21.それでいいや
そして、翌日、通学路にて。
「そうちゃん、良い子なんだけどなー。女将さん風で、しっかりしてて」
「話が弾まなかったんだよね。僕はもっと子供っぽいというか、ノリの良い子が良い。ドラムブレーキを装備した大排気量2サイクルバイクみたいな子が良い」
「そっかー……そうちゃん、前後ディスクブレーキ装備車だもんな」
そうちゃんなら、ナオが突っ走り始めるとブレーキを掛けるだろう。ナオは、一緒になって走ってガードレールに張り付くタイプの子が良いんだろうな。
俺の回りにはいないなぁ。何処かにいないかな? どっかで見たような記憶があるんだけどなー? テレビかな?
「うーん? ま、いいか」
顔を上げると、ナオが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
まさか?
「俺じゃねぇだろうな?」
「僕は着ぐるみに入った男は愛せない」
「どういうこと?」
マジ言ってることが理解できない。
「アオイは覚えてるかな? 僕たちが小学1年のときの夏休み。母さん、もとい、先生に連れられて1月ばかり本土へ旅行したときのこと」
「ああ、ちょっと早すぎる修学旅行と林間学校と臨海学校と社会見学を兼ねての旅行だったよね?」
それと、島での仕事で子供に見せられない何かの打ち合わせがあるから、とか言ってたような言ってなかったような?
「あのときさ、遊園地でやってたガッシャマンショーな。紅一点、G3号水鳥のレイコさんを覚えてる?」
「おう! ミニスカートで蹴り技多用して、いまでも思いだしてドキドキしてる!」
チラチラと白いのが見えるのも良いけど、後半、まくれ上がったままアクションしてた。あれは子供心にアレ的に衝撃的だった。
「ショーのあとさ、島から出てきたって事で、無理言って楽屋挨拶させてもらったんだよ」
あったような? 俺、怖がって行かなかったような行ったような? 記憶が欠如してますが。
「楽屋でさ、G3号さんに会ったんだよ。女の子の顔つきお面外したスーツアクターに。アフロで口ひげでスカート履いたちっこい中年のおじさんがタバコ咥えてた」
「あー……それは……」
子供心に傷を負わせる光景だな。俺、記憶になくて良かった。
「でもって、可愛い女の子の着ぐるみを着た男子スーツアクター感覚なのが、アオイに抱いている心境なんです」
「なるほど」
なかなか上手いたとえ話を持ってくる子だ。
「だから、アオイは恋愛、アレ実施共に対象外だから、見て楽しむだけだから。安心してパンツを見せていて欲しい」
「だったら、安心だな……あれ? じゃぁシュシュットニンジャジャン戦隊の青い子は!?」
それッ、大事ッ! 男の子の夢ッ!
「安心しろ。その子の中身は女性のスーツアクターだ」
「よかった。あっ! バトルフィンガー5のミスアバズレ!」
「スーツアクターは女の人だ。彼女だけ宙返りとかしないだろ? 当時、アクションできる女性が少なかったんだ」
それを聞いて安心した。あの2人さえ押さえとけば残りが男でもかまわない。
「詳しいな、ナオ」
「タイムマシンレンジャーのピンクは男だ。あの一件以来、中身が気になって気になって狂おしいほど仕方なくなって、必死に調べた」
……ナオはナオで、闇を抱えているんだなぁ。
「それで……実は……」
「なんだ?」
言いにくそうな、はにかむような?
「僕、その一件以来、チンポコ見るのが嫌いになって。お父さんのを見ても吐きそうになるくらいで。……だから、アオイのチンポコも見ないようにしてた。それで、僕、アオイの体に気づいてやれなくて……」
え? ナオ?
「ごめんよ、アオイ。僕のせいだ……」
「違う違う! それは違う!」
ナオのせいじゃない! ちょっと良い返事が思いつかない。ナオはナオで、苦しんでいたんだ。
「えーっと、俺は……ナオのせいにするつもりはないよ。だいいち、俺が恥ずかしくて隠していたんだから、ナオが見ることはなかった。偶然だよ偶然! いや必然か?」
俺がナオのを見ることはあったけど、俺のをナオに見せることはなかった。
「俺のがちっちゃかったと信じ込んでいて、ナオに見られるのが恥ずかしかったんだ。だから必死で見せないようにしていた。だから、ナオが見ようとしても見えなかったんだから、気にすることじゃないさ」
「うん、……ごめんよ、アオイ」
非情に気まずい。大変気まずい。スゴイ気まずい。あ、またスゴイってつかっちゃった。
えーい、面倒だ!
「き! に! す! ん! な!」
バシバシと5回、ナオの背中を力一杯叩いてやった。
「じゃぁ、アオイにスタなんとかのキャラメルマキアートザザードアルキザードフローズンストロベリーをおごるよ」
……よく言えたな、それ。魔界の門を開く7つの鍵じゃないだろうね?
「それで手を打とう」
ナオの気がそれで済むなら、俺はむちゃくちゃ甘そうなのでも飲んでやる。
ナオはナオで、アレ的な闇を抱えていたんだな……。
そして、午前の授業という苦行も終わり、お待ちかねの給食だ。
「アオイっち、大盛り、よく食べられるなぁ?」
このみちゃんのはチョコンとしか盛られていない。まるで虫が食べるほどの量だ。
「いや、逆にお腹空かない?」
「ぬキたんのも少ないのらー」
ユキちゃんのは子猫クラス。
「離乳食ですか?」
「んぎゃんぎゃんぎゃ!」
赤ちゃんになるのは止めましょう。
で、そうちゃんは……それなりの量。あの体を支えるにはそれくらい必要――
「あおいちゃん、今失礼な目でわたしを見なかったぁ?」
「いえ、とんでもございません。ってか、自分が食べる量ほうが圧倒的に多いじゃないですか。言われたくありませんですますござる!」
そりゃそうだねと、聞きようによっては失礼なことを言って食事に戻った。
そして、片付けが終わってから――
「お姉ちゃん! 来たよー! ハイお弁当!」
「おー!」
妹の翠ちゃんだ! 美少女の手作りお弁当だー! わーい!
翠ちゃんの作るお弁当は緑色が多い。もっと茶色を増やしてもいいんだよ。
「よく食べるねー」
このみちゃんが呆れていた。
「でさ、お姉ちゃん。今日うちに来ない? お母さんも待ってるよ」
俺たちの関係を知る者達にとって、翠ちゃんの言葉はパワーワードだ。声を拾ったクラスメイトは、動きがぎこちなくなって、聴力を俺たちに全振りしている。
「そうだねー……行こうか。色々と積もる話もあるし」
「ハイ決定! お姉ちゃん決定! そうときまればこおしちゃいられない、おかあさんにラインしなきゃ!」
気のせいか、……知能が下がった?
「んなんな、なに話すの?」
「ユキぃッ!」
ガッとこのみちゃんの腕が飛び出てユキちゃんの細い腰に巻き付き、シュルっと巻き取られた。
「ユキちゃん、すこしは空気読みなさいぃッ、めっ!」
そうちゃんが笑顔のまま怒ってる。
「どうぞ、お気になさらずに話を続けて、続けて!」
このみちゃんがユキちゃんを抱えて走っていった。派手な顔に関わらず、よく気の付く子だ。ナオの伴侶にどうかな?
「……べつに、大したこと話さないのに。学校のこととか、成績だとか、山風のリーダーの話だとか」
ホッと息をつくそうちゃん。
「えげつない話はすでに済ませてあるから」
「けひょっ!」
そうちゃんが変な声で鳴いた。
「みんな、気を遣いすぎだって!」
うちのクラスは、平和な子ばかりだ。俺を女と思いこんで――女だけど――色々と気遣ってくれている。有り難いことだ。
でもって、真の俺を知る人も増えた。ナオと、ノリ子さんと、おじさん。そして翠ちゃんとお母さん。5人もいれば心強い。
問題は全然解決してないけど、将来のことを考えれば不安だらけだけど、一人で悩まなくて良いだけ、俺は幸せなのかもな。
……むしろ、こんな俺だから幸せを感じられているのかな?
今が幸せだから、それでいいや。
―― 第1章 運命編 おしまい ――
本来は、ここで「完」なんですが、
一旦、間を開けてから2部を開始します。




