもいることをお忘れなく」
しまった! ノリ子さんもナオと一緒に聞いていたんだ。
「んホンッ! おじさんもいることを忘れないように」
おじさんも、目が一瞬こっちを見たけど、マッハで逸らした。
つまり睦月家全員参加で報告会と相成っていたのだ。……夜の件と、お母さんのカレシの件は内緒だ。
「おじさんとしては……なんつーのかな? いいのかな? 通常の倫理的に。おじさん、古いのかな?」
「耕介さんは正しいわ。今回、きわめてレアなケースなので、取り扱いに細心の注意を必要とするだけ」
「おじさん、ノリ子さん、聞いて」
ハイ、注目!
「2人の間に子供が出来ようもないので遺伝子的な問題はない。男同士の絵面だと汚いだけだが、美少女同士の絵なので清潔で明るくて綺麗。あのセーラームフーンですらJC。成人した大学生男子がJCを彼女にする設定に比べれば健全にて質実剛健。どこに問題が?」
「無いか?」
「無いような?」
ナオとおじさんは丸め込めた。
「無いように思うけど大有りなのよ!」
ノリ子さんは誤魔化せない。
「男同士の絵面でも、綺麗な物は綺麗なの!」
あ、そっち。
「男で女で女で妹でって、どうしたらそこまで複雑に絡まるの? どれか一つくらい簡単にならないの?」
ノリ子さんをもってして複雑と言うようになった。
「俺も妹の下りはちょいと複雑で、できすぎかなーと思ってはいるんですが、60億に1組くらい、こんなのがあっても罰は当たらないと思う。あくまで俺個人の感想だけど」
「うーん、近親婚は遺伝子の問題が一番だけど、肉体的に同性なんですから問題はない? 残りは宗教を含む倫理的問題だけど、この姉妹は、初対面だから他人も同然。姉妹の感覚はない……だったら問題ないか? あれ? 何がおかしいんだろう?」
論理派のノリ子さんがおかしくなってきている。
「ノリ子さんは、俺と妹を同性って言ってますが、俺は男で妹は女。この場合、異性のカップルです」
「いやしかし、体は女なんだから!」
「俺たちは体が女同士だから子供が出来ないんでしょうが! これがあるから遺伝子の問題は回避されるんです!」
「それもそうね? あれ? わたしおかしい?」
よし、もう少し頑張ればノリ子さんを丸め込ませられるぞ。そうやって翠とお付き合いするんだ。
「ちょっとノリ子も碧君も待ちなさい。さっきから堂々巡りしているようだ」
おじさんが論戦を仕切った。ちっ、いち早く冷静になりやがったか!
「ノリ子は、碧君のケースは特殊すぎるほど特殊だと言っていたよね。ならば、既存の種類分けや決まり事、習慣など、過去の『ルール』に碧君を当てはめるのは無理筋じゃないかな? 全く新しい考えを持ってこないと。むしろ、作られたルールに落とし込む行為が無理してるんだ」
「なるほどぉー!」
ナオがポンと手を打った。
「新種の生物だと思えばゴフッ!」
俺の肘がナオのレバーに突き刺さった。俺は「悲しそうなフリ」をして俯く。
「直央、それは碧ちゃんに失礼よ」
「直央、碧君に謝れ」
ノリ子さんとおじさんが直央の失言を責める、ザマミロ! 女の子最強じゃん!
とりま、俺の身上は棚上げとなった。
思えば、区別しようとするのがムリな事なんだとオチが付いた報告会だった。




