1.如月碧
再開しました。
俺の名は如月碧。染色体による性別は女。
13歳の春。中学一年生。いわゆる女子中学生だ!
中学へ入学する3ヶ月ちょい前まで、自分を男だと信じて疑わず育ったた美少女だ。
どうやって自分が女の子だと知ったかと言うとだな、……12歳のクリスマスの日、女子特有のアレが来たんだ。
そして、体は女の子。頭脳は男の子というアンバランスな生き物となってしまった。真実は一つじゃないぞ!
男であるが、セーラ服とスカートを身に付けている。気分は女装だ。恥ずかしい。
服装を始めとした見た目は、嫌々ながらも女の子を採用している。それは、つまり、女の子だったら女の子と遊べたり、一緒の部屋でお着替えしたりできるからという、男の子特有のスケベ心によるものだ。
こんなかんじで、性的下心満載のJC生活が始まったのである。ザマミロ。
さて放課後。
妹ちゃんである翠ちゃんの家、葉月家へ、初めてお邪魔することになった。
同じ校区なんだけど、睦月家と葉月家は学校を挟んで90度の開きに位置している。なので、家からはチョイと遠い。
お母さんは晩ご飯を食べて行けと言っていたそうだが、それだと遅くなるから、また別の日にあらためてと返しておいてもらった。翠ちゃんに。そういえばラインとか登録し忘れていたな。
葉月家へ向かう道中、翠ちゃんは、それはもうテンションが高かった。心配したくなるほど高かった。
俺の腕を引き抜かんばかりに取り、ぶら下がり、可愛い胸を押し当ててくる。柔らかい。
俺も、心配はしたけど、それを指摘すると胸を離される未来が幻視でたので、指摘しなかった。
結構長いこと歩いたようで短いようで――
「ここ、ここ、ここ!」
鶏のような……翠ちゃんが指し示す建物。オシャレで小綺麗な2階建てのハイツだ。
「ここの2階! ここの2階!」
翠ちゃんの言語がおかしい。
「上がって上がって!」
階段を上がる。翠ちゃんのあとについて上が……白い太ももチラチラ。姿勢を低くすると、おパンツの……ほぉおお!
「どうしたの?」
翠ちゃんが振り向いた。
「ううん? なんにも?」
しらばっくれたけど通ったかな?
「お姉ちゃんのエッチぃー!」
ダメだった。
ドアを開けると――
「碧!」
お母さんだ! 満面の笑みでお母さんが迎えてくれた!
「お母さん」
どちらからともなく抱きついた……。
そう大きな家ではない。
玄関があって、すぐダイニングキッチンがある。2人だとちょうどいい大きさかも。
ダイニングを挟んで南側に一部屋。これは翠ちゃんのお部屋で、たいへん明るい。
反対側の北にお母さんのお部屋。昼間は役所で働いているので、基本、夜しか使わないから暗い方が良いとのこと。洗面とお風呂はこの間取りにしては大きい方だ。俺、建築家志望だからそういうのに詳しいんだ。
いつもならお母さんの帰宅は午後6時を回ってからだけど、早退してきたらしい。
上司は「いきなりは困るねぇ! で、理由は?」と冷たく突っ込んできたが、「今日、生き別れになっていた娘が尋ねてくる」と答えたら、何も言わなくなったらしい。良い上司だ。ちなみに、職場の皆さんが上司へ向けた視線は、冷たかったようだ。
そして、話と言えば、親父の話だ。
縁を切られたのとか、ノリ子さん家に身を寄せたとか、諸事情で姓は如月のままだとか、諸々の話をした。
お母さんは、また泣いた。ごめんねごめんね、の繰り返しだ。俺は笑いながら「かえってスッキリした。親子の離婚だね」と冗談言ったら少し機嫌が直ったようだ。
翠ちゃんは憤懣やるかたなしの状態。大激怒脳天唐竹割り状態だ。こっちを静める方に時間がかかった。
「お姉ちゃん、今度何かあったら翠も参加させてね。刺すから」
「それはやめなさい」
凶状持ちの妹は困る。
実はお姉ちゃんて呼ばれるの、抵抗あったんだけど。ほら、女装趣味のない男子が無理矢理女装してるような? オネェ呼ばわりされているような?
だがしかし! 翠ちゃんのような美少女にお姉ちゃんと呼ばれるッ! この、むず痒いような倒錯した、アレは捨てがたい。このままお姉ちゃんと呼ばれ続けるのもいいんじゃないか? お兄ちゃんに変更するのはいつだって出来る。お姉ちゃん呼ばわりが飽きるまでお姉ちゃんを堪能したい!
よって、お姉ちゃんはこのまま。くっ、なんだこのシビレルような背徳感は?! よし、今夜はこれだ!
翠ちゃんは頬をグリグリと腕に擦りつけてくる。小型愛玩犬だな。クッソ! 仕草の一つ一つが可愛くてしょうがないッ!
「翠ちゃん!」
思わず俺も翠ちゃんの頭をナデナデした。
「お姉ちゃんは、翠って呼び捨てにして、ねえ!」
おおおおおおおおおお!
「み、翠」
「なぁに、お姉ちゃん!」
「ちょっと待って、今、血圧が190を超えた」
可愛すぎて脳のブレーカーが落ちそう……落ち――ピー――。
おっといけない。
このベタな展開。幸せってこういうことなんだ。
「おやつだけでも食べていって。いいでしょう? 用意してあるの」
お母さんが、台所へ入りおやつを見繕ってくれている。
「むしろ、お願いします」
実は腹が減っている。どうしたんだこの底抜けの食欲?
「じゃ、お姉ちゃん、わたしのお部屋へ行きましょう」
じゃぁって意味が分からない。
俺の腕を取って、オッパイを当てたまま……こうすると俺は何所へでも付いていくと思ってるんじゃないだろうな? 付いていくけど。
翠の部屋へと足を踏み入れた。
そこは少女の部屋だった。俺知ってる。これってフンワカキャラクター会社の展示室だ。
壁紙可愛い。ぬいぐるみ可愛い(たぶん)。
ベッドに腰掛ける。良いマットレスをお使いで。
並んで座ってるわけだが、相変わらず翠は俺の腕にしがみついたまま。オッパイを当てるのを忘れていない。肩に頭を乗っけるのが追加された。
で、べったりの翠ちゃんだが……
「お姉ちゃん、強いよね。わたし、お姉ちゃんと入れ替わっていたら、今頃、生きてなかったと思う。お姉ちゃん言ってたよね、島で暮らしたのが自分で良かったって。わたしじゃなくて良かったって」
そして――
――俺の目を下から覗き込んできた。
「ねぇお姉ちゃん、翠のこと好きでしょう?」
「うん! 可愛い妹だからな!」
「そうじゃなくて……わたし、女として、お姉ちゃんのタイプでしょう? って言ってるの」
ドキッ!
「図星ぃー!」
顔が急接近!
可愛い! アッ、ダメッ!
「……お姉ちゃん、自分の顔が好きでしょう? わたしの顔、お姉ちゃんと瓜二つだもんね!」
「あ、いや、俺は外見だけで好きになったわけでは――」
「ほら好きなんだ。お姉ちゃんわたしを好きなんだ!」
ゲッ! しまった! 狼狽えすぎた!
「お姉ちゃん。あのね、容姿は好きになる為の、ただの取っかかりなのよ。だから女の子は綺麗になる努力をしているの」
ず、ずいぶん大人びた女の子ですこと。
「わたしもよ。わたしも、お姉ちゃんが大好き!」
「おうっ!」
正面から抱きつかれたぁ! 美少女にぃ! そして、勢いが良すぎる。後ろ向けに倒れた。
美少女のお顔が、文字通り目と鼻の先に。呼吸が顔にかかる。心臓の音まで聞こえてくる。
翠の長い髪がはらりと、俺の顔に触れる。首にかかる。
避けようとして気づいた。俺の両手首が、翠のちっちゃい手で握られ、動けないことに。翠ちゃん、力強いのね。
そして、すーっと翠の顔が近づいてきて……。
「おやつの用意が出来ましたよー!」
お母さんの声が聞こえた。ダイニングからだ。
俺と翠は先を争って椅子に座った。
「あ、すごい! 綺麗な色がたくさん使ってある! ヨーヨーみたいな」
「マカロンっていうのよ、お姉ちゃん」
俺たち親子は普通に近況を話し合い、普通に笑い、普通に涙した。
そしてお帰りの時間。
「じゃあお母さん、……」
俺は言葉に詰まった。
お母さんも、泣きそうな目をしながら微笑んでいる。
「俺、良い大学出て、市の土木課に就職して、お母さんにいい目を見させてやるから」
「碧……」
がしっとお母さんの両腕を握った。痛かったかもしれないがそこは勢いだ。
「俺、お母さんを養ってやるから! 大人になったら、一緒に暮らそう!」
お母さんは目を丸くした。すぐに涙がこぼれ、鼻の頭が赤くなった。
「うん、うん、待ってる」
「じゃぁ、またね」
「気をつけてね」
次の休みに、どっぷりと遊びに行く予定だ。
翠が途中まで送ってくれる。
相変わらず俺の腕にぶら下がって柔らかい胸を押しつけてくる。
「こういうのが好きなんでしょ?」
「あのねー……」
くっそ可愛い。上目遣いなの可愛い!
「わたし、お姉ちゃんの背負ってるもの、半分持ってあげる。男のお姉ちゃんとずっと一緒に生きていきたい」
目が、目が潤んでる! いかんぞ、いかん!
「あのね、翠。俺たちは姉妹なの。姉妹でアレ的な行為は、ダメなの。近親相姦って知ってる?」
背徳感に声をひそめる。
「知ってるよ。じゃ、お姉ちゃんは、何でダメなのか、理由を知ってる?」
「そりゃあなた、血が濃すぎる子供ができるといろいろアレだからじゃないですか」
「わたしたち、子供なんかできないよ?」
「……それもそうか。……いやいや、生物としてね、女と女で――」
「わたし、普通に男の子が好きだし、女の子も好きだし。お姉ちゃん、男じゃん。むしろお兄ちゃんじゃない? だったら男と女でしょ?」
「……それもそう……いやいや、俺はね――」
「子供できないでしょ? 男と女でしょ? 両思いでしょ? お姉ちゃんの事、全部理解してるでしょ? わたしも父親の事があるから結婚なんか嫌だし。どこに問題点があるというの? 論破できる? ちなみに、わたし入学時の学力テストで学年一位ね」
「……ないなー。論破できる気がしないなー」
主に頭の差で。……なのだから、翠に言ってることが正しいように思えてきた……いやいやいや!
「じゃぁ、この辺のこと、ナオに言っても良いのか? 翠は恥ずかしくないか?」
「なんとも? どうして? なんで? お姉ちゃんの話通りの人だとしたら、むしろ賛成して応援してくれるんじゃないかな? どう思う? お姉ちゃん?」
「……だな。ナオなら賛成した上に応援してくれるだろう……いやいやいや、ノリ子さんだとか――ナオのお母さんね――おじさんや、それにお母さんはきっと反対するだろう」
「お母さんは賛成してくれる自信がある。だって、お姉ちゃんが苦しんだ原因の半分がお母さんだもの。ノリ子さんは、あの人、要注意よ。わたし達のことを研究材料にしている気配を感じるの。あ、だったら逆に賛成してくれるかも! それと、おじさんは無視ね。元来、中学生くらいの子の恋愛事情は、お父さんには聞かせないものなの。デリカシーなの!」
「……だったら、反対意見は出なさそうか……いやいやいや……」
なんだろう? 翠が言ってることは全部正しい。だけど、なんか根本的なところが間違ってるような?
「でもね、普通の人が見たらどう思うだろう?」
「さすがに、世間一般の常識からして異質なのは理解してるわ。だから内緒にしておくの。どう?」
翠の計画は完璧だ。でも、何か違和感がぬぐえないのはなぜだろう?
「わたしが全てのアンサーなのよ!」
翠が答えだって?
「ちょっとまって、考えてみるから」
「男らしくないわねぇ! じゃあ聞くよ! お姉ちゃんにとって、ド真ん中ストライクな容姿は?」
「俺の顔」
「ほら、わたし、お姉ちゃんと同じ顔。ストライク!」
ま、まあな。
「男と女、どちらとハグしたい? 結婚したい?」
「女」
「ほら、わたし、女!」
ま、まあな。
「お姉ちゃん秘密を全部知って理解して一緒に背負って生きていこうってしてるのは? 翠? クソ親父?」
「翠」
「ほら、わたし、翠!」
ま、まあな。……あれ? 反論する要素がないぞ!
翠は、ふっと俺から離れた。なんか腕が寒い。うってかわって、翠は悲しそうな顔をして俺の目を見る。
「……たぶん、お姉ちゃんは動揺してるんだと思うの。だから、正しい答えが解っているのに、それを掴むことができないでいるの」
そ、そうなのかな? なんかだんだんそんな気がしてきた。
「じゃぁ……お姉ちゃんの返事は保留ということで。お返事は、お姉ちゃんの心が落ち着いてからにしましょう! まずは姉妹から始めましょうね!」
「あ、うん、そうだね。姉妹から始めよう」
うん、姉妹なら今まで通りだしね! 問題ないしね!
「そうよ! 姉妹で仲良くしながら、お互いの愛情を育んでいきましょう!」
「だな……」
こう、なんか違和感が残るんだが……ま、いいか。




