2.それぞれの溢れる想い
俺は医務室(兼、学校の保健室)へ担ぎ込まれた。ノリ子先生が痛み止めの薬を飲ませてくれた。すると、痛みはウソのように引いていった。
「達夫さん、どう言うつもりだったのかしら? 言い訳を聞きたいわ」
彼女の名は睦月ノリ子さん。ナオのお母さんだ。そして俺たちの先生(小学校)であり先生(医者)であり、法律(怖い)だ。
「なにが? 普通に育てたよ!」
「ハッ! これが普通?」
怒られているのは如月達夫、俺の親父だ。
「母親が居ないとはいえ、仕事が忙しいとはいえ、碧ちゃん、男物のパンツはいてたわ。どういう事ぉ↑?」
「直央ちゃんと同じ物買っとけば、経費節約できるだろ? まだ子供だし」
「はぁ↑? その結果がこれぇ↑ 達夫さん、ひょっとしてあなた、碧ちゃんに自分が女の子だって言ってなかったりしてない? 男の子扱いしてない?」
「……そういえば言ってない……かな? でも解るだろ、普通!」
「ここ 離れ小島 人 いない 同年代の 女の子 いない 分かるかな? その鳥頭でぇチェスト!」
「うわぁー!」
親父は右腕をきめられた。ノリ子さんは合気道の有段者でもある。逆らうと関節をキメられる。俺やナオもずいぶん扱かれた。
「痛い痛いッ! やめっ、普通に考えたら碧だって…痛い…分かるだろ? …痛ッ…チンポコ無いだろうにッ…痛たいって!」
「親父……男は、大きくなったら、チンポコ、生えてくる生き物だって……言った……」
喉から声が出た。かすれ声だ。痛み止めの影響か、瞼が重い。
「生えるわけないでしょう!……何も知らない碧ちゃんにッ! 人でなしーッ!」
「ギャーッ! 碧ッ! おま、真剣にわかんなかったのかアギャーッ! 間違えやがってー!」
「だって…親父…ちっちゃい頃…見てもらったら…あのチッチャイのが大きくなってポコチンになるって……」
「見せたの? 碧ちゃん、見せたの? 見せた上で、そんな説明受けたの? おどれはぁー!」
「折れる折れる! ノリ子さん、先生だろ? あんたこそ保健体育の授業で教えなかったのかグハァ!」
「人のせいにするのかぁーぁぁぁお前はあぁぁぁぁっ!」
親父の肘と肩からミリミリって音が聞こえてきた。
「ノリ子……さん……止めてあげて……」
ノリ子おばさんが逆間接をゆるめた。
「碧ちゃん、あなたなんて健気なの! お父さんをかばって……」
「親父は……左肩が四十肩……やるなら左」
「おっしゃぁー!」
「キャーッ!」
眠い。親父の女みたいな悲鳴を聞きながら、目を閉じた。
俺……女だって? 親父に騙された? ウソだろ? 目が醒めたら、きっと元に戻って……
目が醒めた。
変な夢を見た。
俺が女になってる夢だった。
ベッドの横で、親父が怒った暗い顔で俺を見ている。
「変な夢を見たよ、親父」
「事実だ、碧。お前は生まれたときから女だった。バカヤロウが。そんなの当たり前だろ!」
親父の左腕は三角巾で吊られている。どうやら、事実だったようだ。
「あと、あのちっこいポコチンは女の物だバカヤロウ。だからお前はだめなんだ。年数が経ったとしてもポコチンにはならないデボッ!」
親父は、飛び込んできたノリ子さんのドロップキックをまともに食らい、割れた窓ガラスとひしゃげた窓枠と一緒に、外へすっ飛んでいった。
親父はいつもバカヤロウという。だめなんだと言う。俺はバカなのかな? 何をやってもだめなのかな?
……また気を失った。
目が醒めた。見慣れぬ点滴がぶら下がっている。
腕に点滴の管が刺さっていた。
相変わらず医務室のベッドだ。光の差し込み具合から言って、朝だな。
「お! 目が醒めたか?」
今度はナオが側に付いていてくれた。
「ナオ。どうやら俺はパラレルワールドへ迷い込んだらしい」
ナオはゆっくりと頭を振った。
「違うよ。どうやら、アオイは生まれたときから女だったらしい。俺も知らなかったんだから、現実世界だ」
ナオが言うなら本当の事だろうさ。
「うっ!」
息が詰まった。体を動かそうとしたんだけど、全身に痛みがビビッと走って、動けなくなった。生理? とやらの痛みじゃない。こいつは筋肉痛だ。
「お母さんが、アオイの側に付いててやれって。それで……」
「俺、どんくらい寝てた?」
ナオは指を三本立てた。
「三日だ」
「三日もォー!?」
「スジが硬くなってるからいきなり動いちゃダメだって、母さんが言ってた。ゆっくり、部分ごとに少しずつ動かしていくと大丈夫だってさ」
あー、ちょっとずつね……痛たたた。だめだ、何も考えられねぇ。
俺は意地になって体のあちこちを動かし続けた。痛みが少しずつ小さくなっていく。
「なあ、ナオ。俺、あんな事言ってたけど、俺、嫌だよ。男がいい! 大きくなったら女の子と結婚したい!」
「あんな事? ああ、女の子になったらナニしようかって話しか」
冗談だから、あり得ないから、笑い話として話せるんだ。これが現実なんて……現実って……夢だろうこれ?
「でもさ、ちょっと考えてみようよアオイ。用意してきたんだ。えーっと――」
ナオは横に置いてあったリュックから3枚のカードを取り出した。
「僕が作ったんだ。お母さんの許可は取ってある。先ずはこれ。やるよ」
ナオが出したのは、ナントカって名前のイケメン俳優の上半身裸の写真。細マッチョだ。筋肉質ってヤツだな。
「おいおい、男の裸なんか見せるなよぉ! それでなくとも気分が――」
「まあまあ! じゃもう一枚。こっちはどうだ?」
俺が喋ってるのに、それを遮って、もう一枚のカードを取り出した。
今度は、元なんとか坂グループだったアイドルの上半身ビキニ写真だ。
「おっぱいスゲー! エッロいおパンツじゃないかおい! これもらって良いのか?」
どうしてもニヘラと笑ってしまう。ここにいるのがナオだけだからね。遠慮スケベは要らない。
「そしてこれ。許可もらってエロサイトからプリントアウトしたんだ」
最後の一枚。それは、女子更衣室の盗撮画像。水着に着替え中。いかにもプロのAV女優が演技してるのを盗撮してる風な、あざとさ満開のワンショットだ。
「くっはっー! 俺の好み!」
「ほーら!」
「ナニがほーらだよ? 今更返せとは言わせねぇぜ」
「言わないよ。コピー持ってるし。僕が言いたいのはさ、アオイ、お前変わってねえじゃん」
「そう簡単に変われるか!」
ナオは何が言いたいんだ?
「プールの女子更衣室へ堂々と入れるじゃん」
「あれ?」
そういや……そうだな。
「女風呂入って堂々と裸見られるぜ」
「だな」
うん、問題なく見ることが出来る。
「引っ越しした先の中学入ったら、出来る友達はみんな女の子だぜ」
「なるほど! 貴様、天才か?!」
労せず、女の子と仲良くなれる。ナオは目の付け所が違う。
「……おっぱい、さわれるぜ」
「ふぇ!」
「綺麗な大人の女の先生のオッパイも……ワンチャン有るぜ」
「え」
「それと、女物のおパンツとブラジャーなんか堂々と付けられる」
あ、あの、魅惑の? 夢にまで見た? ノリ子おばさんの洗濯物から盗んだアレの新品が?
「ひょっとして、堂々と買える?」
「買える。……ついでに俺にも一枚買ってくれ。金ならある」
「まかせろ」
ナオの考えていることは痛いほど分かる。俺がナオだったら同じお願いをしただろう。
「良いことだらけじゃん?」
「確かにッ!」
それは血の叫びッ!
……でもなぁ――
「でも、彼女欲しいな。恋人作りたかったなぁ……」
「なあ、アオイ。ビアンって言葉知ってるか?」
「なんだそれ?」
聞いたことがない。たぶんエッチな言葉なんだろうけど、この島は情報が入ってこない。ネットだって親の使うネット環境だから、エッチなのは全部ブロックされている。これが言葉狩りだ!
「あのな……」
ナオはキョロキョロと周りを見回した。
「お母さんに見つかるとヤバイ。耳貸せ」
「おう」
「ごにょごにょ……」
元気になった俺は、昼過ぎにゃ退院した。