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第25話 指切り

「……アデラール」


 私が小さくアデラールのことを呼ぶ。彼は、私に顔を向けた。その目の奥が、確かに揺れている。


 まるでそれを誤魔化すかのように、アデラールは目を伏せた。


「俺、領民の血が流れるのは嫌なんだ」


 小さな小さな声。けれど、私の耳にはしっかりと届いた。私は、アデラールを見つめ続ける。それしか、出来なかったから。


「もちろん、バージルのことを、異母弟のことを許せるかと言われたら、分からない」

「……うん」

「俺は苦しかった。辛かった。昔から、ずっとずっと」


 口調が幼い。多分、それはアデラールが幼少期から抑え込んでいた気持ちを語っているからなのだろう。彼は、ずっと我慢していたのだ。それに、気が付いて。私は自然と彼の頭に手を伸ばす。


「……フルール?」


 きょとんとした声で、アデラールが私の名前を呼ぶ。だから、私はそっと彼の身体を抱きしめた。


 筋肉質で、私よりもずっとがっしりとしていて。年下なのに、たくましい。


「フルール」

「よく、頑張ったのね」


 なんて、上から目線もいいところだ。それはわかっている。けれど、口は自然とそんな言葉を紡いでいた。


「……あなたは、もう一人なんかじゃないわ」


 ずっと私が側に居られるわけじゃない。だけど、もう一人じゃない。彼の心の中に、私という存在が。ベリンダという存在が、ずっといるだろうから。


「私は、離れていてもあなたのことを案じている。……だから、大丈夫」


 彼の顔を見上げて、出来る限り笑った。上手く笑えているかは、わからない。ただじっと彼の顔を見つめていれば、アデラールはごくりと息を呑んでいた。


「フルール、あの、さ」

「……うん」

「俺、フルールに、言いたいことが、あって」


 とぎれとぎれの言葉。驚いて目を瞬かせる。アデラールは、恐る恐るとばかりに私の背中に腕を回した。


 ……ぎゅっと抱きしめ合う形になって、なんだか恥ずかしい。


「俺、フルールのこと、好きだよ」


 前も聞いた言葉だった。だから、私は目を伏せる。


「まだ、恋愛感情なのか、人としてなのかははっきりとはしない。……ただ、俺にはフルールしかいないんだ」


 そんなわけないのに。領民だってアデラールのことを思っている。そう思うのに。……なんだか、その言葉が嬉しかった。


(なんて、不謹慎もいいところなのに……)


 アデラールがほかの人に好かれるのが、いいはずなのに。そうだ。アデラールが辺境伯に戻れば、彼と私は会うことはない。……もう、さようならなのだ。……嫌というほど、わかっていたのにな。


「……フルール。俺のお願い、聞いてくれる?」


 震えた声で、そう問いかけられる。……返答に困って、私が俯く。アデラールは、ただ待っていた。


「……内容に、よるわ」


 結局、口から出たのは当たり障りのない言葉。目を閉じてそう告げれば、アデラールは「ありがとう」と言った。


 まだ聞くかどうかわからないのに。全く、律儀なことだ。


「俺、絶対に伯爵という立場を取り戻す」

「……うん」

「だから、そのときに。……フルールのこと、妻にしてもいい?」


 予想外もいいところだった。だって、今、アデラール、私のことを恋愛感情で好きかどうかわからないって言ったじゃない……!


「い、今、私のこと恋愛感情で好きかどうか、わからないって……!」

「うん、それはわからない。だけど、俺はフルールが好きだ。……人として尊敬できる人物と、俺は結婚したい」


 それが、私ということなのだろうか? いや、というか、もしもそうだとしても……。


(私、アデラールよりもずっと年上だし、そもそも貴族じゃないのよ……?)


 ただの魔女に、辺境伯の夫人が務まるわけがない。そうだ、だから、断らなくちゃならない。ならないのに……。


「……まぁ、考えておくわ」


 どうして私は、こんな思わせぶりな言葉を口にしたのだろうか。


「もしも、そのときにあなたが今と同じ気持ちだったら。……私に、プロポーズしなさい」


 こんなこと、言ってはいけないのに。


「そのときの気持ち次第では、了承してあげる」


 頭と心がちぐはぐだった。ただ、口が自然と心に従う。理性を、突き飛ばした。


「……うん、約束」


 アデラールが小指を出してくる。……私は、その小指に自分の小指を絡めた。


 いわゆる、指切りというやつだ。


「フルール。……俺、頑張るからね」


 最後にぎゅうっと抱きしめられて、アデラールが私の額にちゅっと口づけを落とす。


 ……照れくさいのに。こそばゆいのに。嫌な気持ちは、一つもしなかった。むしろ、名残惜しい。


(もっと、してほしいなんて……)


 こんなの、私じゃないのに。そう思うのに、なんだか顔に熱が溜まるような感覚だった。

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