1・ボーイ・ミーツ・ガール
話が進むと、重い話題が出てきますが、そこはそれ、作者がモコ助さんですから、何時ものようなライトな感じでポポイっと切り抜けますんで、一つよろしく!
じりじりと太陽が照りつけるクリスマスイブの日。ここ、東京都に属する南の小島は、冬でも暑い!
セミが鳴いている。おかしい。この島は何処かおかしい。
えーっとね、俺は如月 碧。男だ。この島で二人きりの12歳だ。
もう一人の12歳男児は、目の前で網を構えている睦月 直央。友達だ。
こいつ、俺より拳一つ分だけ背が低い。俺の方が高い!
「りゃさぁ!」
セミを狙ったナオの一撃は見事に外れた。コイツ、いつも力加減が出来てない。
勢い余って、さらっさらの黒い髪が揺れている。
俺の髪の毛は緩いテンパってヤツらしくって、放っておくと寝癖と間違われる。おまけに茶色がかっている。直央の真っ直ぐな髪の毛がうらやましい。
……直央の髪は細いんだ。細いと大人になってからハゲやすいとM字ハゲの親父が言ってた。心配だ、ウヒヒ!
「うっぷ! くそぉー! ションベン引っかけられたぁー!」
セミはけたたましい泣き声を上げ、ナオにションベンを引っかけて飛んでいった。
「汚ねぇー。こっちくんな!」
「るっせぇ! こうしてやる! こうだ!」
「ウバッ! やめ! 汚ねぇ!」
こいつ、ションベンに濡れた手を俺の胸に擦りつけてきやがった。最近、胸に芯が出来てて痛いんだよ!
仕返しにナオの胸に平手を打ち付ける。あいつも胸に芯が出来てて痛いはずだ。
「痛ってぇ! やったなー!」
そして、いつものように殴り合いの喧嘩が始まる。
結果は引き分け。どちらかが勝ちそうになると勝ちそうな方が手を引っ込める。それで喧嘩はおしまい。
俺たちは、この島に二人きりの子供だから、最後まで喧嘩する意味の無さを体験している。だから、仲直りの儀式なんかしないけど、それでお終い。何も言わない。
仲良く並んで尻をおろす。
「暑いだけだし!」
ナオは水筒からグビグビと音を立てて飲んでいる。汗まみれの白い喉が上下する。
「ほい!」
飲み終わったら水筒を放り投げてきた。俺の水筒はとっくに空だったから、気を利かせてくれたんだろう。
「すまねぇ」
俺も飲んだ。中は麦茶だった。
「あふー……僕、オシッコ」
いきなり立ち上がったナオは、短い草の上まで歩いていく。ズボンをおろして白い尻を出してしゃがみ込む。
小さい頃、まだ慣れてなかったせいか、朝顔便器の回りをビトビトに汚していたら、ナオのお母さんに二人して叱られた。それから、小便は座ってするようになった。その時以来、何故かナオのお父さんと俺の親父も座って用を足すことになった。もちろん俺も。
おばさん、怒ると怖いんだ……。
「こっち見んなよ!」
「はぁ? ナオのちんちん見たって面白くもねぇし!」
「僕の方が大きいからって、ひがむなよ。くすくすくす」
「うるせぇ……俺もオシッコ」
反対側の草むらに入ってズボンをおろす。そしてシャー!
出ないと思ってたけど、出してみると出るわ出るわ!
「あ、バカ! アオイのバカ! こっちにションベン流れてきてる!」
「これが地の利というやつだ」
さっきの喧嘩、負けそうになったのは俺の方だった。高い場所でやってやった。くくく、仕返しだよーん。
それにしても、俺のちんちん、中学生になったら大きくなるかな?
俺の親父はこの島で、何かの研究というか、観測とかをする技師だ。ちゃんとした公務員だ。俺も親父の仕事のお手伝い(たくさん飼ってるハムスターの世話係)をしている。
ナオのお父さんは親父の同僚で、同じ仕事をしている。
俺に母親はいない。顔は写真だけでしか見たことがない。
おばさん……ナオのお母さんは、この島の先生だ。たった一つの小学校に通っている。家から小学校まで歩いて10分かかる。……どっちかの家で授業をした方が楽だと思う。
おばさんは……おばさんといったら叱られる。ものすごく怖い。ナオのお母さんとか、先生とか、ノリコさんとか使い分けている。
俺たち2つの家族は、俺たちが3歳の頃からこの島で生活しているんだ。もうすぐ10年になるのかな?
この島には俺たち二家族しかいねぇんだ。
その生活も、もうすぐ終わる。春が来たら、俺とナオは中学生だ。何処かの町の中学へ通うことになる。
親父達の仕事も春までらしい。俺達の入学に合わせて転勤が決まったんだ。同じ場所で働くんだって。国もちゃんと考える頭はあるようだ。
ただし、引き継ぎの人は引っ越しの前日にしか来ない。人を数字でしか見てない証拠だと親父達は笑っていた。
「ま、ションベンはどうでも良いとして――」
「よくないよ! アオイのションベンで僕の靴の裏が濡れた!」
「これを見よ、ナオ君!」
「そ、それは!」
俺がリュックの中から取りだしたのは、週刊誌。夕べ親父が焼却炉に突っ込んでいた一月前の週刊誌だ。迂闊にも燃え残っていたのを出かける前に見つけ、リュックに隠して持ってきたのだ。
「お、おんなのひとのはだかだ!」
ナオの手が震えている。
俺の手も震え……いかん、心臓もバクバクしだしてきた。
雑誌の表紙は、オッパイ剥き出しの女の人の総天然色写真だ。
親父達はじょうそうきょういくを言い訳にして、俺たちに一切の情報を与えようとしない。ならば、こちらで手に入れるのみ! 子供の情報収集能力を嘗めるなよ!
「ぬふふふ、ナオにも見せてやろう思ってたのに、嫌かい、そうかい?」
「何を言ってるんだアオイ君。僕たち親友じゃないか!」
「そう言うと思ってたよ。さあ、めくるよ」
ぴらり。
「「おおーぅふ!」」
大変に刺激的なおパンツをはいたおんなの人の写真が! たわわがポロンだ! いきなりかよ!
さっそく、二人して内股になって、紙面を穴が空くほど見つめた。
「俺思うにぃー、おパンツは白だよね? ちょこっと可愛い飾りが付いた」
「僕は縞々だなー。薄い青と白の横縞々がグッとくるね」
「それも良いけど、俺これ知ってる! ブラジャーだ!」
「スケスケだ。乳首見えてる。おんなの人って乳首でっかいよねー。へんだよねー」
「それが良いんだよ。難しいだろうけど、ナオ君もすぐ解るようになるさ」
男の乳首は小さい方が良い。男でデカイのは醜い。おんなの乳首はプックリ膨らんでいてピンクなのが良い。いいんだよ俺の偏見だよ!
「体のラインがエロいよなー。なんで大人の人ってこんなにエロいんだ?」
「エロいなー……、なあ、ナオよ。おまえ、性転換手術受ける気はないか? 俺が金を出す!」
「嫌だ! 僕は男のままでいい! 大きくなったら女の子と結婚するんだ! そして、エッチするんだ! アオイの方こそ手術しろ! 僕が金を出す!」
「何を言う! 俺だって嫌だ! 町の中学で出会った可愛い女の子と恋人同士になって、同じ高校へ行って、同じジュース飲んで間接キッスして、大学行って、市の土木課に勤める公務員になってから結婚するんだ。新婚旅行はハワイが良いな!」
「なんで土木課? 間接キッスかー。憧れるなー。……僕、新婚旅行はフィジーって決めてるんだけど。なあ、フィジーってどこになるんだ?」
「しるかよ!」
たぶん、ハワイの下の方じゃないかな?
最後のページまで読んだ。裏表紙に掲載されている服が透けて見える眼鏡が欲しい。でも高い!
「ふう、なんか疲れた」
ナオが仰向けに転がった。お股にテントを立てて。……ってか、なんか顔色悪いぞ?
ここ最近、ナオの調子がよろしくない。すごく気になる。心配だ。
「暑気が籠もったのかも。日陰で体を冷やして帰るわ」
蒸し暑い中、おんなの人の裸見て興奮してたしな!
「それが良いな」
俺もナオの隣に仰向けに転がった。二人して木の枝の間から青い空を見上げている。
「……で、さっきの性転換な。もし、ナオがおんなになったら何したい?」
「なんだよ続くのかよ。……僕なら、女湯に入りたい」
嫌そうにしてたのに、なんだよ、乗ってくるんかい!
「アオイは?」
「俺だったらプールだな! 女子中学や女子高の女子更衣室に入れる。女の子の下着と裸と水着まで見ることが出来てお得だ。しかも、濡れた水着まで間近で見られる」
「妄想させたらアオイの右に出る男はいないな。僕もそっちが良い」
「あとな! あとな! 女の子の中に入ってキャーキャー言いたい。女の子なんだから、女の子のオッパイ触っても冗談で済むよな!?」
「済む済む! それいいなー! 女の子のおパンツはいてみたい! 頭から被ってみたい! クンクンしたい! すっげーエロいぜ!」
「よおっし! 俺が女になることがあったらナオにおパンツ見せてやるよ。そのかわりナオが女になることがあったらおパンツ見せろよな! 俺が女になったら、いっしょのコップでジュース飲んでやるから!」
「良いともさ! 約束だぜ!」
「おお、男と男の約束だ! ……ってか空しい話だな」
「……むぅ、確かに空しいぞ」
なんか急に我に返ってしまった。ナオも我に返った。想像の話だし、女になった方には利点がないし。
「でも、ナオが女だとさー、ナオは女の子と結婚できないんだぜ。男と結婚するんだぜ。男とチューなんかできないぜ! 裸で抱き合うなんて無理だ!」
「うわっ! なっか寒っ! 背筋寒っ! 女嫌だわ!」
某ライダー出身のイケメン俳優に抱きかかえられる絵を想像してしまった。
「けはぁ! 言ってて俺まで寒くなってきたわッ! やっぱ女になるの止めるわ!」
蝉の鳴き声が遠くから聞こえてくる。白くて大きい雲の塊がゆっくり動いていく。風が出てきた。
「……チューかー。俺、女の子とキスしたいなー。きっとすげぇんだろうなー!」
「女の子の唇って柔らかいんだろうなー。鼻、当たらないのかな? 唾飲み込んじゃうんだろうかなー」
「唇と唇だけだったら――」
「それ以上言うなッアオイ! 昔を思い出すッ!」
「ぐはっ! ちっちゃい頃、ふざけてナオとチューしたーッ!」
「言うなぁーッ!」
「うひぃーさぶイボ立つぅー!」
小学校へ上がる前に、ふざけてナオとチューしたことがある。ナオのお母さんに煽てられ乗せられた俺が、ナオを押し倒してチューしたんだ。
うへぇ、あの時の感触がまだ思い出せるしぃー。
「なあ、アオイ? おんなの人って、おパンツの中、どうなってるんだろう? おちんこ付いてないんだろ?」
急にナオが話題を変えてきた。俺もこの話題に乗ることにした。早く嫌なことは忘れたい。
「ふふふ、俺は知ってる。親父が教えてくれた。女のアソコには何にもないって」
「なんだって?」
「それだけじゃない。大人になると毛が生えてくるんだ。それも肛門にまで」
「えっ! 毛は男にしか生えないんじゃないのか!?」
「だろー? びっくりだろー?」
「ひやぁー。父さんみたいに生えるんかー。それ嫌だなぁー」
ナオの目が泳いでいる。こいつ、絵を想像したな? スケベめ!
まあそれはともかく、風に吹かれて体に溜まった暑気も抜けたようだ。幾分、ナオの顔色が良くなった。
……エロ話のお蔭かな?
「よっし、じゃ帰ろうか?」
ナオがよっこらせと体を起こした。重たそうな動きだ。まだ具合が完全に戻った訳じゃないらしい。
早く帰った方が良いだろう。俺も起きあがって座った。そして水筒を取る。まだ麦茶は残っている。
「おいナオ! 水飲んどけよ」
水筒を放り投げた。
「さんくす!」
ナオはゴクゴクと喉を鳴らして飲む。白い喉が上下する。ナオってば、色白だよなー。ナオが女の子だったらなー。何でこんな事考えるかなー。うッ、寒イボがっ!
「さてと――」
俺も帰ろうと立ち上がる。
汚れた尻を叩いて……クラッ……
「あ、あれ?」
なんだ、俺の方が? これって目眩? は、腹が痛い! なんだ? 頭も痛い! 気分が悪い。うっゎ! 腹どころか腰まで痛くなって――
「あ、あだだだだ……」
俺は腹を押さえて転がった。立っていられなかったのだ。いや、体を真っ直ぐにしてられなかったのだ。
「どうしたんだアオイ!? どこが痛いんだ?」
「は、腹、腹、腰も、痛い! 痛くて吐きそう。死ぬかも」
「それ熱中症だよ! 大変だぁー!」
熱中症か? ヤバイよ。胃から下、全体が痛い。鈍痛っていうのか、鋭い痛みじゃないけど重たい。とても重たい。
「立てるか? だめか? なら僕の背中に乗って! ほら!」
「う、うう……」
ゆっくりだけど何とか立てた。ナオの背中に倒れ込むように乗っかった。腕を首に回す。
ナオは、手を俺の尻に回し立ち上がる。
「急ぐよ!」
ナオは俺をおぶったまま早足で歩き出した。
「う、うう……」
死って、この苦しみの向こう側に有るんだなって思う。
「しっかりしろ、アオイ! もうすぐだから……あれ?」
ナオの足が止まった。
俺の体に回していた手を解く。
「て、手が……」
ナオの手が真っ赤に。
「これ、血だよ!」
「う、うう、死ぬ……」
俺の半ズボンが真っ赤になって……血が足を伝って流れていた。
「うわぁぁぁー! 死ぬな! アオイぃー!」
おんぶし直したナオが走る。風を切って走る。血だらけになった俺をおんぶして。
「ううう、ナオ……俺が死んだら可愛い女の子に生まれ変わって、ナオにパンツ見せてやるから……」
「死ぬって言うなー! でもパンツは見せてくれ!」
「うん……」
「何か言えよアオイ! そうだ! オッパイも揉ませてくれ!」
「うん……」
「一つのコップから2つのストローでジュース飲もうぜ!」
「……」
そこから先は覚えてない。意識はあるにはあるが、ナオが何言ってんだか、痛みのせいで頭が判断してくれなかった……。
ナオのお蔭で、無事、ノリ子さんの医務室へ運び込まれた。痛み止めを使ったらウソのように痛みが引いた。
「おめでとう、碧ちゃん」
おばさんが嬉しそうに笑っていた。
「あ? い?」
「初潮です」
「う? え?」
「これで碧ちゃんも大人の女の子ね! 今夜はお赤飯よ!」
……お?
Boy Meets Girl