11.碧、自分の出自を推理する
授業が終わった。仲良し3人組とファミレスに寄って女子トークしてから家に帰った。有意義な時間でした。実に有意義な時間でした。女の子で良かったぁー。
でもって、ナオの部屋で漫画本を読んでいる。
ナオは「徐々に奇妙になっていくおばさん」。年上趣味全開だ。俺は「僕らのヒロイン赤同志」だ。好きなキャラは年上おばさんのマンタレイさん。コルホーズをまとめる司令塔。今年の一推しだ。
……吉田のヤロウ、俺を見てオドオドしてた。背中丸めて、こう、いじめられっ子みたいになっていた。
可愛そうなんで、こっちから声掛けてやった。ナオを引き合いに出してくだらねぇ事言ってアハハと笑っておいた。
帰る頃にゃ、吉田も元に戻っていた。元のスケベ吉田になってたので、やりすぎたのかもしれん。今夜もおかず決定だ。
おかずにされるのはいいんだ。ヨシとする。自分で自分自身をおかずにしてるからか、吉田との間にへんな仲間意識が生まれたのが理由だ。おかず仲間と言えばナオもだ。共通のおかずは世界平和に通じる。
高尚な理念で動いたからだろうか、このみちゃんから「おめぇーすげーな」と褒められた。
俺は美少女に褒められると伸びる男だ。もっと褒めてくれ!
「アオイはすげーな」
「いや、男に褒められてもなんも嬉しくないし」
「せっかく褒めてやったのにぃ」
口を尖らせ抗議するナオ。
「じゃ、ナオは女の子に褒められるより、男から褒められる方がよいと?」
「僕が悪かった」
それぞれ、手元の漫画を読みふける。
トントンと階段を上がる足音。近づいてくる。ノリ子おばさんだ。
「あれ? 来てたの碧ちゃんグラッセッー」
ドアを開けるなり、ノリ子おばさんが仰け反った。
「あ、ノリ子さん、お邪魔してます」
「お邪魔してるじゃないわーッ! なんて格好してるのぉーッ! こないだ言ったトコでしょー!」
暖房付け放しの部屋で、ナオは前開きトランクスとTシャツ姿でベッドの上。俺はおパンツとジュニアブラ姿で床に寝そべっている。
「上だけでもTシャツ羽織っておいた方が良かったかな?」
「そーゆー問題じゃないーッ! あなた碧ちゃん女の子なんだからッ! そんな格好しちゃダメーっ!」
スーパーなヤサイ人ばりに髪の毛が逆立っている。
「俺、男だし」
「何言ってるの! 文月先生も碧ちゃんはクラスに馴染んでるって言ってらしたのに!」
俺は、漫画本「僕らのヒロイン赤同志」を床に置き、むくりと起きあがった。
「男がパン1になって何が悪いんですか?」
セーラー服を拾い上げる。
「碧ちゃん……」
ノリ子さんが雰囲気を察した。目を上下に動かして俺を見ている。
「母さん、ちょい微妙な問題なので――」
「いいよ、ナオ。ノリ子さん、下へ降りませんか? 愚痴を聞いて欲しいんです」
セーラー服の袖に腕を通した。
セーラー服を着て、スカートもちゃんと履いて、一階のダイニングテーブルでノリ子さんと向かい合って座った。
テーブルには麦茶の入ったグラスが2つ並んでいる。
「碧ちゃんの、お話を、聞きましょう」
ノリ子おばさんは一語一語を区切って話しかけてきた。
「俺ね――」
「碧ちゃん! 女の子なんだから、俺って言っちゃダメ!」
「俺、男なんです。だから、『わたし』って口にするのって恥ずかしいんです」
ノリ子おばさんは黙って聞いてくれていた。
「でも、表じゃ使ってますよ『わたし』って。だいぶ慣れてきて、いまじゃつっかえることなく言えるようになりました。だから、身内の間だけでも『俺』を通したい。俺は俺なんですから」
話そうとしていたことと違う事から話してしまった。ノリ子おばさんが、話の腰を折ったからだ。なんか切り出しにくい。
俺には秘密にしてきた、ある事について、以前からずっとノリ子さんに尋ねる機会をうかがっていた。我ながら、バカみたいな妄想だ。でも、確認しなくてはいけない事なんだと思っている。
今日はその事を切り出すのによいタイミングだ。
「碧ちゃん。あなたの精神年齢はずいぶんと上だわ。経験が少ないだけで、充分に大人のそれよ。先生、びっくりしちゃった」
やはりやはり、ノリ子さんはナオより高い視点で物を考えていると常日頃から思ってたんだ。
「難しく考えなくて良いわ。思ってることをおっしゃい。順番なんてどうでもいいから」
……助かります、ノリ子おばさん。
「では遠慮無く。……クラス担任の文月先生とはお知り合いですか?」
まだ、本題ではない。本題を持ち出す勇気が足りなかった。
「……ごめんなさいね。あんな事があったでしょう? 碧ちゃんのことが気になって、わたしの経歴を使って学校側にそれとなく問い合わせていたの。もちろん、碧ちゃんの例のことは隠してよ」
それが本当だったらいいのだけれども。
ええい! 言っちゃえ!
「最近、疑問に思うようになったんです。俺とナオの2人。物心付く頃から、まるで隔離されたような離れ小島で育って。まるで、同条件の男女が一定の条件の下成長すると、どんな風になるのかって実験みたいに思えて」
「なにを言ってるの?」
「こう思ったんです。誰かの恣意で、教育方向の研究が目的であの島で男児と女児が育てられた。それは悪意のある物ではない。子供達も素直に育って、研究だか実験だかは無事終了した。ただ、……イレギュラーがあった。片方の子が女の子なのに男の子と思いこんで育ってしまっていたこと」
島が懐かしいわ。あの頃、親父の馬鹿さ加減以外の悩みなんか無かった。
「あそこは偶然にも外部と遮断された世界。あり得る話で。でもそれは、意志を持った者にしても想定外の出来事だった」
ノリ子さんの目をじっと見る。ノリ子さんの目は冷たい……いや、研究者の目、観察眼だ。
「話変わりますけど、俺の親父。全然教育というか育児に感心なくて、それでいてそれなりの愛情があるようで。まるで他人の子供を育てている様な無責任さを感じます」
ノリ子さんが黙ってしまった。興味を無くしたような? 続けますよ。
本題です。
「俺の母親ってだれだろう? 親父は黙ったまま。教えてくれない。無理強いすると怒ってグチグチ言い出す。まるで、外国からやってきた難民を養子にしたみたいですね?」
ノリ子さんの目がまた興味に輝きだした。
「あの親父、血が繋がってますかね? それと、ナオ。あいつと俺の誕生日が1日違いってのも、偶然ですか?」
俺は5月21日生まれ。ナオは5月20日生まれだ。双子座と牡牛座に別れている。
「誰かが関与したとか、こう、なんか作為的なな匂いがする。俺とナオは、本当は同じ日に生まれたんじゃないだろうかって。いや、俺の勘ですけど……」
うーん、ちょっと違うな。言い直そう。
「勘には違いないんですが、……なんていうか……女の勘? 的な? 不可思議な?」
まだノリ子さんは黙ったまま。この辺で一言欲しいんだが。いや、俺はそれほど思い詰めてないんだよ。
問いつめたいのは、ノリ子さん、あなただ。
「方法も手段も目的もわかりません。知り得ません。だけどぉ……ノリ子さん、あなた俺の母親じゃないんですか?」
ノリ子さんの目がフっとわらった。
「全然合ってない。面白いけど。あははははっ!」
くっそ、笑われた。
「あははははは! 碧ちゃん! あなた素晴らしいわ! 全然って言ったけど、ほんの少しだけなら合ってるわ! あははははっ!」
腹を抱えて笑い出したよクッソ! そこまで笑うことねぇじゃん!
「まず、わたしが母親ってのは間違い。すっごく嬉しいけど! 双子説も養子説も間違い。第一、役所で調べれば一発じゃない! あなた調べもせずにハッタリ利かせたでしょう?」
ああそうだよ! 事実にぶち当たるのが怖かっただけだよ!
「島に缶詰になってたのは本気でお仕事だったから。わたしが教員免許と医師免許を持っていたのが二家族を派遣した理由付けになってるの。お国の仕事よ、酷いでしょう? 国家公務員上層部ッはぁーっはっはっはっはっ!」
とうとう涙を流しながら笑い出した。
「でもね、でもね、外界から隔離されたというシチュエーションで育った子供に関する研究は本当よ。ごめんなさいね。十分子供の人権には気を遣って育てたつもりよ。それと、あなたが特殊な育ち方をしたことがイレギュラーだったって事も本当」
それはノリ子さんの責任じゃなくて、クソ親父が裁かれるべきなんだ。法律とかノリ子さんの真空飛び膝蹴りで。
「それと、あなたの心理状況、成長状況、これからの生き方。それに興味あるし、研究対象としていることも事実」
あ、それ言う?
「それに碧ちゃん、あなたの精神年齢は、さっきわたしが言ったよりずっと上だわ。これ位、言われても何とも思わないでしょう? むしろすっきりしたんじゃない?」
「た、確かに。言われて逆にすっきりした」
悩みまくっている俺にとっちゃ、ここまでずばりと言ってくれる方が楽になれるってもんだ。悩みというか、謎が一つずつほぐれていく。
「あと、あたしのおパンツを盗んでたでしょう? いけない事よ。これも事実」
「あわあわあわ!」
ばれてーら!
「教育者として、医師としてずばり言うけど、……碧ちゃんは悩んでいるのだけど、とくに深刻に考えてないでしょう? 一言で言うなら迷ってる。どう?」
「あ、合ってる……」
うー、主導権を取りかえされてしまった。でも、おパンツのことは有耶無耶になりそうだからこの流れに乗ろう!
「悩みや迷いをだらだら聞いてもらうより、スパッと解決策を提示された方がスッキリする。どう?」
「はい、合ってます」
「男らしいわ」
うー。
「それでは、本格的にカウンセリングします。部屋を移りましょう」
「へ、へい」
大人には敵わない。
移動した先は、ノリ子さんと耕介おじさんの寝室だった。




