7.お泊まり会
晩ゴハンは、お母さんと翠による手ごねハンバ-グだ。
俺も手伝うと立ち上がったが、今日だけはお客様扱いさせてほしい、と、断られた。お母さんと翠だけで、俺に振る舞いたいのだと。
それじゃぁ、と、お客さんよろしくテ-ブルに腰を落ち着けて、お話しながら2人の料理を見守った。
ペッタンペッタンの後、ジュウジュウと良い音が聞こえてくる。
「ハイ出来上がり」
お母さんと翠のは小さいハンバ-グ。俺のだけ特大ハンバ-グ。ニンジンを甘くしたのと、エンドウ豆の緑のとが添えられている。すげぇ! ファミレスのハンバ-グそっくりだ!
「「「いただきます」」」
俺たち親子は声を揃えて手を合わせる。そしてがっつく。
俺の信楽焼のお茶碗(デカイのを買ってくれていた)に白い御飯が山盛りだ。翠のやお母さんのは小さいお茶碗にチョビっとしかよそってない。そんなんで腹が膨れるのか心配だ。遠慮してないか?……してませんですか。
ガツガツとハンバ-グに食らいつき、モッモッと口を動かす。
「旨い! 美味しい!」
お母さんと翠が笑う。俺も笑う。おかわりは2杯した。
家族の食事時は笑顔でなきゃ……。
「さて!」
ザバリと湯船から上がった。お片付けも済んで(俺も手伝った)、一番風呂を頂いてる最中だ。
シャワーを使って髪の毛を洗っていると。
「碧ー。入るわよー」
お母さんだ。
「え? 何?」
「背中洗ってあげようかと思って」
「えー、いいのに……」
薄目を開けて背後を見ると……一糸まとわぬお母さん。
「え? え? 恥ずかしいよ!」
「母娘なんだから、恥ずかしがることないわ」
「いや、ああの、俺、中身は男だし」
「あらあら、まだ12歳のクセして、生意気ね。そういうことはお股におけけの一本でも生やしてから言ってみなさいな」
秘密を見られた!
「いやでも、いいから!」
「遠慮せずに、ほらほら、ごしごし。綺麗な背中ね。こうしてみるとやっぱり体は女の子。肩幅狭いわー!」
背中と肩、なぜか首筋とお尻まで洗われてしまった。
「ふぃ-! さっぱりした-!」
頭をタオルでゴシゴシしながら風呂から出てきた。
結局、あの後、お母さんにまるっと洗われた。
「お姉ちゃん! はぁはぁ!」
「碧! パジャマ持ってこなかったの!? ハァハァ!」
「え? あ!」
いつもの習慣でパンツとゆるブラ姿でうろついてしまった。
「うひょ-」
俺は変な声を出しながら、翠の部屋に走り込み、いつもの短パンを履いて、Tシャツを着た。
「失礼しました」
やらかしにしょげる俺。
「女ばかりの家だからといって、だらしない姿はダメよ。本音はウエルカムだけど」
お母さんからだめ出しが入った。理路整然としただめ出しなので、素直に納得。
納得できる叱られ。それが嬉しい。……ありがとう、お母さん。
「チッ!」
翠ちゃんは何で舌打ちするかな?
「うん? でも?」
お母さんが小首をかしげる。
「碧だったら、その姿でもかまわないか?」
「え?」
「だって、男でしょ? 家族でしょ?」
「……そうだった。遠慮する方が水くさいか」
「じゃぁ、お姉ちゃん、やり直しね。はい脱いで脱いで!」
「いや、ちょっ! おおい!」
翠が俺の短パンを脱がそうとする。ゴムを引っ張られて伸びる短パン。おパンツが丸見えだ。
いまさら脱ぐわけにもいかず、短パンのまま過ごした。
それは何かの話のついでだった。
「お母さんって、今年幾つになるの?」
「え? なにを?」
目を泳がせるお母さん。
「子として、母の年齢を知りたい。俺、聞かされてないんだ」
お母さんの見た目は若い。どう見ても30前後。でも、大学を出た22歳で俺を宿したとしたら、36歳。アラフォーである。
「えーっと……」
お母さんが視線をずらす。翠は面白そうオーラ全開で見ている。翠はお母さんの年を知ってるな。
「……今年で31です」
お母さんは、頬をピンクに染め、少女みたいに小声でそっと呟いた。
「31か-、見た目どおり若いなー……あれ?」
俺、13歳。18に出産しないと計算が合わない。18っつたら……女子高生ぃーッ!
さらに逆算すると17の時に不純異性交遊を行ってないと、である!
「ちょっと、親父を刺してきます」
「まって、まって!」
包丁を探すため席を立とうとする俺だが、お母さんと翠の2人がかりで押さえつけられた。
コーヒーを飲んで落ち着いた。苦いから、他のことを考えられなくなる効果だ。
「それじゃ、お母さん、青春というか、若い頃、今でも若いけど、ぜんぜん面白くない生活をしてたんだ!」
お母さんは、苦笑いだ。眉がハの字になってる。
翠は、……なんか不機嫌だ。俺と同じで、親父が許せないんだろう。か?
「お母さんが可愛そうだ!」
「……そうでも……ないのよ」
お母さんの返事は、なんか、こう、喉に小骨が刺さったみたいな、キレが悪い。
「お父さんと早くに別れたから……これまで、それなりに楽しんできたから」
ね? って感じで小首をかしげられる。
まあ、本人が楽しければそれでいいけど。
「お母さん、男運が悪いの。こんなに若くて綺麗なのに、新しいお父さんがいないのがその証拠よ」
翠ちゃん、顎に手を置いてよそ見してる。ずいぶん投げやりな態度だ。あるいは、呆れている?
俺は、お母さんの意外とアクティブな性格に驚くというか、安心した。いつまでも泣いてる女じゃないんだ。
「でね、母さんね、今もね、お付き合いしてる人がいてね……」
「さいてぇー」
可愛くはにかむお母さんに対し、虫を見るような冷たい目の翠が対照的だ。
ははーん、年頃の少女特有の潔癖感だな、こりゃ。
「じゃ、そのお話はまた今度でも。お母さん、お湯まだあったっけ?」
こんな話は逸らすに限る。
「コーヒーね。淹れてくるわ」
お母さんが俺用のカップを手にして、台所へ行った。
この隙に――
「翠、あとで聞かせろ」
「うん」
翠の返事が早い。悩みがあると見た。
俺としては、お母さんが楽しく暮らせるなら反対はしない。そして、野暮な話は後回しだ。
時間はさらに過ぎ、夜が更けた。そこそこな時間となっている。
お母さんは先に寝室へ引っ込んだ。姉妹で積もる話をさせるためだ。翠の思い入れが強いんで、気を利かせてくれたんだろう。
翠の部屋はそう大きくない。睦月家における俺の部屋より小さい。ハイツだから仕方ない。
しかし、少女らしい工夫がいっぱいなされている。壁紙だとか、ポスターだとか、カーテンだとか、お人形だとか。
机は小学生っぽい。ベッドは……俺知ってる、これ、フェミニンってヤツだ。
なぜか、お揃いの枕が2つ並べられている。今夜、俺といっしょに寝るのは確定らしい。……俺としてはお母さんに甘えたいのだけど。
ベッドに並んで腰掛けている。手にはホットチョコミルク。俺のだけちょいビター。男の子扱いだ。
女の子は、ホットチョコミルクを飲んでから寝るのが常識らしい。また知識が増えた。
でもって、翠とは学校の話だとか、学級委員の苦労話だとか、女の子特有のお話(下着やお化粧や前髪とか方面)だとか、延々と話してくれた。俺はほぼ聞き役だ。ひじょーに興味のある話(女子の生態)なので、前のめりで聞いていた。……下心満載で。
時間は夜。一つの部屋。ベッドの上。美少女と2人きり。これで間違いを犯すなという方がどうかしている。……いきなりなアレは勇気が必要だが、ちょこっと……ちょこっとなら許されると思う。手の甲で触るとか、直接息を吹きかけられるとか……。
なんだけど、翠はなかなかチャンスをくれない。
カップに残ったホットチョココミルク(ビター・何か薬品臭い)を全部のみ乾す頃には、瞼が重くなってきた。
むしょうに眠い。
体の芯が重くて、真っ直ぐ座ってられなくて……なんか、おかしいぞ?
立ち上がろうとして、体の重心を移動させたら、部屋の壁が回って天井が出てきた。
ぼすん! ベッドに転がってしまったようだ。良い匂いのベッド。
翠が俺の顔を覗き込んでいる。
「お姉ちゃん、ごめんね」
なにが?
翠の顔が近づいてくる。え、なにするの?
「わたし、お姉ちゃんの妹なのが自慢なの。他のお友達よりずっとずっと、お姉ちゃんの近くにいる。お姉ちゃんと特別な関係でいられるの」
翠の手が、俺の顎を撫でる。
「わたしが一番でなきゃダメなの」
首筋が撫でられる。鎖骨に指を這わされる。こそばゆい。だのに、俺は身動きが取れない。体が重い。体だけ眠っているようだ。
「わたし、お姉ちゃんを誰にも渡したくない! だから、だから……」
俺のTシャツの裾がまくられ、指がはい上がっていく。
「むふぇ……(舌がまわらねぇ)、胸は……ひん(芯)が……痛い」
指はビクリと反応。シャツから抜け出ていく。
「お姉ちゃん、……大好き!」
愛の! 告白ですか! 姉妹で? なんてふしだらな! 俺も、翠が好きだ。
指が、短パンのゴムを潜った。
いよいよです。よろしくお願いいたします。
しかし、この眠気は何だ? 勿体ない! 寝るな、俺! がんばれ!
意識とか判断力とか……。
「わたし、独占欲が強いみたい。嫌なの! こんなわたし嫌なの! でも、お姉ちゃん――」
翠が俺の頬を撫でる。優しく優しく。
「――お願い! わたしの物になって!」
それは嫌だ。
俺は、親父の「モノ」だった。ついこの前、縛りから脱け出したところだ。俺は俺の「モノ」だ。誰にも俺を渡さな――――あ、今、ちょっと落ちた。
翠の手が、ずいぶん下にまで伸びている。
「手……をろけろ(どけろ)……」
口が回らない。動かない体を必死に操って、重い腕を動かす。……指しか動かなかった。
その指に、指が絡む。翠の指だ。柔らかくて細くて温かい。
翠は、絡めて繋いだ手を俺たち2人の間に持ってきた。その動きで、少し目が醒めた。
顔が近い。翠は可愛い。
「翠……俺は、お前の物じゃ……ない」
体と体が接触。柔らかい。抱きつかれた。……うれしい。
「これからお姉ちゃんは、わたしの物になるのよ!」
それはだめだ。俺が翠を愛するんだ。
「逆だ翠……俺だけのモノになれ、翠……」
――――。
あとから思い出すに、俺はここで寝オチしたようだ。
体に温かい物が……布団が掛けられた……寝る……
……布団じゃなくて、翠が乗っかってきてくれたら嬉しかったんだけどな……。
朝。
日の光が瞼を通しても眩しい。
俺は目を覚ました。起きた。
「くぁーっッ!」
欠伸。そして、ここ、どこ?
思いだした。お母さんの家に泊まったんだ。
……やっかいなのも思いだした。翠は?
隣に寝てない。パジャマが畳んであった。先に起きたんだ。
「うわー……やっちまったか?」
俺は両手で顔を覆った。そして顔を洗うようにゴシゴシした。覚醒せよ、我が目ん玉!
あれは、どこまでが夢だったんだろう?
……チェック……異常なし。綺麗なものだ。
だとすると、あれは夢。または、あそこまでで終了した。翠の理性発動? 倫理的にセーフ?
ベッドから降りる。ちょいと頭が痛い。
「おはよー」
「おはよう碧。もっと寝てればいいのに」
お母さんが台所に立っていた。美味しそうな匂いがする。
この家も、自動パン焼き器でパンを焼いているようだ。全国的な流行か?
「あ、お姉ちゃんオハヨー!」
「はい、おはよう」
洗面所から翠が顔を出した。髪を梳かしていたらしい。
ごく自然な態度だ。と、すると、やはり昨日のアレは途中から夢だったのか?
残念だが、良かった良かった。倫理的に良かった。……本心は残念だが。
「うーっと、俺も歯を磨く」
「お姉ちゃんの歯ブラシ置いてあるよ」
翠と入れ替えに洗面所へはいる。
ブラシを用意してゴシゴシと洗う。鏡に寝癖の付いた髪の毛が映っている。
それと、……鏡には短パンにインしているTシャツが映っていた。だっせぇ。
寝る前は外へ出しておいたのにな……。




