15.王子様
一日中、3人娘とウエットに富んだ話をしていた。……ウイットだったっけ?
俺、年取って定年退職したら、今日の日を思い出しながら縁側で茶を飲んでるだろうな。
このみちゃんは肘を脇にぶつけてくるし、ユキちゃんは、んなんなとすり寄って来るし、そうちゃんは、ナオの事が気になってソワソワだしで大変有意義な一日になりそうだ。
「そうちゃん、そうちゃん!」
このみちゃんが早速食いついた。
「こっちこっち来て!」
「え? え?」
このみちゃんがそうちゃんの手を取って、後ろの壁際に押しつけた。
「次、次アオイっち。壁ドンして!」
? あ、ああ、壁ドン顎クイだ! え? 良いの? 男子理想の告白だよ! 俺、そうちゃん相手にやっていいの? やらせていただきます!
スッと影のように近づき、左手でドォーン! そうちゃんの後れ毛が風圧で揺れる。
そして顎を右手でクイッと持ち上げ――
「俺の女になれェ!」
「はいっ!」
「二つ返事?!」
まあ、冗談はさておき……顔赤いけど、そうちゃん、あんたナオが本命だろ? 俺と付き合いたいのならやぶさかではないが。むしろ、靴舐めますからお付き合いさせてくださいだが。舐めながら上向くとおパンツ見えるだろうから。
「「「キャーッ!」」」
黄色い声が後ろからあがる。クラスの女の子達だ。
「あっれぇー?」
仕掛け人であるこのみちゃんやユキちゃんが顔を赤くして口に手を当てている。
「まさか、するとは……そしてナニこの破壊力?」
「んなんなんな!」
「いや、ちょっと、恥ずかしから! 一緒に笑って騒ごうよ! 一人にしないでぇ!」
慌てた俺はこのみちゃんの腕を掴もうとして、――女の子の腕掴んだりするの恥ずかしいから――、勇気を出してセーラー服の袖を掴んだ。
「次わたし! 次わたし!」
逆に俺の腕を掴んだこのみちゃんが、壁際に誘ってくる。
壁ドン! 顎クイッ! 「もう逃がさないよ」
「キィイィヤァァー!」
「うげ!」
このみちゃんの口から発射された超音波レーザーが俺の耳を直撃した。頭蓋骨で反響してる。
「次ユキちゃん! ンキたんらの!」
ユキちゃんが壁でスタンバイ。俺の後ろにクラスの女子ほぼ全員が並んでいた。
くっそぉー! 男の本懐ッ! 壁ドン、顎クィッ! 「俺以外の男を見ちゃ嫌だ」
「んんんんなあぁぁぁぁぁ!」
「ちょっと5組! うるさいわよ!」
4組の眼鏡黒髪ロング美人クラス委員長だ。
ちょうど次の子の顎クィッして「もう逃げられないよ」って言ったところ。
ごめんよ、隣のクラス。ドンドンうるさいよね。
4組の委員長が列の最後尾に並んだ。
「モテるわね」
水無月だ。
「うるせぇ」
俺は机に突っ伏していた。
放課後、からかわれるのがオチなので、3人娘と一緒に下校しなかった。……いや、これはミスったかも。これネタにしたらファミレスで話が盛り上がる。もっと仲良くなれる!
しまったぁ!
「王子様確定ね、如月君」
顔を上げると水無月が笑っていた。
「これまでに見た中で一番の笑顔だな」
切れ長だった水無月の目がまん丸になって、頬がみるみる赤くなっていく。
「ほんと、王子様だわ。如月君」
「君付けするくらいなら、名前で呼んでくれたまえ。碧って、ほら、あ お い」
水無月は、何かを堪えるように、或いは誰かを馬鹿にするように、硬く目を閉じて握り拳をおでこに当てた。
「じゃぁ、わたしのことを明日香って呼んで。ほら、あ す か」
「明日香」
「碧」
確認ヨシ!
「碧。綺麗な顔してるのに男の子っぽいから、もてるのよ。……本当に女の子?」
「残念ながら女だ」
教室どころか、廊下やそこいら辺に人がいないのを確認して立ち上がる。
スカートをまくり上げ、足を肩幅に開いて、そこにはナニもないことを見せた。
「ちょっとぉ!」
スカートから手を離し、ナニもなかったように着席。
「島には女の子が居なくてね。自然とがさつに育っちまったのさ」
格好良く肩をすくめておく。ワンチャン、明日香が俺に惚れてくれるかも、との下心がなせる一連の流れだ。
「まぁ……楽しくなかったって事はなかったな。面白かったのが3割。恥ずかしかったのが6割」
「ふーん……計算が1割合わないわ」
「その1割は内緒」
俺、やっぱり嘘が嫌いだ。食レポで不味いのが出たら「初めての味ですね」って言うタイプだ。
明日香は、俺の前の席に座った。横座りだ。女の子はよく横座りをする。
「……わたし、男の子が嫌い……」
これは、チャンスなのか? 俺は勇気を振り絞って、はぁはぁ言いながら振り絞って、あることを聞く。
「女の子が恋愛対象って事なのかなー……なんちゃって……」
語尾は萎んだ。意気地無しさんめ!
「女の子が良いわ!」
明日香は俺の目を真正面からとらえた。ズギューンって来たぁー!
でも……。
なあ明日香。世の中には男の体を持ってるけど、女の子の心を持ってる人もいるよ。そんな人なら優しくしてくれると思う……だけどもですね、だめですよね……」
「男を連想させるのがダメなの。男の体という時点で嫌! わたしは!」
「あー、だとすると、女の子だけど心が男の子も、ダメ判定だね?」
我ながら回りくどい。
「うん。男の目で見られるのが嫌」
俺の目が自然と泳いだ。
「男の思考が嫌。男の声が嫌。男の笑い声が嫌。男の力が嫌」
まっずい! まずい、まずい! バレたら嫌われる!
「えーっと、わたしは男の子の馬鹿なところが好きだけどなぁ。いえ、恋愛対象の好きというのでは全然なくて、見てて面白いなぁって思ってるだけ」
明日香は困ったような顔で笑った。
「碧は男に酷い目に会ったことがないからね。良い事よ。わたしはダメ。怖い。憎い。兄弟でも……父でも」
父で言い淀んだ? やはり暴力だけじゃない?
「お父さんと何かあったの? うちも係争中だけど」
「襲われないように気をつけて! わたしは……」
なんか、生臭そうな話?
「父に乱暴を受けた。何度も、何度も」
乱暴って、あなた、その言い方……、やっぱりですか!
「あー、そりゃ嫌いになるわ。怖くもなるわ。男ってどんなに紳士でも、女限定で中身は獣だもんな」
身をもって理解している。現に、今でも明日香をどうこうできるならどうこうしたいと俺の男が言っている。
「それを押さえ込むのが男の優しさだとか、大事にする心だとか、いわゆる愛? 愛的な? そんなんだろうと思うんだけどなぁ、違うかなぁ? それは理想か夢かなぁ?」
俺が明日香を襲わないのは、ひとえにデザートイーグルがないからだ。
「……女の体って、男が思ってる何十倍もデリケートに出来ているんだけど、分からないよなぁ、男には。……エッチな漫画とか活字がイカンのかな? いっそ無くせば……あれ? 無くしたら漫画で済ましてた男が、直接女に手を出すかもしれない。残しておくべきか、うーん……」
俺は考え込んだ。真剣に。なくなると俺が困る。
「やっぱ、エッチ本の出版社に火を付けても無意味か……」
「危ないわねぇ」
すげー馬鹿にした目で睨まれた。
なんとかせねば!
「明日香も頑張ったんだね。すごいよ!」
明日香の目が泳ぐ。俺なんか変なこと言ったかな? 本心なんだけどな。だって13歳だよ。親にそんなことされたら、俺だったらゲロ吐いてから飛び降りる自信がある。
「明日香が話してくれたから、自分も話すね」
明日香は良い子だ。姿勢を正して、俺の話を聞く態度を取った。
「とは言っても、明日香みたいに全部話せない。まだ無理なんだ。それを踏まえて……自分の父親は……」
考える、全部言ってはだめだ。だけど嘘はもっとダメ。
「……言葉の暴力……育児放棄……自分以外の人類に冷酷……子供に何も教えないようにしてきた……むしろ隠すようにしてきた……自分の優位性を守るのが全て。子供にマウントを取るために知識を与えないようにしてマウントとっていた……ってか、相手をマイナスすることでしかマウントを取れない。言っててだんだん腹が立ってきた。うーん」
腹が立った。怒りにまかせて言ってはいけないことを言ってしまいそうなので、冷静にと心で叫ぶ。
でも、少しは匂わせないと嘘をついたと思われる。うーん……。
「例えば……自分は……小学生の頃、ずっと自分を『俺』って言ってた。それが間違ってることを知らせてくれたのは隣のおばさんだ。ナオ、睦月のおばさんなんだ。そんで、その他のことも現在進行形であり、親父は間違いを間違いと理解していない。この例をもってして推し量ってくれれば嬉しい」
明日香は、ウンウンと頷きながら聞いていてくれた。眉をひそめながら。
そして――
「碧は碧で大変だったんだね……」
完全理解は出来てないけど、俺の心中は察してくれたようだ。
「理解者が増えてくれて助かる。気持が楽になるよな……」
「そうね。話せる相手がいるだけで全然違うわ。わたし、碧に話して良かった……」
でもなー、俺まだ核心を話してないんだよな。明日香は話してくれたんだけどな。
俺、狡いよね。
そのあとは、とりとめもない話に終始した。これ以上傷口を広げたくないってお互い思ったんだろうさ。
俺は、ナオやノリ子おばさんという話せる相手がいただけ恵まれている。
ノリ子おばさんを紹介してやろうかと言ったんだけど、もう医者にかかってるし、保護者もいるってさ。
そのあとは取り留めもない話に終始して、その日は一緒に帰った。
可愛い子なんだけどな。恋人には出来ないよ。……ってか、その考え方が嫌がられるんだろうな。
所詮、俺は男だ……。




