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12.カウンセリング


 移動した先が寝室だった言っても、変なアレじゃない。ベッドがここにしかなかったからこの部屋を選んだらしい。俺も、ノリ子さんとナニするつもりは全くない。……少しは期待していたなんて事は全くない。


「じゃ、ベッドに横になって」

「はい」

 素直に横になる。ノリ子さんは遮光カーテンで窓を塞いだ。部屋が薄暗くなる。


「手をお腹の上で軽く組んでちょうだい。リラックスするよう心がけて。……変な気は起こさないでね。碧ちゃんが横になってるベッドは耕介さんのだから。加齢臭臭かったらごめんなさいね」

「……はい」


 ノリ子さんは、どこからともなくノートとボールペンを取り出した。ノリ子さんはアナログを愛して止まない人だ。


「それでは目を閉じて、気持ちを楽ーに。リラックス、リラックス。寝ちゃダメよ」

 寝ないし!


「さあ、これから、いくつかの質問に答えて頂戴」

「はい」

 先生モードだ。俺は寝ながら姿勢を正した。


「まず真っ先に、人間には五大欲求というのがあると言われているの。生理的要求、安全の要求、承認要求、自己実現の要求の5つよ」

「マズローの要求五段階なんちゃらですね」

「よく知ってるわね。そうよ。碧ちゃんが男と自分で認識し、主張しているのは、この中のどれが原因だと思う? だいたいの雰囲気で良いから答えて」

「うーん……」

 考える。


「承認要求……かな? いや違う、自己実現の要求、いやいや、身体のことだから生理的……体は女だよな。安全……身の安全? 男である事による安心感……全部違うんじゃないかな?」

 自分は、どうしても男だ。認めるとも認めなくとも男でしか生きられない。


「ふんふん……」

 ノートに書き込むボールペンの音がする。今のどこに書き込む要素があったのだろう? それ以前にマズロー、関係有るか?


「じゃあ次に、吉田君のおかずになった事について。肯定する発言をしたと聞きましたが、それを許した根拠は?」

「なんで吉田のことを?」

「いいから!」

 圧が強い!


「あう、えーっと、悪戯かな? うーん、違うか……難しいな。あれはそもそもアレ的な要求だったからなー。俺が自分を自分でおかずにしてるから、んー、男子たるもの、自分が美少女になってアレ的興奮を催す行為をする。それが全日本男子の夢だから、吉田にも分けてあげたいなー、なんて考えていた。そうそう、ナオにも薦めてるよ」

 自分で自分に興奮してナニしてるのは秘密だ。今はまだ。


「全日本男子の夢かは置いといて……。え? 直央にも? それ、どういう心理なの? 気持ち悪くないの?」

「ぜんぜん。男の夢ってそんなもんです」

「気になる。これは……うーん……」


 ノリ子さんは少し考えてから、ノートに書き込みを始めた。ボールペンを走らせる激しい音が聞こえる。


「んー、俺がナオの前で下着姿でいるのも……島の習慣を引きずってるからが大前提で……。ナオなら男子として手を出さないだろうという安心感? それと、自分自身の? ナオとはいえ、男の子に、可愛い女の子のあわれもない姿を見せて――」


「あられもない姿ね」


「あられもない姿を見せて、相手が喜ぶんじゃなくて、自分が喜んでいるんだ、これ。でもって、せっかくの美少女なんだから、せめてナオにも喜びを分け与えようとしたサービス精神? ちょっと違うか? それって結局自分も自分の姿を見て楽しいから。だって俺、可愛い子じゃん……そうだ、楽しいのをシェアしたいんだ。夢の女の子を俺一人だけで囲い込んで楽しむだけじゃなくて、ナオとか吉田とか、男友達ともスケベな楽しみを分かち合いたいんだ!」


 喜んでもらいたい。怒らないでほしい。笑顔でいれば怒らない。

 あ、なんか、自分が分かってきた気がする。


「それじゃ、同級生の女の子は? 碧ちゃんにとって、彼女らはどんな立ち位置なのかしら?」

「あー……。スケベ一択」

「スケベ? 一択?」

「女の子は男の子を警戒している。普段なら近づく事も出来ない。だけど、俺は女の子の体を持っているので、女の子とあの距離でお話しできる。くっつける……もとい、スキンシップできる。とんでもない内容のガールズトークを聞いてはぁはぁ出来る。うーん……」


 考える。というか思い出す? いや、思い当たる?


「俺、この体を気に入ってるみたいだ。女の子のままでいたい。女の子だから女の子と遊べるんだ」

「その後先を考えない即物的な物の考え方。完全に思春期の男子ね。こんなケースもあるのね! 碧ちゃん、あなた自分の容姿を客観的に見られる?」


 客観的に……ですか? そら、あなた――


「俺って美少女。自分でもドキドキする容姿になってきた。後何年かすると、はぁはぁな容姿になると思う。それと、体。これも成長が楽しみだ。ドキドキするおパンツとか履きたいし、それを履いてる自分を見たい。なぜかおブラには性的興味が湧かない」

「男ね! この年代の男の子の考えそうな、頭の悪い思考ねー」

 ノリ子さんは、嫌そうにしながらも興奮している。落ち着いてください。


「……でも汚れた下着はげんなりするなー。実際に見て分かった。ウンコ筋とか黄色い染みとか生理系の染みとか、……女の子に抱いていた幻想が破壊されるわー。女の子の体にはウンコなんて詰まってないと思ってた」

「そっちはもう良いわ。教育的観念から、もぉー良いわ! で、碧ちゃん、あなた恋愛感情はあるの?」

「ある! 強烈にある! 可愛くて優しくて思いやりがあって話して楽しくて可愛い子と仲良くなりたい。恋人つなぎしたい! 『これ、俺の彼女』ってナオに自慢したい!」


 恋したい! もーれつに恋したい! 恋という行為に恋している!


「碧ちゃんの思いをまとめると、……心理面は、自分は男であり、男として生きていく。肉体面は、体は女の子のままで良い。綺麗な自分が好きだ。心理面と肉体面は乖離しているけど、折り合いは付いているので安定している。現時点で、現状に満足している。……どうかしら?」

「あー……、そのとおり……です。そうか、俺って、今の状態に満足しているんだ……」


 なんだ。現状、不安がることなんかないんだ。なんか、落ち着いた。

 落ち着いたら、別の不安が湧いてきた。意図的に、考えないようにしていた不安。


「碧ちゃん、新しい悩みに行き着いたようね?」

 ノリ子さんはお見通しらしい。


「それは良いことなのよ。新しい悩みが出てくると言うことは碧ちゃんが次のステージに上がったてこと。階段を一段上れたという事よ。いま碧ちゃんは階段の踊り場にいるの。一つの区切りがついただけ。2階へ上がるにはまだ階段が残っているのよ。さあ、悩みを打ち明けなさい。一緒に解決しましょう」


 調子出てきた。ノリ子さんも調子出てきた。……俺、ノリやすい性格なのか?


 俺の悩みは……

「将来のこと。……俺、結婚できない……。可愛い奥さんと子供が欲しい。あんな親父が作った家庭なんかじゃない。飯食いながら笑うことが普通に出来る家庭を作りたかった……」


 口にしてしんみりしてしまった。さっきまでのノリは何処かへ行ったようだ。


「女の子と結婚したい。精神も体も女の子の女の子と結婚したい。いや、結婚式とか婚姻届だとか、そんなのは諦める。でもせめて、家庭を持ちたい」

「うーん……」


 ノリ子さんの口から言葉が出てこない。考えている。


「……世界には、そんな碧ちゃんを好きだと言ってくれる子もいるわ。結婚まで考えてくれる子も、何処かにいるはずよ」

「いたとしようよ。でも、俺はその子を好きになれるだろうか? その子で間に合わせてしまわないだろうか? それって、本当の恋だろうか? 恋と愛の違いだとか難しいことは分からないけど。そんな言葉遊びじゃなくて……」


 ノリ子さんがまた口をつぐんだ。ウンウン唸ってから口を開いた。

「言葉遊びかも知れないけど、愛は育てるもの。恋は出会うもの。出会いがあって、時間が積み重なって愛情をはぐくむの。だから、まずは出会わないと何も始まらない。出会いを恐れたり、後回しにしたり、ましてや逃げたりなんかしてたら、その次に進めないわ」


 俺を好きなる女の子がいるとしたら……それはレで始まりズで終わるアレ。該当する人は、女の子が好きなのであって――、恋の相手が、思考形態が男な遺伝的女は……裏切りじゃないかな? 隠し通せないよ。

 嫌われるだろうなぁ。

 秘密を打ち明けられるほど仲良くなってからのカミングアウト。怒るだろうなぁ。俺の中身が男だって、回りに言いふらされたり、SNSなんかで、実名写真付きでばらまかれたりされるかも。


 怖い。

 なんで女の体を持って生まれたんだろう? ――いや、アレ的には感謝してるけど――


 いっそ、心まで女になってみるか? 試しにナオと――

「ウゲェ!」

 吐き気に襲われ、上半身だけで起きあがった。


「どうしたの碧ちゃん! 苦しいの? 吐くほど辛いの?」


 想像したら胃が喉にまで突き上がってきた。この目はないな。

 ノリ子さんが、ゴミ箱を差し出して背中をさすってくれるので、大丈夫だと手で合図した。


「碧ちゃん、今は現状認識だけにしておきましょう。将来なんてまだまだ先の話。碧ちゃんには未来がある。答えは時間を掛けてゆっくりと探しましょう。わたしも協力するわ。何か気の紛れるようなことをしましょう」

「俺もそれが良いと思います。とりあえず、違法ダウンロードした海外無修正エロ動画でも見て……」


 あ、しまった。


「……碧ちゃん」

 ノリ子さんのハンマーパンチ式振り下ろし型平手打ちが決まった。



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