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13.ケロケロ


 学校にて……

 右頬をうっすら赤く腫らした碧さんに、クラスメイトは遠巻き状態となっていた。


「睦月ィー!」

 ズドン!


 吉田がナオの胸ぐらを掴みあげ、壁ドンしている。このみちゃんも吉田の後ろでファイティングポーズをとっていた。


「誤解だ! 僕じゃない! 何故僕を疑う!」

「だって、おめ、如月がッ、オエェツ!」

 興奮のあまり、吉田がえづいた。


「アオイっ!」

「はいはい。ナオじゃなくて、うちの親父。父親です。夕べ大げんかしました」


 そう言うことにした。経緯を説明するには複雑すぎる。親父に冤罪を被せたワケだが、あの親父にふさわしい役だと思う。

 あと、ノリ子さんが土下座して謝ってくれた。顔の腫れくらい大したこと無いからと返事したら、逆に怒られた。

 女の子はもっと顔を大事にしなさいと。女の子にとって最も気をつけなければならないことは、顔の怪我なんだだと、飛び膝蹴りを出した本人が言ってた。


 して――、

 親父に殴られたとする設定が最も平和に解決する手段なんだ。だれも痛まない。親父しか。


「お父さん? 如月さん、……お父さんにDVを……受けてる?」


 吉田、顔色が青いよ。そこまで俺を思ってくれて嬉しいんだけど、俺の中身は男だからな。

 あと嘘だから。親父に受けているのは言葉の暴力だけだから。これ、かなり心苦しい。


 ちなみに言葉で粘っこく、しつこくしつこく繰り返されるのはホント滅入る。

 あれは8歳の時。俺の不注意だけど出会い頭に親父とぶつかったことがある。アレは毎日、怒られた。約20日間だ。その都度謝ってるんだけど許してくれなかった。未だに、「あの時は!」と思いだしては叱りとばされる。いっそ殴ってくれと嘆願したこともあったっけ。……あれ? 心苦しくなくなってきたぞ。


 一生ものの傷もある。

 10歳の時だ。高価なゲーム機が欲しくて「出世払い」を条件に買ってくれろとお願いしたんだ。働くようになったら必ず返すからって。


「お前を信用するヤツがこの世界にどこに居るというのだ?」

 ――って返された。目を剥き出しにして怒られた。


 その時、俺は笑顔を顔に貼り付けたんだ。悲しんだ顔をすると、女々しいって理由で、また怒られるからだ。

 でもショックだった。

 ああ、俺ってまだ子供なのに、将来に渡って信用してくれる人なんてどこにも居ないんだ。俺、何をして信用を無くしたんだろう? と、しばらく落ち込んだことがあった。


 なんで叱られたときに限って俺は笑うんだろうって、落ち込んだ。

 怖いんだよ。怒られるのが。あの目が。獅子舞のような、なまはげのような、ギョロリと剥かれた、血走った目が……。俺、たぶん、一生あの目を恐れて生きていくんだと思ってる。


 ナオが言ってたことがある「おまえ、よくグレなかったな?」って。グレるという概念がなかった。親父と仲良くしたいと願ってた。それに島だから何所にも逃げ場がなかったんだ。

 だから、嫌なことはすぐ忘れる様に心がけた。そうしてると嫌なことはすぐ忘れてしまう癖が付いた。


 そんなこんなを思いだしたら、知らないところで小さな罪を親父に被せるくらいどうということないって気がしてきた。俺にはナオ達がいる。アリバイ工作をしてくれる仲間がいる!


 おーし、落ち着いたぞ!


「話すのも恥ずかしいほどのつまらない事がきっかけだよ。ちゃんと逆襲した。ナオを初めとした睦月家が味方になってくれた。だから安心してほしい」


 大元の、原始的なほど大元の原因は親父なんだから、これ位協力してもいいはず。もちろん親父に話は通してない。だから親父は知らないだろう。いわゆる冤罪だ。

 それでいい。親父は、俺が顔を腫らして帰ってきても気づかなかったから。……気づいてくれなかった!


「そう言うわけで、戦えば絶対多数でかならず勝つから。いざとなれば多人数で押し込むから。指の骨でも折っちゃえば反抗できなくなるから」

「あれ? わたしだけかな? ハゲシクそういう問題じゃない感がするの?」

 このみちゃんが可愛く小首をかしげていた。


 クラスの皆さん、特に女子からの視線が暖かくて心地よい。

 クラス一番の美人さんである水無月さんですら、俺のことを心配そうな目で見てくれている。

 水無月さん、優しい言葉を掛けてくれてもいいんだよ!


「おめぇ容赦ねぇな」

 口汚いユキちゃんのお言葉であるが、舌足らずなので可愛くしか聞こえない。


 そうちゃんは、胸に抱っこしてトントンしてくれた。おっおおおおおおっ! 胸に抱かれてぇっ! 心臓ッ! ラッキースケベッ! 良い匂いッ……女に生まれて……神……ぷっん―― 

 気がついたら授業が始まっていた。席に着いている。大丈夫だ。意識はある。記憶もある。大丈夫だ。

 

 そんなうららかな春の今日。事件は起こった。


 とある休み時間。いつものように3人と俺とで連れだってトイレへ行ったときのことだ。

 先に済ませて残りの女子を待っていたときのことだった。


 あの、美人さんの水無月さんがふらりと現れ、いきなり俺に近づき、耳元で「放課後、一人で残って」と囁かれた。離れ際、「ないしょ」と呟かれた。

 まさか、水無月さん、レで始まりズで終わる人なのか? これは大事件だよ!

 そこから放課後まで長かった。


 俺の席は窓際の真ん中より前。水無月さんの席は中央の最も後ろ。チラチラと隙をうかがって見るも、水無月さんは平然としている。

 背中までの長い髪。俺のはショートだから真逆。前髪が可愛い。俺のおおざっぱな前髪とは違う。長い睫も可愛い。俺の睫も長いけど、本物の女の子は違う。蝶のように瞬きする度、ブラジル辺りで竜巻が起こるんだろうな。すげーよ女の子! 俺も女の子!

 

 そして、放課後。

 3人娘には、用事があるんですナオと一緒に帰るんですと言って先に帰ってもらった。ナオには訳ありだと言い含めて先に帰ってもらった。

 さあ、準備万端! どんとこい!

 出来ればいいな、乳首当てゲーム……


 人気が無くなった教室。

 自分の席で本を読んでいた水無月さんが立ち上がった。俺の方へ歩いてくる。

 長い髪をなびかせて。女の子らしい。

 おっぱいも膨らんでいるし、腰も細いし、お尻も丸いし……。俺なんかのお子様体型じゃ比較にならない。

 水無月さんは、俺の後ろの席に座った。俺は窓を背にして座り直した。


「顔の傷――」

 水無月さんが手を伸ばし、白い指でそっと頬に触れた。動けなかった!

 な、なんだこれ?! どういう状況? 3人娘との交流で抵抗力を付けてなかったら、死んでいたところだ。


「――お父さんに付けられたのね」

「酷い野郎だ」

 父という言葉(ワード)に反応してしまった。


「詳しいことは言えないんだけれど、アレは人の心を持ってない男だ」

 俺がこうなったのも、父親がブリーフをはかせて育てたからだ。そんなの恥ずかしくて言えるわけがない。

 でも心が痛むのはなぜ? あれでも父親だからか?


「わたしも父がいないの。父とは別々の場所で暮らしているわ。あの父に知られない場所で」

「ど、どうしたの、水無月さん。凄く暗いよ」

 もともと陰キャが魅力な女の子だったのに、こう……目からハイライトが消えた絵みたいになっている。


「如月さん、あなたのお母さんは? 黙って見てたの?」

「お母さんはいない。よく知らないんだ」

 母の記憶がない。母は、母の役割をノリ子さんがやってくれてたので、何とも思わなかった。今にして思えば、異常な少年時代だったと思う。いや、現在進行形か? 何か怖い。


「そう……」

 水無月さんは黙ってしまった。気まずい沈黙が続く。いや、水無月さんが俺の環境を忖度してくれているっぽい。余計に気まずい。


「わたしのお父さんも乱暴なの」

 ちょっとまって! たぶん、俺の言う乱暴と水無月の言う乱暴は意味が違う。彼女の表情を見れば分かる。

 彼女が陰キャラなのの原因がお父さんだって事が分かってしまう意味深な表情だ。俺には絶対真似できねぇ美しい顔。美しい顔?


 うわー。昨日の今日で辛いわー。


「そんな顔するわよね」

 うわー、って顔のことだ。

 もうやめよう! 嘘で取り繕うのは止めよう。水無月を目の前にして、俺の心が痛む。親父のことも重なって、痛くて痛くて……嘘はダメだ!


「ごめん。お(俺じゃなくて)わたし、昨日、医者に突っ込んだカウンセリング受けてて、今日は辛めなんだ。流してくれると有り難い」


 なんて顔して良いのか分からなかったので、笑顔を浮かべた。……つもりなのだが、眉間に皺が寄ってたと思う。精神は充分大人だけど、経験値が圧倒的に足りない。そうノリ子さんが言ってた。その意味が分かった。13歳で腹芸は出来ない。辛いよ。


「わたしの方こそ……、ごめんなさい」

 頭を下げる水無月。長い睫も下がる。……綺麗な子なのに。


「お互い、謝るのやめよう。頭を下げなきゃならないのはわたし達の父親だ。わたしたちは謝られる方なんだから。『謝る』の無駄遣いだ」

 肩をヒョイと上げ下げしておく。おどけたつもりなんだが、水無月の反応はない。……けっこう無理して言ったんだけどなぁー。


「水無月はどうなんだい? 父親は謝るかい?」


 水無月は頭を左右に振った。無いんだね。


「いっしょだ。あいつ、悪い事してたって思ってないからな。心の底より。むしろ自分の方が被害者だと思ってるフシがある。だから子供に謝ることはない」


 子は親の心を理解しようと努めるのに、親は子の心を理解しようとしない。先に正解とやらを突きつけてくる。


「親子なんだから、『すまんかったな』の一言で済むのに。軽く言ってくれるだけで良いのに。目を合わせなくても良いのに」


 親父は、普通わかるだろう! だとか、わからなかったお前が悪い! だとかしか言わない。これが本心なんだろうな。


「血の繋がった親と子ですら理解し合えないんだから、戦争なんか無くならないよね」

「面白いこと考えるわね」


 水無月は眉を上げ、目を丸くした。顰めっ面以外の表情を見たのは初めてかもしれない。

 今のどこが面白かったんだろう?


「ちょっと考えれば分かることなのに……、違うわね。もう知ってるはずなのに」

「なにを?」

「一生、お父さんが心を入れ替えることなんか無いって事」


 初めてじゃないだろうか、水無月の笑顔を見たのは。

 ただ、眉がね「ハ」の字になっていたんだ。

 ……乳首当てゲームしたい、なんて考えていた時の俺を殴りたい。


「如月さんは睦月君と仲いいよね。付き合ってるの?」

「プッ! 冗談よして。あいつとは兄弟みたいな関係ですから。……なんだったら、ナオとお付き合いする? あいつ、彼女いないし、欲しいって言ってたし、水無月のこと美人だって言ってたから、一発OKだよ!」


 とうとうナオにも春が来たか!


「え、あ、大丈夫です!」

 ナオの春は遠かりし。


「わ、わたし、男の子が怖くて……」

 うっゎ、水無月が豹変した。梅塚図夫の漫画みたいな顔をしている。美人だから絵になるけど。

 ……あ、そうか! 父親が……。


「男ダメか?」

「うん……もう怖くて怖くて。……如月さんは大丈夫なの?」

「わたしは、そっち方面は大丈夫かな。ナオという兄弟分の存在が大きかったんだろうねぇ。あ、でも、恋人とか結婚とかはダメ! 一歩踏み込んでおせっせなんかはもっと――ケポッ!」


 リアルにおせっせしてる場面を想像したら、胃の内容物が!


 美少女、ゲロを吐くの図。



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