20.幸せのギャップ
「おはよ、アオイっち!」
このみちゃんが、俺の背中を叩く。
翌朝の登校シーンだ。
「睦月君もいつもに増してイケメンだね!」
「あはは」
誤解を招くぞ、このみちゃん。……いや、わざとだこれ。
ナオと、このみちゃんと、俺。男の子と、女の子と、男の子であり女の子である子という、種族が被らない3人組となったからこの世は面白い。
「お姉ちゃん!」
校門で手を振ってるのは翠ちゃんだ。
だだだっと走ってきて俺の腕を取る。柔らかい体を押しつけてくる。たまらん!
この出来事にこのみちゃんの目がねちっこく歪んだ。
「あっはっはっ! さすが王子様。でも『お姉ちゃん』は危ないなぁー、眼福眼福!」
「いや、翠ちゃんは本物の妹だし。2人は双子だし。あれ? 知らなかった?」
このみちゃんは、笑顔のまま目を点にして固まっていた。
翠ちゃんは俺の影から可愛く顔をひょこっとだして、このみちゃんを睨み付けている。
これは打ち合わせしていたこと。うっかり話すのを忘れていた。言わなくても分かるだろう、的な?
これで、押し切ろうと。学校へは昨日のうちにノリ子さんが話を付けてきたらしい。直接校長の家に乗り込んで。最強は個人攻撃。
「自分達は双子なんだ。翠は妹。ほら、碧と翠、似た名前。両親は小さい頃に離婚しててね。自分は父方に、翠ちゃんは母方に引き取られて、別々の場所で暮らしてたんだ。だから名字が違う。でもって、中学入学と同時に父親の転勤があって、同じ校区に引っ越してきたと。だから同じ学校に通ってるわけ」
「え? あれ?」
このみちゃんが再稼働を始めた。
「あれ? 知らなかった? 言ってなかったっけ?
俺は惚けた。
「ほら、顔似てるだろ? 自分が眼鏡掛けて、髪伸ばしたら……」
「あっ! あっ!」
翠ちゃんが喘ぎ声? を出す。俺が翠ちゃんの眼鏡を取り上げ、命より大事な前髪を手で押し上げたからだ。
翠ちゃんの眼鏡を俺が掛ける。
「そっくり……」
このみちゃんが指で俺と妹を交互にさしながら驚いている。
「こ、これは、みんなにひろめなきゃ……」
この後、クラスが大騒ぎとなったのであった。
「んなんなんなー?」
「ほ、ホントなの? 碧と直央君が双子じゃなくて、隣の葉月さんと双子の姉妹?」
ユキちゃんは混乱している。
そうちゃんはナオの事が気になって仕方ない。
このみちゃんは、向こうの隅で女子同士固まって話に熱中している。
一つずつ解決していこう。
「ユキちゃん、落ち着きたまえ。自分は自分で別人になったりはしない」
「安心したのら」
次は、そうちゃん。
「ナオの好みが分かった。ポニテだ。そうちゃんは髪が長いから――」
ずばばばッと風を切る音をあげ、そうちゃんは髪をポニテにした。
「おい、ナオ!」
「なんだアオイ……」
吉田達と内緒話をしていたナオだったが、振り向いたあやつの目は、俺を通り越してそうちゃんに向けられていた。
そうちゃんの斜め後ろから「今日の放課後、下駄箱の外で待ってろ。ナオとデートさせてやる」と囁いた。
こちらもバフっと振り返る。もうちょっとで尻尾が目に当たるところだった。
「ああ見えて田舎者だから、スタパなんかに連れていけばマウントを取れる。がんばれ」
頬を赤らめるそうちゃんであった。
そして、このみちゃん。
こっちを向いてる。お仲間の女子や男子もこっちを向いてる。双子の件だ。
俺は鷹揚に頷いた。その通りだよと。
女子が円陣を組んでキャーキャー話騒ぎだした。……ちょっとした物語ネタだからな。こういうのは早めに流行らせて、早めに飽きさせるに限る。
そうこうしているうちに文月先生(女教師:眼福)が入ってきて朝のHRが始まった。
ようやくこの教室に平穏が訪れたのであった。
して――お昼。
机をくっつけて給食をみんなで食べる。いつもの3人娘に+明日香ちゃんだ。俺たちは5人グループとなって給食を食っていく。
昼休みに、翠ちゃんがお弁当を作って持ってくるというボケをかまして、それを俺が食うというイベント発生。
頃合いを見計らって、ナオに声をかける。
「ナオ。そうちゃん、夏目そうちゃんがな、お前のことが好きなんだって。放課後、玄関で待たせてるから、なんか美味いもんでも食ってこい」
そういって3千円渡す。
「いや、こんなのもらっても「金持ってるのかよ?」有り難く頂き「貸すだけだ。返せ」ますぅ」
そして放課後。
今日は学年クラス委員会があるって泣き出した翠ちゃんの頭を優しく撫でて見送った。いいわぁ、翠ちゃんクッソ可愛いわ! 良い匂いするわ! 柔らかいわ!
第一、顔がタイプだ!
明日香ちゃんには、クソ親父の件を簡単に……そう詳しくはなく……仕事の内容は伏せて……話した。結構突っ込んだ話をしてしまった。
「碧ッ!」
明日香がいきなり俺の頭を抱えて胸に抱いた。俺、パニック。心が穢れているから変な気が起こってしまって大変なことになった。静まれ、俺のリビドゥ!
明日香は優しい子なんだ。心が穢れた俺が汚してよい相手ではない。でも、おかずなら被害はないよねと考えてしまう俺はやっぱり男の子。救いようのないバカなんだよ、男の子って。
夕方、誰もいない家に帰ってきた。
睦月家だよ。
おじさんとおばさんは共働きだから、明るいうちは家にいないんだ。
拘束服のようなセーラー服を脱いで、……でも着ると興奮して戦闘力が爆上がりするから±ゼロ理論……拘束具じゃなくて戦闘服だな……。サイズの合わない戦闘服を脱いで、ソファにゴロンと横になる。
クッションの柔らかさが心地よい。開放感が心地よい。
あらためて思う。ブラ込みのパン1だけど、全然恥ずかしくない。下着姿で表に出ても恥ずかしいと思えない。もっとも、正常者に襲われる、もとい……変質者に襲われる可能性が高いので、やる意思はないが。
ナオに言わせると、そこに俺の隙があるらしい。そこに男子が惚れているらしい。
俺を客観的に見て……、たしかに、頼めばノリで何か(えっち)してくれそうな雰囲気はある。しないけど。
見慣れぬ天井を見上げる。
……ナオとそうちゃん、上手くいってるかな? ナオには色々と良くしてくれた恩があるので、どうにかして報いたい。スタなんとかのコーヒー屋さんで呪のような祝詞の商品を頼めてれば御の字だ。
そうちゃんがダメだったら――駄目な気がする――、次は誰とセッティングしようか? 予約はたくさんあるんだ。本人に自覚はないが、ああ見えて女子からの評判が良い。……羨ましい。
あいつの好みって、どんなタイプだっけ? あらためて考え直すと、よく知らなかったことに気がついた。
なんにせよ、早めにくっつけるに限る。そして、それとなく彼女から、こっちに気がある女の子を紹介してもらう。
俺は……ごく普通の家庭を持ちたかったんだけど……夢は叶わない。潰えた。
俺は、子供を産むつもりなんかない。男だから。
だから、普通の家庭を築くなんて、未来永劫無理なんだ。無理になっちゃったんだ。
せめて、ナオが普通の家庭を築いてくれて、子供が生まれて、普通の子として普通に育ち、家から旅立って、新しい普通の家庭を作るような生き方をしてほしい。
せめて、そんな光景を近くで眺めていたい。そんな環境になって欲しい。
そう願うだけだ。
……女の子の体もいいしね。毎日お風呂が楽しみだし。下着は可愛いし。ナニ本いらないし。
「ただいまー」
ナオが帰ってきた。
「うわ早い! もう別れたのか?」
「バカ! 中学生は門限があるだろ? 夏目は門限ギリギリまで粘ってくれたよ」
「楽しかったかい?」
「スタなんとかのコーヒー屋さんで呪文みたいな注文をしてくれた。夏目すげぇわ。都会の子は違うわ。尊敬してしまった」
よしよし、うまく罠にはまったようだ。
「それで、付き合うのか?」
「うーん……無理かもしれない。夏目はおっとりとしてるけどしっかりしている。そして何より真面目だ。僕が好きになるタイプと真逆かもしれない。……だからまずは友達かな?」
……一歩進んだからヨシ!
……ってワケにはいかないか。なんでも良いようにとらえてしまう。俺の悪い癖だ。だから親父にもあらぬ期待を掛けてしまった。その結果がこうだ。
まぁ、いいか。
「手、握った? 柔らかいだろ?」
「まだ。でも良い匂いがした」
「女の子ってすげぇよな!」
3人衆や、明日香、翠ちゃんなんか、もう、本職の女の子だもんね。スゲェよな!
「アオイも女の子」
「……あっ!」
忘れていた!
「女の子ついでに、アオイ、おまえ、胸大きくなってないか?」
言われて、胸をすくう真似をする。
「オッキくなったと言うよりは、形が整ってきたんだと思う。今まで、乳輪と乳首だけ尖ってたんだけど、最近、お山の麓まで含めて大規模範囲で丸く膨らんできた。お胸が本気を出したらしい」
「成長が早くないか?」
「今まで男の子だったのが、急激に女の子になったから、体が急いで成長したんだろう、って説だ。あんまり言ってないけど、体のあちこちが痛くて眠れない夜が続いたりもした。食っても食ってもすぐ腹が減って困る。その甲斐あって、立派な体になりつつある。良きかな」
実際、すぐ腹が減る。給食の量が足りない。今日、翠ちゃんにお弁当作ってきてもらって助かったくらいだ。明日も作ってくれと言ったら、喜んでいた。泣くほど喜んでいた。
言ってたら腹が減った来た。なんぞ作るか?
「ただいまァアーッ!」
「あ、おじさんお帰りなさい」
もうこんな時間か。おじさんの帰宅だ。
「なんだよ父さん、大声出して」
「大声ってェ碧ッ君ーっ!」
おじさんが後ろを向いた。
「碧君! 服・服、服着て!」
あ、俺、下着姿だった。
「え? いっすよ、気にしてくれなくて。俺、気にしませんから。おじさんもステテコ姿になるじゃないですか。あれと同じ感覚で」
「そーゆーわけにはッいかないでしょうにーッ!」
「男として扱ってくれるって言ってくれたでしょうに?!」
「ノリ子がッ! ノリ子が帰ってきてから、お話をしよう! ね、ね!」
「しかたないなー」
脱ぎ散らかしたセーラー服を小脇に抱えて2階の自室へ上がっていった。
晩ゴハンの用意をノリ子さんと一緒にしている。如月家では俺が永久メシ当番だっただったから、お手の物だ。
「碧ちゃん、キャベツの千切りできる?」
「おまかせ、トトトトトトッ!」
「へぇー」
ノリ子さんが感心していた。
次、大根おろしね。舌が痺れるほど辛いのが好きなんだ。辛い大根下ろしを食った直後に飲む水。これがたまらん! 追い辛みだ。
メシのあと、本日の議題。俺の普段の過ごし方について(服装編)。
「……なるほど、そーゆーことね」
ノリ子さんがこめかみを揉んでいた。おじさんは天井を見つめていた。
「碧ちゃんが男だって事は睦月家の全員が理解しているし認識しています」
「だったら――」
「ですがッ!」
ノリ子さんの圧が強い。
「やはり、うちの、耕介さんは、ナニをぶら下げた男性です」
「それは解ってますが……」
「例えばッ!」
ノリ子さんの圧が強い。
「碧ちゃんの目の前に下着姿の美少女が寝転んでいたらどうしますか? 性格の悪い子ですが、碧ちゃんに心を許していて、おまけに同居しています」
「警察案件覚悟で押し倒す……あっ!」
「どうやら気づいたようですね。先生は嬉しいです」
ノリ子さんは観音様のような微笑みを浮かべられた。やっと解ったかガキ! って微笑みだ。
「短パンで良いです。ステテコでも良いです。履きましょう! 上は短い丈のTシャツで良いです。着ましょう! それが、共に生活する者同士、最低限のエチケットです」
「すごくよく分かりました。おじさん、ごめんなさい」
「いや、わかればいいんだ。自分の部屋では自由になさい。そこまでは言わないから」
「耕介さんも、風呂あがりにブラブラさせない。パンツ履く!」
「はい」
「俺も風呂上がりにパンツ――」
「パンツは履くもの!」
「はい」
ノリ子さんの圧が強い。
「ナオ。あなたも何か言っておくことないの?」
「はい。アオイ、おまえ、『すごく』が口癖になったな」
ノリ子さんのダブルモンゴリアンチョップが決まった。




