5.アオイとナオの恋愛事情
「夏目も、そうか……」
「申し訳ない。責任を感じている」
ナオに、そうちゃんのことを告げた。お互い、ウマが合わないようだ。紹介した以上、俺にも責任がある。何の責任かと言われれば答えに窮するが。上手くいくと思ったんだがなー。
「責任を感じてくれなくてもいいけど、それはアオイなりの責任の取り方か?」
帰宅してからナオの部屋に飛び込んだ。
ナオの愛して止まない水色ボーダーおパンツを履いて。上はセーラー服のままだ。
「こういうのが好きだろう?」
「たしかに。白ソックスを脱がなかったのも高評価だ」
「ぜひ、今晩のおかずに使ってくれ」
「別に何とも思ってないけど、好意は喜んで受け取ろう。もうちょっと、足を開いて。そうそう。有難うございます」
ナオは腰を折り、頭を下げて礼を言った。
誠心誠意謝ったら、許してもらえる。
胸が一人前に膨らんだら、殺人以外は許してもらるようになる気がする。
して――
リビングのソファで寝転んでいる。
テレビをつけてるけど、内容が頭に入ってこない。
でもって……翠だ。
あの子、本心から俺の事を好きと言ってくれてるんだろうか?
ここしばらく、本物の女子と交わって……湿っぽい意味での交わりではなくて!……解ったことが一つある。それは、女の子ってお芝居がお上手だということ。……個人的な意見です。
自分の願望、利、嫉妬に関し、平気で嘘をつくしお芝居もする。……子が多い。
そしてその嘘もお芝居も可愛いから許してしまう。男って馬鹿で単細胞で、もっと愛されるべき生き物だと思う。……個人的な意見です。
ってか、なんでいちいち個人的意見って言わなきゃならないんだ? 心の中の言葉だろ? いろんな人がいて良いだろ?
話を翠に戻して……。
俺がご近所で王子様ともて囃されている。その妹として、そこいら辺の女子にマウントを取るが為の、チュキチュキである可能性が一つ。
最初の出会いが壁ドン顎クイッである。女の子が女の子に惚れるというか、王子様扱いの疑似恋愛を真の恋愛と間違えてる可能性が一つ。
仮に、俺を好きになったとして……本物の女の子が女の子に惚れるか? 好きになるか? 恋や愛の感情を抱くか?
翠は13歳(俺も13歳だけど! 正確にはまだ12歳と11ヶ月だけど)。仮の説として――、少女由来の潔癖性が男を否定(親父の件)した結果、女の子ばかりの輪から出ようとしなかった。と。
そこへ、体は女の子だけど心が男という俺が現れた。そして俺はかっこいい。→チュキチュキ。ありえる。
そこで、またもや頭に浮かぶ言葉(ワ-ド)が、疑似恋愛。
女が女を恋愛対象として見るには、何か理由がある……のじゃないかと俺の経験(12年と11ヶ月)は言っている。
俺みたいに中身が男だったり……、むう? 俺の場合、俺が好きになった女の子が、俺と同じパタ-ン、つまり外が女で中身が男だったとしたら……。
オエッ!
細胞が拒否した。
逆に考えよう。ガワが男で中が女……オエッ!
……そしてオエッ、女の子だけを愛する人だったら、オゲェッ!
なんだか解らんものが拒否し――。だめだァーッ!
ガバッ! バタバタバタ! バタン!
「オゲェ-ッ、パシャー。ゲロゲロゲロ、パシャ-」
「どうしたアオイ!?」
「パシャー、ゲロゲロパシャ-」
便器に向かって吐く俺。ナオが駆けつけてくれた。背中をさすってくれる。
「ゴゲッゲゴォ-、ウベッ! ガハァーッペッ!」
「色気もクソもないな。アオイは美少女だって事を忘れるな!」
「ケロッ。ケロケロケロ」
「やれば出来るじゃないか」
バカヤロウ! ってか、前に明日香の眼前でゲロッた時より症状が酷くなってないか?
して――、
一階のソファに寝転んでいる。
「どうしたんだ? 体調悪いのか? ん?」
「いや、ケプッ、いろんな少数派の方々がいてるけど、俺は少数派の中でも特殊なんだとおもう」
俺がこんなだから、性的少数派の方々の気持ちも解るさ。当人らにとってほんの一部だけの気持ちかもしれないけど。
でもダメなんだよ。この反応が病気だと決めつけられるなら病気だと認めよう。差別なら差別と認めよう。でも、俺の気持ちも汲んでくれ! 俺の心も救ってくれよぉ!
俺は、男相手のチュキチュキはダメな……ケロッ――
「何度もスマン」
「人のズボンにゲロかけておいて、謝るだけで済むなら法治国家は滅亡する」
ナオは汚れたズボンを脱いでいる。おこ状態だ。
「これで許してくれ」
俺はソファに横になったまま、履いていた短パンを脱いで、ボ-ダ-パンツ姿になった。
「しかたないなぁー」
国家権力はおパンツに滅ぼされる運命らしい。
「でもって、いったいぜんたいどうしたんだ? 病院に連れてってやろうか?」
「いや、それには及ばない」
俺はゲロった訳を話した。
「アオイは、どうも、……一度ゾ-ンに入ったら強い拒否反応が続くようだな」
「それをゾ-ンって言うな! う-、落ち着いたようだ。試しに、吉田に迫られる……うん、あ、まだダメだ」
「横になれ横に!」
ソファで横になる。
「ただいま-!」
ノリ子さんが帰ってきた。
「碧ちゃんの検査結果が出たんで早く帰っキャ-ッ! あなた達ッ! とうとうヤッちまったのねーッ!」
「「え?」」
俺、パンツ姿でソファに横になってる。ナオ、ズボン脱いで俺を覗き込んでいる。
「「違う!」」
2人、シンクロして叫んだ。
「そういう事ね……」
ノリ子さんにゲロッた現場の跡と、ゲロで汚れて臭いナオのズボンを見せたら、納得してくれた。
「嫌だって気持ちが昂ぶって胃に来たようね。私生活に障害が出るようだったら、専門の病院で診察してもらった方が良いわ」
「まだそこまでは……」
病院怖い。注射怖い。
ノリ子さんは鞄の中から手帳とボ-ルペンを取り出した。
「碧ちゃん、突っ込んだことを聞くわよ。創作上のお話として、男と碧ちゃんが絡んでるトコロの想像、なんてのははどうかしら?」
「……大丈夫です。それはしょっちゅうです」
ノリ子さんの眉根に皺だけが入った。
「学校で、直央以外の男の子とお話しできる?」
「できます。むしろ、同世代の男と話が出来て楽しいです。女の子とはまた違う楽しさですね。むしろ、そっちの方が気が楽です」
「目の前の男の子が、いかにも碧ちゃんのことを下心な目で見ながらでも?」
「……大丈夫、ですね。真っ昼間の教室でみんながいる中で手なんか出してこないですし、たとえ出したとしても撃退できる自信がありますし。まあ、無いでしょうから、安心して話せます。むしろ面白い?」
「下心を持った男の子と2人きりの夜道だとか、路地裏だとかだったら?」
「あっ! だめだ! 気持ち悪い!」
「昼間だったら? 人通りの多い道だったら?」
「何ともないです」
「では次に、その……性を題材とした動画や画像で、男女が登場するスト-リ-は、見ることが出来る?」
「ウエルカムです」
眉間の皺だけが深くなった。
「その際、あくまで碧ちゃんの頭の中だけの想像で、女性の俳優と自分を置き換えて見ることは出来る?」
「それもょっちゅうです」
ノリ子さんは、冷静な表情を心がけているけど、すごく頑張ってるような気がする。
「男同士の――」
「ケロッ」
目の前が白黒になって、視界がぐるぐる回った。
「――友情を描いた学園不良物は?」
世界に色が戻ってきた。
「大丈夫です。ストーリーにもよりますが」
「だいたい解った」
ノリ子さんは手帳に何か書き込んでいる。
「碧ちゃん、あなたは男の身として、男と性的な接触を嫌悪している。一方、あなたは、自分の身体が女の子であることをちゃんと認識できているわ。自分の身が女性であることを認識しているからこそ、男との性的接触を精神の危機としてとらえる傾向になってるようね」
あ-……、よく分からない……。ダメな物はダメって声に出すだけじゃダメなのかな? 第三者なら拒否はしてないんだけどなぁ。
違う場所でやってもらうとか、俺が何処かへ行くのを許してもらえるとか。やるのは賛成しますけど、素晴らしいことだから見ろやオラァ、は無しの方向で。
難しい理由なんて要らないと思うけど?
「そして、これ。こないだの検査結果」
ノリ子さんが鞄から取り出したのは、某病院発行の検査結果表。
本土に来て、すぐに大きな病院で検査してもらったのだ。その結果が今出てきたと言うことか。
「わざわざ取りに行ったのよ。だから今日は早退」
それは早退したかっただけでは?
「碧ちゃんが封を切って」
ビリビリと。この辺、個人情報を遵守するのがノリ子さんらしい。
で、中はいろんなカタカナとアルファベットと数値だらけ。日本語量が圧倒的に少ない。
「見せてくれる? どれどれ……」
ざ-って感じで、ノリ子さんの目が上から下へ、下から斜め上へ、また下へと移動した。
「あ-、何ともないわね。内臓系もホルモン系も大丈夫。平均より脂肪が少ないだけの健康優良児。くっそγ-GDP!」
「安心して良いのかな?」
「身体の異常から来る男女逆転現象じゃないわね。後天的にしては極端だから、体の不調を疑ってたのよ。ホルモン値異常とか。でも、体に異常は欠片も見あたらないわ。だから、心とか魂の問題ね」
ははぁ、魂ですか……。
「アオイ、お前、今流行のTS転生じゃないのか? 江戸時代で同心とかしてた記憶はないか? ネコと話せたりしないか?」
「ないな-。ネコの言葉は分からないなー」
「あり得るかも知れないぞ! 転生することにより、脳の記憶だけが消えてて、魂の記憶だけが残ってる。なんせ死ぬことで脳が無くなったんだから、記憶だって消えてしまうよ!」
「そうか、俺は江戸時代からの転生体! ……んなワケあるか!」
そう、これがノリツッコミ。
それは横に置いといて――。
「ノリ子さん、もう一つ相談が……」
翠の中身のことだ。
「なにかしら? その前に、碧ちゃん、スカートか短パン履こうね。直央はズボン履いてらっしゃい!」
俺たちは、慌てて手と足を動かした。




