第27話 秘密
小屋に戻って、椅子に腰を下ろす。
なにもする気が起きなくて、ぼうっと時間を潰した。
(……一人だと、だだっ広く感じるわね)
アデラールと同居していたのは、本当に少しの間だけだった。
でも、どうしてだろうか。……アデラールがいなくなって、私の心にはぽかんと大きな穴が空いている。
「初めは、渋々だったのに」
偶然助けて、渋々同居を許して。いつも笑顔で、私に懐いてくれた。
「……いつから、こんなにも大切になっていたんだろう」
ぽつりとそう言葉を零す。いつから、なんて。そんなものもう思い出せない。同居していた期間は短いのに、アデラールとの思い出はたくさんあって。
……あぁ、もう、彼は私の生活の一部だったんだって、実感した。
一体どれほどの時間そうしていたのかは、わからない。時間の感覚がなくなりそうなほどにそうしていたとき。ふと小屋の扉が開いて、「フルール」と名前を呼ばれた。
ゆっくりと顔を上げて、そこにいる人物を確認する。
「……クロード」
そこにいたのは、アデラールを送り届けてくれたクロードだった。
彼は私を見て少し目を見張るものの、すぐにいつもの表情に戻った。すたすたと歩いて、私から見て対面の椅子に腰を下ろす。
……普段はアデラールが使っていた椅子だ。
「フルール、泣いてたのか?」
クロードがなんてことない風にそう問いかけてくる。
誤魔化すように鼻をすすって、目元をごしごしと掻いた。
「な、いてない……」
私の声は驚くほどに震えていた。これじゃあ、説得力なんて皆無だ。
「フルール」
「だって、私が泣いたら、アデラールは困るもの……」
私はアデラールよりも六つも年上なのだ。年上の女なんだから、泣いちゃダメだ。ダメだ。彼に心配をかけるわけには……。
「そうか。……けど、ここにいるのはアデラールじゃない」
「……うん」
「ここにいるのは、クロードという男だ。フルールよりも、ずっと長い間を生きている」
彼が手を伸ばして、私の髪の毛に触れた。
「――好き、だったんだな」
まるで胸に染み渡るような声。拒否する気も起きなくて、こくんと首を縦に振る。
「好き、だった。多分。もう、今更手遅れだけど」
私の口からアデラールに「好き」と伝えることは許されない。
私たちの間にあるのは障害ばかり。お互いが好き合っていたとしても、上手く行くわけじゃない。
「私は、アデラールのこれからの人生の、邪魔にはなりたくないの……」
ぎゅっと手を握って、そう呟く。クロードは、黙っていた。
「私みたいな年上で、平民の女を娶ったって、アデラールは得なんてしない。むしろ、邪魔だわ」
「……そうか」
「だから、私は彼を突き放すしか出来ない。突き放して、拒絶して……」
ぽつり、ぽつりと本当の気持ちを零した。
零せば零すほどに、涙が溢れる。ここに住んでいた所為だろうか。私は、同年代よりも何処か精神的に幼いのだ。
……いつかのとき、師匠にそう指摘された。
(師匠は、私に外の世界に目を向けてほしかったみたい、だけど……)
でも、どうしてか。師匠は私を無理に外の世界に出すことはなかった。そして、ここに置いておこうともしなかった。
まるで、時を待っているかのような。そんな雰囲気だった。
「……なぁ、フルール」
「ん」
「……隠していたことが、あるんだ」
クロードが、テーブルの上にある私の手を握って、そう告げてきた。
……隠していたこと。そりゃあ、たくさんあるだろう。
「お前の師匠には、いつか時が来たら教えてほしい。そう、言われていた」
「……し、しょうに」
「あぁ。お前の出生の秘密」
……どうしてそれを、今、この場で言おうと思ったのだろうか。
私にはクロードの気持ちがわからなくて、彼の目を見つめる。彼の目は真剣に私を見つめている。
「今このときだと、思うんだ。……フルール。お前は、アデラールが好きなんだろ? 諦めたくないんだろ?」
全部全部、見透かされている。
直感でそれを理解して、躊躇って頷く。
「じゃあ、きちんと二人で幸せになれ」
「そ、んなの……」
「無理じゃない。方法は探せば出てくる。いいな?」
まるで幼子に言い聞かせるような、優しい声。返事は出来ない。
「フルールが幸せになる。それは、あいつにとって、これ以上ない幸せだ」
「……師匠、にとって」
「あぁ。そして、お前を産んだ母親も。お前をここにおくと決めた父親も。きっと、それを望んでいる」
慌てて顔を上げた。
だって、今まで聞いていた話とは全然違うから。
「私は、森に捨てられていたんでしょう……?」
森に捨てられていて、師匠が拾って、育てると決めた。
そこには私の母親も父親も、出てこないはずだった。ただ、『フルール・フライリヒラート』という名前だけが残されていた……はず、だったのに。
「……そうだな。そういうことにしようと、三人が決めたんだ」
クロードは何処か懐かしむように、目を細める。
「今から話すことに、嘘も偽りもない。ただの真実。そして――」
――フルール・フライリヒラートという女の子の出生に関わる秘密だ。