17.告白
して――。
母子姉妹の会見は続いている。
揉めると思ったが……冒頭、ある意味揉めたが……おおむね、平和な感じで対面の行事が進んでいく。
もっと揉めると思ったんだけどなー、……いや、俺がいちゃもん付けなければ揉めようがないか?
食事も始まり、和やかな雰囲気がより和やかになっていく。
ノリ子さんがタイミングを見計らっていた。
「それでね、茜さん……」
チラリと俺の顔を見る。良いよと目で返事をする。いよいよだ。
前もって打ち合わせしたとおり、ノリ子さんが俺の特殊性について話をすることになっていた。
「全ては達夫さんの悪行に起因するのだけど……落ち着いてよく聞いてね」
そして、俺の身の上話が始まった。
俺が去年のクリスマスまで男だと思いこんで育ったこと。結果、体は女の子だけど、心は(スケベな中一)男子だと言うことを。それについて苦しんでいる……苦しんでないか?……(一部楽しみながら)苦しんでいることを。全て。全部。あからさまに。
お母さんは、途中から、またも涙を流しながら黙って聞いてくれていた。
「と言うわけで、俺は男なんだ。どうしても女になれねぇ。自分の一人称は『俺』なんだよ」
ノリ子さんの後を引き継ぎ、俺の台詞で長い話が終わった。
「ごめんなさい、ごめんなさい碧。わたしに力が無かったばかりに。わたしが碧を引き取らなかったばかりに。こんな事になってしまって。あの時、無理矢理にでも碧を連れていくべきだった……」
お母さんは、泣きっぱなしだ。
「それに関しては……わたしにも責任があるわ。ごめんなさい茜さん、碧ちゃん」
「いーや違うね!」
間に入る俺。
「全部親父のせいだ! ……とは言い切れないか? 俺の資質にも原因があると思うんだ。男であることが楽だし、この男物の服着てると楽なんだ。女の子の体に男の心が入っていて、それが俺なんで、スカート姿はちょっぴり恥ずかしいけど、可愛い俺も好きで……」
……変なことに気づいた。
妹ちゃんは双子であり、俺と瓜二つのはず。だのに印象が違って姉妹だなんて思いもつかなかった。それは、妹ちゃんが眼鏡を掛けていることと、髪の毛が長くて綺麗で女の子してることに起因する。
つまり、目の前の妹ちゃんは、俺の女子形態完成形なのだ。頭半分低いけど。
俺は、俺の容姿が好きだ。アオイという容姿に恋をしている、といってもいい。
でもって妹ちゃんは俺とそっくりだ。男としての触手が蠢くほどの美少女である。俺が美少女だから妹も美少女だ。こうして目の前に置かれると美しさが際だつ。
……タイプだ。
俺も何言ってるか分からなくなってきたが、妹ちゃんは、翠ちゃんは、俺のタイプなんだ。すごく好き!
が、しかし! 俺は紳士。冷静になれ! 素数を数えろ! 1,2,3……あとは知らん。まだ習ってないから。
……中身が男の女の子。女同士で血の繋がった姉妹で、モラルという上でHはいけない! 愛だの恋だのはいけない事だ。罰が当たる。
だので、おかずにすることがあっても恋してはいけない。明日香みたいな辛い目に合わせてはいけない。諦めろ俺。うん、諦めた。
可愛い妹がいる。それだけで人生勝ち組だ。妹には人並みな人生を送ってもらいたい。
――この間、約0.5秒。
「……その、アレです。今の俺を受け入れてくれれば、無問題です。いずれ、時が解決してくれるかもしれないし……」
その時が来るかな?
「……来ないかもしれないし……」
俺が妥協するか、俺を知って、なお愛してくれる可愛い女の子が現れるかのどちらかだ。問題は、両方とも可能性が低いって事くらいだろう。
「碧ちゃん」
お母さんがテーブルを回って俺のところへ来た。
そして、両手を広げ、怖々と近づいてくる。
……俺は無抵抗だ。十分予想される、これから起こることに、俺の体が震えている。
お母さんは、ゆっくりと、大事に、壊れ物を扱うように優しく、俺を両腕で包んでくれた。俺を胸に抱いてくれた。
柔らかい。良い匂いがする。これが母の匂いか。温かい。これが母のぬくもりか……。
「碧」
耳元で名前を呼ばれた。母の声で名前を呼ばれた。
「おがあざん!」
俺も抱きついた。お母さんの胸に頬を押しつけて甘えた。
「会いだがったよぉ。う、うえぇぇーん!」
情けない事に、声を上げて泣いてしまった。
泣いたのはいつ以来だろう……。それは、足を滑らせて、股を木の枝で打って、一回転して海に落ちたとき以来の事だった。
「お姉ぇちゃんッ! ふええぇーん!」
翠ちゃんが後ろから抱きついてきた。手をお腹と胸に回される。
翠ちゃんも温かいよ! 柔らかいよ! これが血の繋がった身内なんだな。感動的なシーンだなぁ……。
俺一生忘れないよ。今日という日を。……翠ちゃん、右手、そこオッパイだから、もう少し上か下にして、手をニギニギしないで。
「よかったわね、碧ちゃ……ぐすぅっ!」
ノリ子さんも、泣いてくれていた。
……家族……なんだなぁ……。
して――
泣きの一騒動があって、食事の残りを片付けて、団欒の時間となっていた。
ずいぶん時間をオーバーしていたが、お店の人のご好意で(10年ぶりの親子の対面だと、ノリ子さんがチクった)もう少し居られることになった。
お母さんと翠ちゃんは、親父と別れてからの生活を(母子家庭だった)。俺は島の生活を(おもしろおかしく加工して)話した。
それと最近の学校生活もだ。
「碧ちゃん、壁ドン、お母さんにもやって!」
お母さん、ちょっと天然が入ってるのかな?
でも、お母さんのにこにこ顔、そしてこの暖かい空気を壊す真似をするほど野暮な俺じゃない。お母さんも、わざとこの空気に乗っかってくれてるんだ。
「じゃ、ちょっとこっちへ」
お母さんの手を取って壁際に誘導する。
「わくわくするわ」
お母さん楽しそうだな。
「お母さん! お姉ちゃんの壁ドンは、冗談の範囲だからね! ホントは男の子がするモノだからね。本気になっちゃダメだよ!」
「何言ってるの、この子は。お母さんは30過ぎた大人よ」
お母さんも笑ってる。たしかに宴会芸の一種だ。
では――
お母さんに覆い被さっての――壁ドン! 顎クイッ! 唇と唇を近づけ「俺の女になれ」……
「キャー! お姉ちゃんッ! キャーッ! 王子様ぁッ!」
「うわー! 碧ちゃん、これはわたしでも来るわー!」
「あはは、こんな感じで……お母さん? あれ? お母さん?」
お母さんは放心したような顔をして、目からハイライトを無くして、ズルズルと背中を壁に擦りつけて、お尻を畳に付けた。腰が砕けた?
「あ、碧ちゃん……お母さんね……まだ女だったの……」
がくっ!
俺翠ちゃんとノリ子さんは互いに顔を見合わせた。
翠ちゃんから一言。
「だから、言ったのに」
ノリ子さんから一言。
「碧ちゃん。壁ドン禁止令を発令します」
こうして俺の壁ドンは禁呪とされ、封印される事となった。




